22話 Beauty and fairy/エルフと妖精
日刊ランキングに入りました。読者の皆様のおかげです。
翌日。ぼくは自分のベッドで目を覚ました。ああ、妙に長くゲームの中にいたような気がするから、どうも現実との認識がずれる不思議な感覚だ。あんまりやりすぎるのもよくないということだろう。
リビングにおりたら、母さんが既に朝食を用意していた。和食だ。ご飯とシャケ、焼き海苔、味噌汁、漬物。まさに純和食。なおめったなことで怒らない日本人は食事に関することだとガチギレする模様。実に不思議な民族である。(参照:クロマグロ、ウナギ等)
「おはよう、朝ごはんできてるわよ。早く食べちゃいなさい」
洗い物をしながらぼくに振り向いてそう声をかける母さんは相変わらず忙しそうだったので、急ぎ足で朝食を食べる。
食事を終えて、朝の運動ついでにゴミを捨てに外に出る。家からゴミの集積所までは少し遠い。すれ違う近所のおばあさんなどに「おはようございます」と挨拶をしながらゴミ捨て場に向かった。
「おはようございます、義孝さん」
ゴミ捨て場からの帰り。制服をきっちり着こなした晴那ちゃんに声をかけられた。うーん。やっぱり性格が兄貴と正反対だよなぁ。
「おはよう、いってらっしゃい」
「気をつけてね」と最後に一言言っておく。知り合いの欲目かもしれないけど、あの子は充分にかわいい。変質者に狙われそうな怖さがある。そんなことを尊人に言ったら本気で妹を送り迎えしそうだから言わない。あの子も難しい年頃だろうからね。尊人自身もシスコンの気があるというのがなんとも……。ぼくにはどうしようもできないことだから、しょうがないけどさ。
家に戻って、手洗いうがい冷蔵庫を開けて買い置きしていた紅茶を飲んで喉を潤す。めっきり春らしくなってきたが、まだ外はひどく乾燥している。喉の感想は風邪につながるからな。しっかり気をつけてケアをしておかなければ。
なんとなく窓から空を見上げた。雲がなく、空の青さが高く見えた。どこかゲームの空に似ている。カラスが青空の黒点となるように飛んでいた。母さんはまだいるけど、そろそろ仕事に出るころだろう。
2階に上がって自分の部屋へ。動画サイトを立ち上げ、「バスケットボール・ダンク集」と検索をかけて動画を見てなんとなくその動きを見ていく。何本も見ていけば大まかな動きは覚えられる。実際に現実世界で同じような動きはできないが、VRのシュミレーションルームでも使えばできるだろう。VRで超人じみた動きをするには、自身の脳内イメージが重要だから、そのイメージを培っておくことが必要だ。
ウインドミルを初めとしたダンクや、なんかもうよくわからないレベルの跳躍力を見せるバスケットボールのスーパースター達。君ら何かスキルでも使ってんじゃないの? という疑問は脇においておくことにした。そんなことをいっても仕方がない。
というかダンクにも複数種類があることを初めて知ったよ。なかなか面白い。
VRギアを装着してシュミレーションルームに飛ぶ。バスケットゴールではなく、3メートル程度の巨人が仮想敵として現れた。これの頭にぶち当てる練習を行おうと思う。イメージはさっき見たダンクの要領で……。
そうしてしばらく練習を続ける。頭に【ゼロドライヴ】を直接ぶち当てた後頭を掴んでぶら下がったりすることもできるとは思っていなかったけど、ダンクをイメージで再現するとこうなるということはよくわかった。ダンクした反動で思いっきり懸垂するように腕を曲げて衝撃を吸収するようなこともできる。実によくできている。シュミレーションでも大体イメージ通りだったから、実戦でも使いやすくなるだろう。
VRギアを視線で操作して、《Liberty Of Life》を起動する。光のトンネルを越えると、そこは第2の街。テトラパッカだ。いつものようににぎわっている。雰囲気は祭りにそっくりだ。いつものように中央広場へ足を進める。ハヤトはおそらくいない。クリアミラはここを拠点にしているはずだから、そのうちこの街のどこかで会えるだろう。
掲示板を確認してみる。なにかしらスキルに関しての新情報でも載っているかと思ったが、残念なことに、ぼくの無属性魔法については詳しいことは載っていなかった。ま、そう簡単に上手くいかないということだな。仕方ない。ぼくの種族の方は新情報だ。あの半透明の翅が進化して、光の翼になるらしい。ぼくの場合はそもそもレベルを上げてあの翅を出そうとしないといけない。翅が出る目安はレベル25だ。今のぼくは14だから、まだ先は長いと考えた方がいい。
そして最初にテトラパッカに来たときと同じように、クランの勧誘がそこらで声を張り上げていた。妙にぼくを遠巻きにしているクランもあれば、声をかけられている初心者らしき人もいる。おいおい、いったいなんだ。ぼくがなにかしたのかな。まぁ、半妖精を勧誘するやつはいない。それは今掲示板でも確認した。『半妖精とか数少ないし、そもそもデメリットだらけじゃね?』や『あんなのただの魔力タンクじゃねーか』と不評だった。仕方ないとはいえ、ちょっと悲しい気分にもなる。
ぼくに視線が向いていたのはあのよくわからんエルフ騒ぎのときだ。そのときだけ。それ以外はただのソロプレイヤーのままだ。視線を集めることに何のメリットもない。他の人はどうかわからないが、ぼくはそう思う。この前討伐系クエストをしたので、今回はそこまで大変ではない採集クエストを行おうと考えている。討伐系よりはもちろん報奨金は下がるが、モンスターとの戦闘で神経を使わない。もちろん遭遇してしまったら仕方がないが、火の粉ぐらいは自分で払うさ。
この前入手したフィールドマップによると、林のちょっと奥まったところに滝がある。その滝の水が採集対象になるということらしい。テトラポッカの汽水と呼ばれているらしい。ということは水を汲むための水筒がいるということだろうか。どうなるのかはわからないな。とりあえずそのあたりを聞いてみなければ。
フィールドマップを仕舞って、ギルドへ歩く。エルフの集団がちらりと見えたが、この前の連中ではないようだ。クリアミラ以外のエルフを見るとちょっと身構えてしまう。それだけあの2人のエルフの衝撃はすごかったといえばそれまでなんだけど、あそこまでの演技をできるということはそれが本心であれ別のものであれ、何か別のことに才能を生かせたのではないかと考えてしまう。色々無駄遣いな気がする。そんなことを考えても意味がないから、早々にそれを止めて、ギルドに入った。入り口に見覚えのある銀髪。
「クリアミラ?」
「ああ、妖精さん」
コボルトの毛皮のマントに、布を利用した軽装の鎧。銀を基調とした仕立ての良い弓に同色の鞘の短剣、ミニスカートにブーツといういつもの出で立ちだった。
「久しぶりな気がするわね」
はにかみながらクリアミラが口を開いた。……何でそんな恥ずかしそうな顔? ああ、あのときのエルフ事件が影響したのか。別にいいのに。
「ぼくは採集依頼をやろうと思ってて。君はどうするつもり?」
「リザードマンの討伐依頼があるわ。それね」
蜥蜴男、か。水辺にいるような気がしてならない。ということは、滝の近くにいるのではないだろうか。
「僕が思っているのは汽水の採集なんだけど、もしかして?」
不思議な確信を持ってぼくはそう口を開いた。
「ええ、そのまさかね。私の仕事の予定もその近くよ」
ぼくらは2人そろって笑うと、ギルドに一緒に入って、予定していた通りの依頼を受けた。クリアミラがいる、ということは相当に移動が早くなる、ということの裏返しでもある。彼女の移動魔法ならば風とともに高速移動が可能だからだ。ギルドで「幸運を祈ります」というお決まりの台詞とともに送り出された後、彼女の魔法で、ぼくと彼女は風に巻かれて翔んだ。
目を開けていられないほどの風がやむと、ぼくの眼前には見覚えのある黒い森が広がっていた。
「さ、行きましょ」
ぼくの横に並ぶクリアミラはいつものように落ち着いた口調だった。ぼくは歩き出した彼女についていく。少しは危険性を認識してほしい。君ではなく、ぼくの。ぼくは君よりレベルが低いのだから、無造作に歩き出されて襲撃を受けたらどうする。
「妖精さんはレア種族。レベル以上の能力を持ちうる種族の一つです。……あとちょっとで私は貴方に抜かれるわ。実力という意味で、ね」
妙な確信を持ってぼくのやや前を歩く彼女は言った。目の前に飛び出してきた大蝙蝠を2人で手早く倒す程度には2人とも余裕がある。彼女が風魔法で皮膜を切り落としてぼくが光球弾で止めを刺す。非常に単純な処理だった。
感覚的。俗に第6感などと呼ばれるもの。虫の知らせ。その他様々に呼び名があると思うが、ぼくがそれを感じたのはこの時。彼女が言うように、「実力が私を超えたら……」、彼女はぼくの前から消えようとする。意味のわからない漠然とした不安を感じたのだ。ぼくはほぼ何も意識せずに、言の葉を開いていた。
「それでもぼくは君がいたほうがいい」
このときは別に深い意味はなかった言葉だ。それでも男性が女性に贈る言葉としては意味深であったという謗りを否めない。
ぼくが言ったこの言葉が彼女にとってどんな重要であったことなのか、なんて、ぼくにはわからないことであったのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想、評価等あれば是非お寄せください。作者の活力になります。それではまたこちらでお目にかかりましょう。




