20話 Air dance/空に舞え
少し遅くなりましてすいません。
また同じように図書館に戻ってきた。今度は、目的がはっきりしているから、だだっ広い図書館の中をさまようことはない。『舞空術』のある棚へ一直線にいくだけの簡単なお仕事である。なんとなくその名前でどのようなスキルか予想はつくけど、さすがに体験してみなければ詳しいことはわからないだろう。ほら、「百聞は一見にしかず」なんていわれるじゃないか。
「あら? また来たのですね」
あまりに短時間で戻ってきたからか、図書館に働いている男性に声をかけられてしまった。確かに不審感あるだろうなぁ、どうしよう。
「ええ、ちょっと調べたいことというか、目的が見つかったので」
「それは良かったですね」
とその男の人はにこやかに微笑んでくれた。サングラスみたいな謎のものをかけているから、案外こわもてで内心びくびくしてたのだけども、なるほど、人は顔を見ても性格はわからないのはゲームでも同じなんだな。とはいえ、怖いものは怖い。その認識はかわらないけど。
その男の人と挨拶を交わして目的に棚を探す。どうやら図書館内の階段を登った2階に『舞空術』の本はあるようだ。なるほど、さっき見つけられないわけだ。1階の天井まで延びたでかい本棚にばかり眼を取られていたから、それも仕方ないことだろう。そちらにぼくは移動した。階段を上って、1階ほど大きくない──とはいえ、ぼくの身長の2倍以上は優にあるそれを見上げる。首を左右に振ってどれが目的な本なのか探す。……すぐに見つかった。はしごが必要な位置であったというのがいささか不満であったが、まあそれは関係ない。はしごに登って本を取り出す。それにしても高いはしごだ。下を見たくない。
はしごを降りて手近の椅子に座って本を開く。現実世界とは違い、本を読むことによってステータスにスキルが写し取られるそうだが、実際に使用してみなければ、そのスキルを完全に習得したことにはならない。だから、本を読みきったとしてもそれをクエストか何かで使ってみないことには習得した意味がないということである。
1時間ほどで『舞空術のエッセンス』という本を読み終わり、ステータスを確認してみると、《舞空術(習得中)》という表示がされていた。よし、あとはこれを完全に習得するだけだ。そう、ぼくはクエストを受けることにしたのだ。せっかくのスキルなのだから、遣わないと宝の持ち腐れである。それは間違いない。ハヤトも笑いながらぼくにクエストを受けることを促すだろう。ということで、読み終えた本を返して、ギルドへ急いだ。
ギルドに入るといつものように混んでいた。いつもはなんでもないそれが今日のぼくには妙にじれったく感じる。これも心境の変化かと笑いそうになる。新しいものを試したくなるというのはそういうことなんだろうとぼくは苦笑した。とはいってもこの秩序を壊したら僕はただの馬鹿者だ。しっかりと列に並ぶ。受ける依頼は《イヴィルゴリラ》討伐だ。名前から大体想像できる敵だし、推奨レベルは14。今のぼくには大変かもしれないけど、まあいいや、という気持ちだった。ハヤトのせいでぼくの討伐対象はレベル的に格上が多い。それに慣れてしまうと、色々大変である。
「依頼を受諾しました、貴方の幸運を祈ります」という定型文に見送られて、僕はギルドを出る。妙にこちらを追ってくる視線が多かったけれど、一体なんだろうか。そんなことをいちいち気にしていたらVRMMOなんてできないだろう。ぼくは気にしないことにして、街の外に出た。さて、気を引き締めよう。ここからは敵も出てくる。そう意気込んだはいいものの、大蜘蛛もゴブリンも慣れてしまって、そこまでの強敵ではなくなってしまった。不意打ちと自分のMP残量にだけ気をつけておけば、倒せる相手になってしまったのである。むしろ大群で出てくる殺人蜂の方がやりづらい。1匹倒すとフェロモン効果なのかあほみたいな物量でおってくるのだから。加えて、ぼくは蟲が嫌いだ。本当に勘弁してほしい。大蜘蛛もあまりかわらないけど、大群で出てこないだけマシだというものという1点につきるが。
その蟲にばれないように逃げたり、追われたりしながらフィールドの黒き林には入った。実際問題林と名前がついているが、この規模は森である。掲示板を確認すると、このフィールドは地味に範囲が広がってきているという侵食型のフィールドらしい。それってまずいんじゃないのか。それを止めるにはこの森のボスモンスターを倒す必要があるという。なるほど、でも今のぼくでボスモンスターにあったら余裕で負けるだろう。……それくらいの自己分析はできる。
一応格上の相手だから、油断はもちろんしない。それと当たるまでに魔力をあまり使いたくない。自然回復分で間に合う程度が一番良いというのがぼくの計算だ。今のところはうまくいっている。厄介そうな敵にあったら全力で逃げを打った。その部分でも、『舞空術』の恩恵を感じた。体が軽い。そして跳躍距離が相当に高くなった。空中で宙返りはお手の物で、確かにこれは敵の攻撃をあっさりかわせるだろう。ハヤトに感謝せねば。それにしてもあいつが言っていた「ちょっと、な」というのは一体なんなのだろうか。ぼくが気にしても詮無きことだからあまり気にしないことにするが、あいつの表情をみるかぎりあまりよいものではないだろうということはわかる。
っと。意識がそれた。ひょいひょい、と身軽に木の枝にジャンプして乗れるようになったのはいいが、そのおかげで新しいモンスターに襲撃されることもある。平たく言うならでかい蝙蝠だ。蟲よりはまだマシだけど、超音波で見つけられたらどこまでも追ってくるから、倒さないと面倒だ。翼というか、皮膜を【スフィア・スライサー】で切り落としてやれば後は全力の踏みつけで倒せるという敵だけど、絵面は動物虐待そのものである。うーん、抗議とか来るんじゃないかな。大蝙蝠の攻撃方法はソニックムーブと羽ばたき。幸運なことに、どちらも【バリアアクション】で弾ける攻撃だった。ソニックムーブは上手く【ショック・ウェイブ】をあわせれば相殺できるというのがさらに嬉しい。相性としては悪くない敵で、苦戦するほどのモンスターではない。
ただ、あまりよいドロップ品が手に入らないというのが最大の難点だろうか。数匹倒したところで考えてみるとぼくはそう思う。大蝙蝠の皮膜とか何に使うのだ。マントか?それともストッキングか?まあ、服屋あたりに持ち込めば買い取ってくれるかもしれない。もしそれがダメで、面倒くさいときはそのままギルドに一括で持ち込んでしまおう。木の上からあたりを見回すと、他にも戦っているような物音が聞こえた。まぁ、こちらにヘイトを押し付けられることがなければ問題はないだろう。飛び降りる。着地。結構な高さだったから落下ダメージでもあるかと覚悟していたけれど、結局何もなかった。どうやら、舞空術はこのようなところにも影響するらしい。
さて、イヴィルゴリラとやらはどこにいるのであろうか。それにしても、《イヴィル》という名称はモンスターらしくて使いやすいものなのだろう、多用されている。レーダー的な索敵ができるような魔法があればいいが、どうやらそれは無属性魔法にはないようだ。残念。地道に探すしかないか。とはいえ、時間は夕方。できるだけ早く目標のモンスターを見つけて倒し、ログアウトをしたい。夜になれば今のぼくからすれば高レベルモンスターの闊歩するフィールドになってしまうのだから、急がなければぼくは大変な目にあいそうだ。
耳障りな叫び声を上げて緑色の皮膚を持った小柄な影が数匹近づいてきた。……ゴブリンか。自分のMPを確認する。問題はないだろう。【シューター・ショット】を使って正面の2匹を吹き飛ばす。右から錆びた短剣を振りかざしてきたもう1匹の頭上を【舞空術】で飛び越えつつ、空中で半回転してゴブリンに【シューター】を乱射したあと【スフィア・ブラスター】、【ショック・ウェイブ】と続けてさらに吹き飛ばした。着地して振り向いて【ツインスフィア・ブラスター】を投げつけるように打ち出して、ゴブリンたちを消滅させた。最近思ったのだが、この無属性魔法というのは、MPが秀でた種族が使えば、火力が相当高いのではないだろうか、ということだ。
ファンファーレのような音と共にレベルアップが申告される。それと同時に新しい魔法が解放された。【スフィア・ゼロドライヴ】。有名忍者漫画のアレにそっくりだが、球状の魔法エネルギーを直接相手にぶつけるという魔法らしくない白兵戦技であるが、その威力はこれから覚えるであろう無属性魔法に比べても高い。思わぬ魔法に、ぼくの心は歓喜に揺れた。今の時間は4時ぐらいだろうか。あとちょっとで日が落ちる。急がなければならない。
木の陰の道なき道を進んでいく。西日が赤くぼくの影を照らす。いつもなら綺麗だ、と感想を述べるところなのだが、薄暗い森のなかだと、逆に不吉に感じた。決してぼくが夕日を嫌いなわけではない。念のために言っておく。
「出てきてほしいな……」
ぼそりとつぶやく。その意味もないつぶやきに誘われたのか、それともただぼくを見つけただけなのか。ドラミングと言ったっけ?
とにかくゴリラが自身の胸を叩く威嚇行為の音が聞こえてきた。恐らくどこかの木の陰に隠れているんだ。音の方向に【ショック・ウェイブ】を放つ。手を伸ばして念じるだけ、というお手軽発動が嬉しい。「グルワァァ……!」という鳴き声も聞こえてきた。ドドドドドドドドドドド……という重い音が地面を揺らし、木をなぎ倒しながら、それが現れる。
それは全長2メートル50センチ程度の紫に光る毛を持つゴリラだった。おお……禍々しい。ぼくの目の前でふたたび両拳を胸に叩きつけ威嚇をしたあと、長い牙を持った口に赤い光がたまっていく。……ゴリラなのにビームでも撃つ気か!
ゴリラの口からは赤い光弾が発射された。ぼくはそれをジャンプしてかわす。舞空術を利用した跳躍はバネでも仕込んだような跳び具合だ。実にかわしやすい。空中でぼくは【スフィア・スライサー】を両手に発動させて打ち出す。やはり筋肉のかたまりかなにかなのか、薄く線が入ったような跡が残っただけだった。うーん、これは予想外。どうするべきか。それとも魔法防御が高いのか?何かそのような鑑定魔法があればいいけど、生憎それはないのだ。どうするか。この分だと、【シューター】は効きそうにない。ああ、貫通力の高い【シャープシューター】はどうだ。肩にダメージ痕。しかし薄いか。
「いきなり使うことになるとは思わなかった」
右手に魔法球を発動させる。いきなり新魔法を使うような敵が出てくるとは思っていなかった。だけど、そういうものかもしれないな。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想、評価等ぜひお願いいたします。気に入っていただけると作者は感無量です。