2話 God does not play dice/神はサイコロを振らない
なお、題名はかのアルバート・アインシュタインの言葉より借用しました。問題があるようでしたら、ご一報をお願いいたします。
自宅に帰ってから、尊人のホログラム電話で補助を受けながら、VRギアにプログラムソフトをインストールし、ゲーム環境の整備を進めていく。ここでミスが起こると安全のためにそもそもゲームが起動しないから、非常に重要なものだ。
「そうそう、しっかり設定しろよ。マジで。下手したら事件になりかねんからな」
ホログラムだから実際の彼の動き表情が空間に映像データとして投射される。見事なしかめっ面であった。それでも元来のさわやかさを失っていないというところが憎たらしくて仕方がない。
まるで宙に浮いたような画面を操作して、ソフトをインストール。パスワードを入力して、バージョンを入力して、etcetc……非常にわずらわしい作業なのだが、尊人の言うとおり下手したら仮想世界からもどってこれなくなり廃人となってしまう。日本ではそのタイプの事件はなかったが、お隣とUから始まる海を隔てた大国では事件があったようで一時期騒然となったという。
「設定終わったよ」
ぼくは正直VRギアを使用したゲームは実際に仮想世界でリズムダンスを踊る「音ゲー」と、牧場を経営するようなものしかもっていなかったので、本格的なVRゲームをするのはこれが初である。
「オッケー。そのままスタートを選んで、そうするとキャラメイクに入るから。そこからはもうVRだから電話も使えないし、しばらくヨシ一人だから……気張れよ」
「わかった」
わずかに心配そうな響きを残して尊人からの電話が切れる。……昔のように一人ぼっちだと思っているのだろうか。そんなことはないのに。
《LOL》を始めますか? という問いがVR空間に流れる。もう自分の部屋ではなく、周りは真っ青な壁のようなもので取り囲まれていた。上のほうには何かが飛んでいるような様子も見えるし、なにやら歓声も聞こえる。
もちろん始めるを選び、キャラメイクに入る。「自分で行う」と、「天に任せる(ランダムキャラメイク)」の2種類がある。ええと、たしか。尊人いわく、「自分で行う」は好きに種族とスキルを決定できるけど一般的なもののみになって、「天に任せる」はレア種族とレアスキルにあたる可能性もあるけど、一方で地雷になる可能性もあるとか。でもうまく調整されていて、チームプレイができない種族とか、レベルが一定に達しないと使い物にならない魔法系スキルとかがあるらしい。あとは派生系が多すぎるのと魔力の消費が激しすぎる魔法系スキルなどなど。完全に地雷というのはなく、ハズレがあるだけらしい。そんなところまで調整しなくてもと思うけど、どうも設定やらシナリオ書いたひとがそういうひとだったようだ。ぼくからすると戦々恐々しているのだけど。
自分で設定してしまってもいいんだけれど、それではやはり面白みを感じない。ということで、「天に任せる」を選択。すると、上のほうから光が降りてきて、ぼくにまとわりつく。はっきり言って眩しく、何も見えない。体感時間で30秒程度だろうか、光が収まると、目の前にホログラムウィンドウが展開されていた。そこにある【種族】と【スキル】の部分が埋まっている。
──汎用性……ではなく、半妖精。なんとも女子力の高い種族である。
──後衛・魔法系スキルである無属性魔法。これについては字面だけではよくわからない。
基本的に初期スキルはひとつである。後は自ら選んで習得していくのだそうだ。最初にとったスキルなどによって後衛か前衛かの適正が決まると尊人は言っていた。また、種族にも適正があるそうで、適性のないものを選ぶとあまりうまくいかないそうだ。尊人は親切な男だから、情報を詳しく教えてくれる。この親切さをぼくのような男ではなく女子に向ければ、既にモテているのだからかのじょもすぐできるのではないだろうか──自分で言ってむかついてきた。
さらには、スキル内にも発展段階があるそうで、自身のレベルアップによってスキルも強化されていくらしい。俗にはスキルツリーなどと呼ばれるものだ。レベル1では強くなくてもレベル10では強力な魔法が使えるということだろう。
さて、考え事もそれくらいにして、PNを決める。【スヴェン】。なんとなく語呂がかっこいいからという単純な理由だが、ゲーム内の名前なんてこんなものだろう。
たしか全部終わったら最初の町である【ワックタウン】に降りることができるんだよな。尊人も恐らくそこで待っているはずだ。電話を切る前に、「ワックタウンについたらハヤトっていうプレイヤーを探せ」って言っていたから、それを頼りにしよう。林尊人からハヤトだろう。……どこかで似たような名前を目にしたことがあるな。
これで決定しますか?というシステムの問いにイエスと答え、意識を集中させる。すると、青い壁がだんだんと薄くなり、ぼくは草原に立っていた。空気がやわらかく、自然の香りがする。空は高く澄み渡り、現実世界のビル群のようなものは見当たらず、目の前に薄い茶色のレンガ造りの城壁のようなものがあるだけだ。なるほど、ここが「ワックタウン」だろう。
城壁は良く見ると門があり、身長と同じくらいの長柄武器を持った人が立っている。ここで僕は自分のことに思い至り、自分の腕や胸をぺたぺたと触ってみた。ざらざらとした荒い布の服を着ていて、縫われているであろう布製の靴を履いている以外は特に変わったところはない。やや小柄なのは現実を反映したからだろうか。
とにかく、あの門へ行かないと始まらない。
ぼくは急ぎ足で門へ向かった。
「ん? 新人か?」
そう門番が声をかけてくる。あごひげを生やした普通の人間といった風体だが、ウィンドウには「北の門番」とのみかかれている。どうやらNPCキャラクターのようだ。
「ええ。待ち合わせをしてるんです」
「初めての奴は検査を受けてもらうしきたりだ。これを受けないと身分証明にならんからな。すまないが少々我慢してくれよ」
ゲーム内での身分を保証するためには、年齢等を確認する必要があるのだろう。MMOだと特に。
「このゲートを通ってくれ。すると君の年齢、性別、種族などが分かるからな」
本当に申し訳なさそうに謝る門番。相当なAIがつかわれているんだろうな、と考えながら緑色に光るゲートを通る。すると、ぼくの背中から半透明の翅のようなものが一対とびでた。
「うわっ!?」
門番も目を見開いて驚いているが、それより僕自身のほうが驚いた。なるほど確かに。半妖精と納得できる演出である。
「こりゃ驚いた。俺も半妖精を見たのは初めてだぜ」
ゲートを通り過ぎるとすぐに翅は光に包まれてなくなった。あの翅が発現するのは何らかの条件があるのだろう。
「スヴェン君。17歳だな。それじゃ、ここの世界でも飲酒喫煙は禁止だから気をつけるように。あと街の特定のエリアにはイベント以外入れないようになっているから、気をつけろよ」
ゲームの精神的安全性を高めるやり方として実際にマルチメディアで紹介されていた例である。「小さなお子さんも保護者同伴で遊べます」とうたっていたのはこのようなシステムがあるからか。
門番から魔法で発行された身分証を貰って、門をくぐる。
入り口すぐのところにさわやかオーラを放つ赤毛の剣士がいた。……おそらく、林尊人縮めてハヤトだろう。
「あの、ハヤト?」
すると赤毛剣士は振りむいてにこっとサムズアップ。あ、このむかつくしぐさは間違いなく彼だ。
「よお、ヨシ……あー、スヴェン」
「うん、一応全部やってきたよ」
会話状態のときはPNが頭上に表示されるらしい。現実の名前を呼ぶのはもちろん法度だから、尊人も言い直したのだろう。
「とりあえずフレンド登録な」
そういう彼のデータがこっちに飛んでくる。フレンド申請だ。受諾して、ぼくのデータを彼に渡す。もちろん自動で行われているから、傍から見れば喋りながらたっているだけである。
「ふーん、やっぱりレベル1だよなぁ、当たり前だけど」
と、ぼくのデータを流し読みしながら見ていた彼が凍りついた。
「ハズレとハズレでダブルダブルだぞ、お前」
なんだそれは。
「どちらも弱くはないけど、プレイが限定される。スキルはともかく、種族、これはどうしようもできないぜ?」
「天」というものはずいぶんとぼくに厳しいらしい。
「ま、スキルはなんとかできるはずさ。……攻略情報ほとんどないけどな」
うまく調整されているという下馬評だけが今のぼくの頼りだった。
「とりあえず近場のレストランに行こうぜ。話はそこで聞くよ」
そういってぼくを先導する彼の後ろをついていきながら、ぼくは微妙な表情のまま、冷え冷えとする心の置き所を考えつつあった。
お読みいただきありがとうございました。よければ感想などもお願いして、この場を終わりとさせていただきます。