17話 I will fear no evil/わたしは災いを恐れない
投稿が遅れて申し訳ありません。
今回の題名は聖書の詩編23編4節を引用いたしました。念のために言っておきますと、わたしはクリスチャンではないです。さらには、特定の宗教についての信仰を進めるものでもありません。
甲高い音を立てて【スフィア・ブラスター】が殺人蜂を叩き落す。しかし一匹ではなく、その後ろから数十匹の巨大な蜂がぼくに襲い掛かってきた。こんなときは近接専門でなくてよかったと思う。吹き飛ばし効果のある魔法を連発して、襲い掛かってくる蜂を吹っ飛ばしていけばよいのだから。とはいえ、さすがに真社会性生物。物量はすさまじい。
ぼくは完全に囲まれる前にダッシュで蜂から逃げ出した。殺人蜂の針というアイテムがたくさん手に入ったけど、いまいち何に使うかぼくには分からない。まぁ、売れそうなので心配はしていないけども。【シューター】を使って一撃で倒せれば楽だけど、生憎とぼくの魔法はそこまで威力が成長していない。だから、できるだけ吹き飛ばし効果のある魔法を使って殺人蜂から距離をとるしかないのだ。
「はぁっ、はぁ……」
ダッシュして上がった息を木の陰に隠れて整える。ブンブンという不吉な羽音がしているから、まだその辺に何匹かホバリングしているのだろう。ぼくの進行ルートには2匹滞空しているのが見えた。やつらはまだこちらに気づいてはいない。一撃で倒せるような魔法を用意するしかない。
右手に【スフィア・ブラスター】、左手に【スフィア・スライサー】を発動させる。同じ体系の魔法とはいえ、別の魔法を発生させるというのは様々なゲームに代表されるように、高等技術である。しかし、ぼくの種族である半妖精は、何度も繰り返しているように、物理的有利と引き換えに魔法的有利を高めた種族である。この別種類の魔法発動も、お茶の子さいさいというわけだ。
ばっ、と木の陰から飛び出して両手から魔法を発射する。そのがさがさという音に引かれてぼくの前の2匹が反応するけど、ぼくのはなった魔法が命中して、地に落ちた。余裕があればドロップを回収しておくけど、今は全速力で逃げる方が先である。というわけで、ドロップ品には目もくれず、ぼくは全力ダッシュで黒い林の出口へ向かった。
その間に蝙蝠に襲われたけど、魔法を乱射して背景の木ごとなぎ倒して、ふっ飛ばしておいた。ぼくは蟲が苦手なのだ。あんな量の人間サイズの蜂に襲われるなんてまっぴらごめんである。出口に到着したとき、またもやぼくの息は上がっていた。物理的なステータスが低いとこのようなダッシュの持続時間といったものにも影響が出るのだとぼくは考えた。あきらかに、現実世界のときよりも息が切れるのが早いのだ。まるで運動不足のような感覚であった。やはりどうにかして物理的な部分を上昇させるアイテムか方法を見つけなければならないとぼくは思った。
黒い林を抜けると、久々に太陽の光を浴びることができた。本当にこのフィールドは太陽の光が届きにくい場所だ。ぼくとしてはやりにくいことこのうえない。フィールドは抜けたけれど、まだ油断はできない。そう思いながら町へと戻る道を歩き出した。
やはり幾人かがポップしているモンスターと戦闘していたが、わざわざ戦闘にに巻き込まれるような面倒くさいことはしたくない。自分をターゲットにしてポップしたモンスターならば仕方がないとは思うけど……。
そんなことを考えていたら地中からコボルトが飛び出してきた。数は3。コボルトならばぼくはもう充分に余裕を持って倒せる。正面左右に1体ずつ。左右に【シューター】を撃って牽制しつつ、正面のコボルトを【ショック・ウェイブ】で吹き飛ばしたあと、反転して両手の位置を入れ替えて左右のコボルトに【スフィア・ブラスター】を放つ。青く輝く魔力球が命中してひっくり返っている左右の同胞を気にせず、正面のコボルトは突っ込んできた。
コボルトの爪や牙というのは、しっかりと防御を固めた前衛の冒険者にとっては課に指された程度のダメージであるそうだが、ぼくの場合はそうはいかない。ただでさえ紙装甲なうえに、物理防御力が低いのだから。だがかわせないような攻撃ではない。集中してすれ違いざまに避けてがら空きの背中に短剣を突き立て、そこに向けて、釘を打つように【シャープシューター】を放った。魔法に押されるような形で短剣はコボルトを貫通し、青い光と共にぼくの腰へ戻ってきた。そこに魔法の威力が加わるから、トドメになるのは間違いないだろう。
あとはひっくり返っている残りのコボルトに適当に魔法を叩き込んでおけば、はい、おしまい!というわけだ。
そのあとはやや急ぎ足で街へ向かった。一度大蜘蛛に襲われたけど、遠くにふっ飛ばしてその間に逃げた。MPが高いことは嬉しいことだけど、回復に時間がかかるのが難点だな。ぼくの場合は、物理的な攻撃手段が短剣一本ということがそれに余計に拍車をかけている。一度モンスターがポップしたけど、構わず逃走した。
前と比べて町の門まで来るのにえらい時間がかかった気がするが、仕方がない。できるだけ戦いを避けたいところだが、そうすると経験値の入りが悪いというのがネックだ。さて、どうするべきか。色々考えたけれど、これはゲームに詳しい誰かがいないとどうしようもないのではないかと僕は思った。
街の中は相変わらずにぎわっている。クエストに行く前にくらべて屋台の中身も変わっていることがうかがえる。先ほどはお昼ちょっとすぎたところだったから、昼食になるようなものも売っていたが、いまは軽食や菓子が中心だ。それでも、クランへの勧誘はやむことを知らない。ぼくもたまに勧誘されるが、ほとんど半妖精というと離れていく。仕方がないといえば仕方がないのかもしれないけれど、なんとなく淋しい気持ちになるな。
ギルド前には冒険者が輪を作っていた。おいおいなんだ。巻き込まれたくはないので、大きく迂回してギルドの中へ入る。打って変わって、何事もなく窓口で受付をしていたり、顔見知りらしいPCがおしゃべりをしているだけだった。うん、やはり平和が一番である。窓口に行ってカードを出す。今更だが、このカードの出し方も種族ごとに違いがあるようだ。人間は普通にポケットや小さなポシェットなどからだすが、犬の獣人は尻尾から出したり、エルフは風と一緒に出したりしている。ちなみにぼくは魔法陣からカードが飛び出してくる。ちょっとかっこいい、なんちゃって。
「ゴブリン討伐確認いたしました」
このあたりに出てくる物量系のモンスターの討伐は1体1,000コルバ、一律らしい。しかし、数が増えればそれに手当てが追加されていくようだ。ぼくの今回の依頼の場合、10体だったから、10,000コルバの収入だ。あとはドロップ品がどれくらいの値段になるのか、だ。
「ドロップ品合計で5,000コルバになります、ご確認ください」
ありゃ、あんまりだな。錆びた短剣に針じゃぁ、あんまり金にならんのか。とはいってもMPポーションと食事くらいにしか金を使っていないのだけど。でもさすがに敵も強くなるから、いい加減軽い防具がほしい。盾なんて持っても意味がないから、上半身を覆えるようなものがいいな。
「ありがとう」
と一言礼を言って窓口をはなれる。新しくもうひとつ依頼を受けようかとも考えたけど、とりあえず武器屋というか鍛冶屋というか防具屋というかに行こうとぼくは思って、そのままギルド正面の扉を開けた。すると、冒険者の輪が目の前に出現していた。
あ、この珍妙な集団忘れていた。それでももれ聞こえてくる声を聞いていると、ほとんどが冷やかしのようだ。まったく、近世の死刑執行じゃあるまいし、そんな何を面白くて集まっているのかぼくには全く分からないね。
この集団にぼくは冷ややかな目(自分でそう思っているだけかもしれない)を向けつつ君子危うきに近寄らずというばかりに我関せずで行こうと思っていたのだけど、そう簡単にはいかないようだ。
「貴方たちもしつこいわね……!」
だって、顔見知りの声が聞こえてきてしまったのだから。……何かに巻き込まれているなんて、よりによってなんで君なんだという思いにぼくは捕らわれながら、近くにいた人に声をかけた。
「一体全体これ何?」
バンダナを巻いたその人が言うには、えらいしつこい勧誘で、銀髪のお嬢さん(クリアミラ)が逃げられないように結界まではったらしい。人間が声をかけたら「誇り高き我らエルフに声をかけるとは何事だ、愚民風情が!」といわれたとかなんとか。
「演技にしてもやりすぎだろうよ」
と至極冷静な表情でいっていたのが印象に残った。ぼくは彼女を放っておくわけにもいかないと思っていたから、仕方がない。
「申し訳ないですけど、道作ってもらっていいですか?」
そう言って皆さんに道を明けてもらうと、先ほどのバンダナさんがぼくに声をかけてきた。
「おい、どうやってあの結界ブチ破るつもりだ」
それはみてからの秘密ですとでも答えておく。エルフオンリーのクランというのを作っているのだろうか。それにしては排他的過ぎる気がしないでもないのだけど。それともただ単純に美人なクリアミラがほしいだけなのか。どっちにしてもろくでもないやつらというのは確かなようだ。
【ブーストアクション】で魔法を増幅させてから両手に魔法球を発生させて胸の前でひとつに合わせて、結界に向けて投げつけた。ガラスが割れるような音がして結界にひびが入った。一撃とはいかなかったか。非常に残念だ。しかし、ぼくの行動に周囲が相当にざわめいている。そんなに驚くようなことかね。魔法能力ならば、半妖精はただのエルフより理論上、上位なのだ。前にもいったかもしれないが、こと魔法に関してならば、半妖精はそのデメリットが納得できるほどの高い数値をしめしているのだから。
結界の内側にいる奴は驚いているようだけど、そんなこと知ったこっちゃない。続きだ続き。今度は切断球を投げつけて、結界を切断、砕く。
首を左右曲げるとポキポキと音が出た。どうやら無意識に肩に力が入っていたようだ。クリアミラはこちらを見るとパァ、と表情を輝かせた。彼女の全身をちらっと見ても怪我は見当たらない。本当に勧誘をされていただけのようだ。だとしてもこの方法はDQNきわまりないとぼくは思うが。
「妖精さん! 助かったわ!」
「なんでこんな面倒くさいのにつかまってるのさ、君」
こんなはすっぱな口調になったのも久しぶりな気がする。向こうの3人はまさに怒髪天をつくなんてもんじゃない勢いで憤怒の形相である。おお、こわい。
「貴様……下劣な半妖精風情が神聖たる美しきエルフの姫に触っていいとでも思っている──」
「寝言は寝ていいなよ」
──鋭撃魔弾。聞くに堪えない戯言だ。眼鏡の神経質そうなエルフの顔面にぶち当ててやった。ぼくのその行動に周囲は歓声を上げている。眼鏡エルフを入れて2人がこちらへ向かってきた。どちらも弓矢を持っているけれど、それを使う様子は微塵もない。
「私に逆らったことを悔やみながら死ね!」
随分と大仰な台詞を吐くものだ。ぼくはそう思っていたが、見る見るうちに竜巻がぼくを包み、ダメージを与えようとぼくを吹き上げ、巻き上げた。天地がどちらかわからなかった。三半規管にダメージはあったけれど、それだけだ。特に痛みは感じなかったから、案外口だけのヤツなのだろう。
「む、無傷……だと」
竜巻が晴れると、そこに変わらずに立っていた僕を見て眼鏡エルフは愕然とした表情で震えていた。ぼくはにやりと笑ってやった。
「うろたえるなよ。サンドロック!」
もう1人の細身のエルフのほうがそう言って短い杖を振る。すると、ぼくの立っている地面が隆起し、ぼくの上空に大きな岩が現れた。風よりは殺傷能力が高そうだ。
「潰してやる!」
上空の岩が落下し、下の地面がさらに隆起し空中に浮遊する。なるほど。確かにこのままじゃぼくはぺちゃんこのせんべいになるだろう。そう簡単にいくものではないがね。
「スフィア・ブラスター!」
両手に発生させたそれを左手を振り上げ、腰を落として右手を下にぶつける。岩を砕きつつ、額の上で両手を組んで腰の横に振り下ろす。【360SW】というコンボ。今思いついた!
「サンドロックを、砕いた……!?」
「私たちを見下ろすか、無礼な!」
今のこれを見ても2人は戦意は衰えていないようだ。こんなに派手に戦ってたら運営辺りに通報が行きそうなものだけど、それはない。一応時間稼ぎのつもりなんだけど、今のところ誰も運営に通報していないようで、むしろ野次馬が増えているような気がする。
「悪いけど、倒させてもらう」
相手の魔法はこちらには通じない。だからそれに相手が気づかないでいるうちに先制で倒す。
「ほざけ、妖精ふぜ──なにっ?」
風魔法か何かでぼくの魔法を防いだようだけど、本命は魔法ではなくて、同じ直線状に放って、魔法球の光で分からないように隠した短剣だ。体制を崩した眼鏡エルフの前にぼくは着地。両手で【シューター・ショット】を放つ。
「げびゃっ」
珍妙なつぶれたかえるのような断末魔を放って眼鏡エルフは地面に伸びた。もう1人の細身のエルフの放ってきた魔法を【バリアアクション】で防いだあと思いっきり蹴っ飛ばした。体勢を崩した細身エルフの顔に右手の2本指を突きつける。
「まだやるかい?」
そう言ってすごむと、細身エルフは「覚えていろ、この屈辱……万倍にして返してやる!」と捨て台詞を吐きながら伸びた相棒を背負って帰っていった。その瞬間、ドッ!!という今まで出最大の歓声が上がって、ぼくは野次馬達に「ようやったで!」だの「やるねえ!」だの言われながらもみくちゃにされた。しばらくそうされていたけど、人々の興奮が収まるのを待ってクリアミラがぼくの前に出てきた。
「本当、ありがと! もうどうしようと思ってたところだったからさ!」
いつもと少し違う口調に、潤んだ瞳。少しぼくはびっくりして、反応が遅れた。
「いや、いいんだ。君にも世話になったから、その恩返し」
「鶴の恩返しならぬ妖精の恩返しかしら。いいものね、それ」
だろう?なんてふざけながら、周りの人の視線も気にせずぼくとクリアミラは腹を抱えて涙が出るまで笑った。その笑いはやがて野次馬も巻き込んでの大爆笑に代わってしまった。
クリアミラは笑いながら、ぼくに何度も礼を言っていた。その顔が、ぼくにはひどく忘れがたいものに映った。
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