16話 Schwarzwald/黒き森
だいたい週一更新になると思います。よくて週2でしょうか。また別に更新ができなくなった場合には活動報告等でお知らせします。
人いきれにむせそうになる。広場には男女問わず、クランの勧誘をするメンバーがひしめいていた。ぼくはその人ごみをすり抜けながらギルドに向かった。
ギルドに入ると、ワックタウンの数倍もする広さで、その分ギルド側の職員も増えていた。窓口も6つ近くあり、ランクごとに分かれている。ぼくは下からふたつめだから、F~Dと書いている窓口へ並んだ。大体ぼくと同じぐらいの、初期装備に毛が生えたくらいのまだまだ駆け出し、といった装備の人員ばかりだった。ワックタウンではただの人間が多かったけれど、ここでは猫耳、犬耳、獣人、竜人等々まさに人種の坩堝といったところだろうか。
受ける依頼はゴブリンの討伐だ。コボルトの討伐よりは難度が上だけど、さっき倒してきたのだから、問題はないだろう。変わらず、依頼書を出して、受諾済みの印鑑を押してもらう。2つ目の街の近くにある黒林と呼ばれる地域がフィールドだ。その名の通り、黒々とした木が無数に生えている不思議な林である。その特性上、夜には危険度が跳ね上がるらしい。最低でCランクは必要ということだから、今のぼくには到底無理な話である。
「お、さっきの」
「やぁ、おっちゃん」
昼に飲むヨーグルトを買った屋台が変わらず存在していた。またぼくは飲むヨーグルトを購入して飲みながら出口へ歩く。屋台が変わらずに多く並んでいるけれど、前とは少し店が変わっているところもある。でも、食事はさっき取ったばかりだし、べつにいいやと思ってぼくは真っ直ぐ出口に歩いた。
猫耳の少女とすれ違ったりしながらフィールドを目指す。ワック草原と違って、ここからはフィールドに行く途中の道にもモンスターがポップするという。まさにワックタウンはチュートリアルだったというわけだ。道路自体も整備されていて、馬車が通りやすいように大きく広く作られている。
その道に不自然に穴が開いているわけだが、どうみてもここからモンスターポップしますよね、ええ。穴の淵に棒のような足がかかり、上がってきたのはビックスパイダー。ワックタウンにいたときに戦ったことのある大蜘蛛だ。ガパッという具合に口を左右に広げてこちらを威嚇してくる。この時点でぼくにターゲットが向いているから、逃げるのは難しい。
周りを見渡してみると、数人が同じように大蜘蛛と戦闘を行っていたところだった。
もう今のレベルからすれば、そこまで脅威にならないのだが、ぼくの場合は物理攻撃を受けると詰む可能性が非常に高いので、油断はしない。大蜘蛛の攻撃方法は突進、噛み付き、糸吐きのみっつだから、遠距離から攻撃すれば問題はない。しかし、大蜘蛛の糸吐き攻撃が命中する距離に近づいた状態で、ぼくは接敵した。だから、ぼくが【スフィア・スライサー】を放つのと、大蜘蛛が糸を吐いてくるのは同時だった。
大蜘蛛は切断系の攻撃に弱いから、とっさに選択だった。でもうまくいった。ぼくが手を振って【スフィア・スライサー】を撃ち出しながらとっさに身を投げ出したときには、速度の差で大蜘蛛にそれが命中していたのだ。でも紙一重だったといっていい。もうすこし相手の攻撃の速度が速ければ、ぼくもダメージを受けていたことは確実だからだ。
ただ、大蜘蛛が切断系の攻撃に弱いといっても、それは関節などにクリティカルヒットをした場合だ。残念ながらぼくの攻撃はそうはいかず、相手のHPを減らしただけにとどまった。けれど最初に戦ったときに比べて、ぼくの魔法の威力は向上しているから、向こうのダメージはより大きくなっているだろう。
つまりぼくがやることは、この距離を保って、火力で押し切ることだ。
続いて、【ブーストアクション】で強化した【シューター】を放つ。△を描くように片手を動かし、それぞれの角の頂点で魔弾を発射する。1回強化すれば、一回分のMP消費で3倍の魔法が使えるというのだから、非常にこれは便利である。
多段ヒットのノックバックでさらに距離が離れたから、【シャープシューター】を撃つ。遠距離狙撃用の攻撃なだけあって、的確に急所を射抜いてくれた。ここにはいないけど、まるでクリアミラの矢みたいだなんて自惚れしながら、ぼくにはどこか余裕があった。
なんてことはない。充分に距離が離れていて、向こうは関節にダメージを負っていて最大の攻撃力を誇る突進が出せず、吐く糸はこちらに届かない。あとは弾幕を張るだけだ。
「ぼくの勝ちだ」
両手を銃の形にして構えて、【シューター】を連続発射する。そしてとどめに【スフィア・スライサー】を両手に作って合わせ、身体ごと1回転して投げつけるように発射する。【ダブルグリーフ・スライサー】と呼ばれる魔法で、いわば【ツインスフィア・ブラスター】とよくにた種類のそれである。体力が残り少なかった大蜘蛛をその魔法で削りきり、ポリゴンとなって消えるのを見届けると、ぼくは深く息を吐いた。
どうしても体力と物理防御力が低いのが戦闘においてネックになってしまう。今回はうまくいったが、次もこういくとは限らないのだから。何かいい手はないかぼくは考えたけど、参考になるものもないのに、そう浮かんでくるものでもない。ぼくは気を取り直して、受けた仕事の方に意識を向けた。
それから、フィールドに到達するまでに数回襲撃を受けた。でっかい蜂やナメクジやら蜘蛛やらなにやら。素材もいくつか手に入れたけれど、ほとんど売れなさそうで困る。とくにナメクジ。本当にナメクジ。マジでナメクジ。いったいこのゲームのモンスターデザイン担当は何を考えているのか。ああ、考えるだけでもおぞましい。このフィールドはどうやら蟲系のモンスターが多いようだ。つまり、ぼくにとっては苦行となる。何が楽しくてでっかい蟲と追いかけっこをしなければならないのだ。ナウ○カじゃ有るまいし。……まてよ。ということは、でっかいダンゴムシもどこかにいるというわけだ。ああ、おぞましい。
そんなことを考えて震えているうちにもうフィールドの入り口までついた。これまでとは異なり、黒い木々が生い茂っていて、林の中は薄暗い。【フラッシュ】撃ち放題かもしれんな、これは。
ピカッ!
ためしに1回【フラッシュ】を使ってみた。まるで全体がザワザワと揺れたような音と共にいっせいにこうもりや鳥が飛び立っていった。
えっと。こんな状況になるとはさすがにぼくも考えていなかったのだけれども。非常に申し訳ないことをしたような気持ちにぼくはなって、しばらくフィールドの入り口にたたずんでいた。
「お、誰かいる」
ぼくの後ろ、すなわち、町があった方角から声が聞こえてきた。ぼくが振り返るとそこには革の鎧を着た男女2人組みがたっていた。
「やぁ。貴方もここでクエストかい?」
男の方が右手を上げながらこちらにそう声をかけてくる。随分と気さくなようだ。まぁぼくも笑顔で話しかけられて、悪い気はしない。
「ええ、そんなところです」
「ソロ?なかなか凄いことしてるのね」
女の方はそう言ってぼくをじろじろ無遠慮に眺め回してくる。ずいぶんと態度のでかい女だな、おい。
「種族上仕方ないんですよ」
少し前に同じようなことをハヤトとその愉快な仲間達に説明したような気がするけど、まぁとりあえず同じことを説明する。それを聞いて男女は気の毒そうな顔をしたり、驚いた表情をしたりと千差万別の表情をしていた。そんなに驚くことではない気もする。でも、彼らには何か驚きの琴線に触れるものがあったのだろう。
「一緒に行くかい?」
と男の方がそう言ってくれる。申し出は嬉しいけれど、オーバーモンスターに巻き込んでしまうのは忍びないといってそれを遠慮して、ぼくは彼らを置いて森の奥へ進んだ。ゴブリンはどこにいるか分からないけど、こちらに敵意を持っていることは間違いない。ぼくを見つけたら襲ってくるはずだ。そういう行動ルーチンが組まれているということらしい。掲示板でみたことだから、確証はもてないけれど、そういうものを検証する人がいるということは、それがあってもおかしくはないだろう。
「ギャッ」
人を不快にさせる低いような甲高いような不思議な鳴き声。さっそくゴブリンのお出ましだ。木の陰から出てきたのが2体。木の上に1体。弓でこちらを狙っている。弓もちのゴブリンは厄介だけれど、そちらに意識を向ければ地上の2体が襲ってくるというものだろう。だからぼくは弓のゴブリンに意識を向けると見せかけて、2体に向けて突進した。まさかゴブリンもこちらに来るとは思っていなかったのだろう、その緑色の顔に驚きが乗っていた。ぼくは両手を前に突き出し、魔法を発動させる。
さっき試したように、ここは暗い。だから【フラッシュ】はより強いこうかをもたらすのではないか、ぼくはそう思っていた。
そのぼくの予測はうまく当たってくれたようで、木の上にいた奴も含めて目を回していた。正直、ゴブリンを生け捕りにしても特に報奨金が増えるということではないので、短剣で首を切り裂いてさっさとポリゴンに変える。裏設定上女キャラが連れて行かれると大変なことになるということらしいけど、ぼくは男だ。問題はない。
さて、あと7体。向こうから襲ってくるというのは考えていたより楽なものかしれない。こちらから探す手間も省けるし。
近くにあった切り株に座って飲むヨーグルトを飲む。程よい酸味と冷たさで喉が透き通るような感覚。これがいいんだよ、これが。でも飲むヨーグルトを口にしていると、カレーが食べたくなってくるというのがネックである。ぼくだけかもしれないが。切り株から立ってさらに奥にいくと、1人で孤独に立っているゴブリンが見えた。こちらには気づいていないようだ。ぼくはゴブリンに短剣を抜いて投げつける。即死判定が適応されたようで、始末はすぐについた。あと6体。
即死したゴブリンがいた辺りにボーっと立っていると、ぼくを包囲するように6体のゴブリンが現れた。魔法使いでここまで近距離かつ包囲された状態っていうのは嫌な体勢なのだろうけど、あいにくとぼくはそういうタイプの魔法使いじゃない。
両手を広げてコンボを発動。もちろん、【360】だ。全方位に【シューター】をばらまいて、〆に【ショック・ウェイブ】で吹き飛ばす。死んではいないようだけど、木にぶち当たった地形ダメージでスタン状態になっているようだった。ラッキーである。ぼくは1体1体に丁寧に【スフィア・ブラスター】を放ち、ポリゴンに戻した。これで依頼は完了である。
今回のゴブリン討伐の依頼には別モンスターの邪魔が奇跡的にはいらなかったけれど、これはむしろ稀な例として考えた方がいいようだ。帰っている途中でオーバーモンスターに襲われては話にならないからである。ぼくはそう意識を切り替えて、フィールドの出口へ脚を進めた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。乾燥、評価等、是非お願いします。それにしても暑いですね。わたしは体調を崩しそうです。