14話 The best way to find out if you can trust somebody is to trust them/人を信頼するのに一番よい方法は、彼らを信頼してみること
題名はアーネスト・ヘミングウェイの言葉より。ちょっとした皮肉です(笑)
第2の街は活気に満ちていた。まるで東京で開催される夏祭りのように。趣としては、歴史に残る市のように、道路の両側に屋台が並び、その呼び声が波のように空間に響
いていた。
「飲むヨーグルトはどうだい! すべてが手作りの一品だ、ほらほら!」
その文句に興味を引かれたぼくは、屋台に近寄った。ついでに前を歩いていたクリアミラに声をかける。
「これどう?」
美容に良さそうだ、というぼくの言葉に、「そうだそうだ、美肌と通じが良くなるぞ、お嬢さん」とひげ面の陽気な店主が付け足す。クリアミラはそれに笑いをかみ殺したような表情をして、答えた。
「妖精さん、これあなたがカレーに合わせたいだけじゃないかしら」
あ、ばれてーら。……もとい、インド、ネパール、タイなどにおいては「ラッシー」と呼ばれる乳酸飲料を飲むことが知られている。まさにこれは「飲むヨーグルト」といってよいものであり、日本各地に展開するインドカレー店においても必須のものであろう。ぼくはスパイシーなカレーとともに一緒に食べる気であったのだ。
「辛いカレーにラッシーをあわせるのは美味しいと思うんだけどなあ」
何も疑問を抱いていないようなぼくに対し、クリアミラはこめかみに手を当てて頭痛をこらえるような表情をしていた。「そういうことじゃないわ」と、ぽろっとこぼした言葉に屋台の中にいた店主までもが真顔でうんうんとうなずいていたのだ。なんだこれ。
頭をぶんぶんと振ってクリアミラが気を取り直す。そして、マンゴーが入ったトロピカルヨーグルトジュースを注文する。ぼくは普通の飲むヨーグルトだ。ただし少し甘めに調整してもらう。LOLには空腹というステータスが存在するが、それが何かしらのステータス異常を起こすわけではない。しかし、空腹を感じるというのは、人体にとって必要なことであるので、データとして取り入れられている。ゲーム内では仮想の食事を取れば空腹感は収まるが、現実の体はそういうわけにはいかない。だから、LOLでは空腹を感じたら一度ゲームを中断し、食事を取ったり、水分を補給したりすることが公式で奨励されているのである。
つまり、ゲーム内と現実の時間が同期している以上、昼食を取るという行為が必須行為となるのである。これは完全再現型のゲームであるために生ずる問題を積極的に解決するための策であった。
「はい、おまち!」
ひげづらの親父からクリアミラとぼくに次々に容器が渡される。木を薄く細長いコップの形に彫り抜いたもので、なみなみとそこに飲料が満たされていた。
これで150Cなのだから安いのだろう。ぼくの推測だからわからないけど。
ぼくたちは少し散歩をしよう、ということで飲むヨーグルトを片手にふらふらと屋台を冷やかしたり、アクセサリーの露店を見たりして回っていた。街の作り自体はワックタウンとにていて、南から入った通りが真っ直ぐ広場につながっている。広場からは6方向に放射状に道が伸びている。ワックタウンよりは大規模な街で、なかった宿屋や、プレイヤー運営の鍛治屋等が立ち並ぶ通りなどが存在しているようだ。クリアミラの拠点も「今のところ」この街にあるらしい。最近のゲームは便利だね。地図を配ってくれるのだから。
中央広場には様々な種族のプレイヤーがたむろしていた。大声を張り上げてクランやパーティへの加入を呼びかけている。まるで入学当初の部活の勧誘のようだ。初心者で最初からパーティはともかくクランに入っているプレイヤーは少ないから、その育成を兼ねつつ、戦力の底上げを狙っているのだろう。
ぼくらにも声がかかるかと思ったが、ぼくには見向きもせず皆クリアミラに声をかけていた。ま、そうだろうね。ぼくでも小柄な半妖精よりは美人なエルフに声をかけるだろう。怒ってなんかないよ……怒ってなんか……。
「どうですか? 初心者歓迎クラン、アルブレヒトに入りませんか?」
「いやいや、女子クラン、ピンキーガールズこそ!」
クリアミラのほかにもたくさん勧誘されている人やぼくと同じようにスルーされている人もいる。そのうちの1人と目が合って互いに互いがため息をついた。
それにしてもクランの数というのはぼくが思っていたよりも多いようだ。このあたりのクランは本当に初心者が作ったようなものらしい。初心者どうしの互助組合といったところだろう。クリアミラはこちらに助けを求めるような視線を向けてきているが、ぼくにどうしろというんだ。
「そ、そうね。そこの妖精さんも一緒ならまだ入れるけれど……」
おいやめろ。ぼくに矛先を向けるな。
クリアミラの「妖精さん」という言葉に数人がぼくに振り向く。ひぃっ……。目が本気である。怖い。
「どうです!?」
いかにも親切にしますよ、ハズレでもサポートします、と美辞麗句を並べるけれど、その目はぼくを見ていない。いや、ぼくじゃなくてクリアミラ目当てでしょうあなたたち。ぼくは付属品じゃないぞ。
「ぼく半妖精にランダムであたったんですよね。彼女が親切にしてくれて助かってますけど」
と、一言。するとまるで蜘蛛の子を散らすように去っていき、同じクランに所属しているらしき別人と相談をしているようだ。……あまり気分の良いものではない。こういうときにはハズレという掲示板の言葉を実感する。
「眉間にしわがよってるわよ、ごめんなさい、巻き込んじゃったわね」
「別にいいよ、いまさら」
機嫌の悪さをごまかすように、残っていた飲料を飲み干して、右側にあったゴミ箱に、そちらを見ないで投げ捨てる。ガシャン、という音を立ててゴミ箱に入ったそれを見て、静まり返る周囲。あ、やらかした?
「ナイッシュー」
そう言ってクリアミラは手を叩くけれど、この空気はもどらない。やべ、本当にやらかした?
本気でどうしようとぼくが内心冷や汗ダラダラで焦っていると、ぼく達の正面、北の方がざわっ、という風にざわめいた。群集がまるでモーセのあのときのように二つに分かれ、その中央から現れたのは黒い鎧を着た赤毛の背の高い男。口元には不敵な笑みを浮かべている。周囲はにわかに騒がしくなり、「《ライディーン》のクラマスだ」「《ライディーン》だ!」などとやかましい。ぼくが起こした騒動などどこかに吹っ飛んでしまったようだ。
ハヤトの後ろには数人の男女がついて来ていた。みんな知らない顔だから、LOLで知り合った人々なのだろう。
「よぉ、スヴェン。そろそろ来るころだと思ってたぜ」
「やぁ、ハヤト。相変わらず元気そうだね」
さすがにクリアミラも驚いたのか、口と眼をまんまるにしている。「え、ええ……」と困惑の声が彼女の口から漏れていた。
「で、今をときめくハヤトがぼくに何のようだい?」
「皮肉屋め。なに、一緒に食事でもどうか誘っただけだ」
たぶんこいつは今までの騒動をどっかから見ていて、自分たちの登場とインパクトでそれをうやむやにしてしまおうという魂胆なんだろう。こいつがよくやる手段だ。
「いいだろう。ただしぼくとクリアミラの2人分おごりな」
「な、何ィ……!」
ぼくのその言葉に心底驚いたような表情を見せ、唇を喰いしばるハヤト。
「冗談だ」
やはりこいつと喋るのが一番楽しい。打てば響くというのはまさにこのことである。
驚く回りをよそに、ぼくとハヤトとクリアミラとその他の皆さん。クリアミラはまだ動きが固まったままだったから、僕が手を引いて連れて行った。僕らハヤトの知り合いというカレー屋へ入った。彼のことだから女性だと思っていたが、店主は壮年の男性だったので、ぼくの心配は杞憂といえた。
「いらっしゃい。ハヤトとそのお連れさんかい」
「奥へどうぞ」という店主の言葉を聞いてハヤトを先頭に奥の大テーブルへついた。正直、ハヤトとクリアミラ以外は初対面だから早く紹介をしてほしいのだけど、ハヤトは全く気づかない様子で笑っていた。しまいにはぶん殴るぞハヤト。分かってやっているだろう。僕のにらみに彼は「参った」というように両手を挙げて自分の横にいるクランメンバーを紹介し始めた。僕はハヤトの正面に座っていて、ぼくの横にはクリアミラがいる。彼女はやっと正気を取り戻したようできょろきょろと店内を見回していた。
「俺の右にいるのが、ラート。サブマスをしてて、雷魔法の使い手だ」
紫色の長髪を後ろで束ねて、黒いコートのようなものを羽織った若い男だった。凛とした目が意志の強さを思わせる。なるほど、ハヤトの補佐をするにはちょうどよさげな真面目そうな男だ。
「ラートだ。宜しく頼む。君の噂はこいつから聞いているよ」
やべぇ超いい声してる。イケメンボイスすぎる。これは惚れますわ(こなみかん)。……なんてふざけている場合ではないか。
「ええ、よろしく」
ラート氏のイケボに惑わされながらも、ぼくは軽く会釈をして挨拶を交わした。まぁハヤトがサブマスにしているほどだから悪い人ではないだろう。続いて、ハヤトの左の女性が口を開いた。
「エリアスよ。宜しく頼むわね、スヴェン君。私は火属性の魔法剣士よ」
赤い前髪を逆立てて、後の髪を流した独特の髪型の女性だった。ハスキィな声が耳に残る。何かのうろこを使ったような鎧が印象的だ。
その、なんだ。ハヤトも含めて、目の前が眩しい。左から赤、赤、紫だ。なんだこれは。ロックな世界に入り込んでしまったようだ。ちょっと目を細めていると、カレーについていたサラダが運ばれてきた。あとフォーク。
「ぼくのことは……ああ、ハヤトが嬉々として話してそうだから省略で。コッチのエルフさんがクリアミラ。ぼくの友人」
横を見るとクリアミラは完全に復活したようで、いつものミステリアスな雰囲気を取り戻していた。
「エルフのクリアミラ。風魔法と弓を得意としているわ。まさか妖精さんがこんな人と知り合いとは思わなくて、少し驚いてしまったわ」
むしろ君のその反応にぼくがびっくりだよ。そんな表情をするとは思わなかったからね。自己紹介をつつがなくおえると、後は攻略やLOL内の噂など、当たり障りのない世間話へと話題はシフトしていった。ぼくも掲示板などを参照したりしていたから、知っている話題には参加したし、そうじゃなくてもハヤトと近況を報告しあったりしていた。ラート氏とエリアス氏にはそのシーンを妙に生暖かい目で見られたけれども、変わったことといえばそれくらいだろうか。
カレーはいつ来るのだろうか。話題に参加しながら僕の意識の3割はそっちにむいていったといっても過言ではない。
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