13話 zero in on 360/すべてに照準を合わせよう
投稿が遅れて申し訳ありませんでした。GWに予定が詰まってしまいまして。
乗り合い馬車にはぼくとクリアミラ以外にも多数の人間が乗り組んでいた。中にはぼく達と同じように最初の街を離れるプレイヤーもいる。その仲の数人とクリアミラは話していた。ぼくのような初心者プレイヤーのほかにもいるし、クリアミラと(言い方は悪いが)同類のゲーマーじみた人種もいる。クリアミラは美人だから、声をかけたくなるのは仕方のないことだろうけど、なんというか、その。……面白くないのだ。
「妖精さん?」
おっと。考え込んでしまったようだ。
「なんだい?」
「あなた何か考え事してるみたいだから、ね?」
やや首をかしげてこちらを覗きこんでくる彼女からぼくは少しはなれる。その、あまり近いと美人だから心臓がうるさいのだ。……悪いか、リアルでも身近な美人といえば、晴那ちゃんくらいだからな。耐性がないんだ。
「なんでもないよ」
「あらそう?」という彼女に頷いて、ぼくは外を見た。ところどころに背の高い草の群生が見えるが、その景色も後ろに急速に流れていく。それでも、この景色はぼくが住んでいる都会ではあまり見れない世界だと思う。だから、外を見てこの景色を楽しんでおくのだ。後ろでしていた会話も、クリアミラがやんわりと誘いを断るか、会話の相手が彼女の気持ちを察して誘うのを打ち切って、会話が自然となくなっていた。相手が良識を備えてくれて助かったというのがぼくの偽らざる気持ちだった。モラルに欠けるような連中も報告されているようだから、多少心配であった。……ぼくより彼女は強いけど。
沈黙の中で彼女はふたたびぼくに寄り添うように席に座った。会話を続けているのは同じグループのPCか、NPCだけだった。馬車は変わらずぱかりぱかりと馬蹄の音を蹴立てて進んでいく。危惧されたモンスターの襲撃というのは今のところ見られなかった。
「クリアミラ、あれは?」
「たぶんどこかの国の軍隊じゃないかしら」
遠目には装備の整った騎兵隊が行進している。ぼくが掲示板を調べたところ、内政ルートを選んだプレイヤーの中には軍隊を所有しているところもあるというから、その訓練なのだろう。
「ここらへんはアグボンラオール皇国の領土らしいから、そこの内政プレイヤーかもよ?」
「へぇ。まぁ駆け出しのぼくには関係ないと思うんだけど」
クリアミラはぼくに妙な流し目を送ってくる。意味深な表情をするなよ、周りがぼくに注目しているじゃないか。
「あら。ハズレを2つ引いて、それをあっさり使いこなしてるじゃないの」
運がいいだけだよ。クリアミラが思っているような特別なものなんてぼくにはないと思う。何かあったとしても半妖精に隠された何かがあるのだ。おそらくだけど。ぼくはふたたび外を見る。ウサギが跳ねている牧歌的な光景が続いている。襲撃はなさそうだ。僕はそう思って、目を閉じる。
いったいどれくらい時間がたったのだろうか。馬車が急停止して、ぼくは柱にしこたま頭をぶつけた。その痛みで飛び起きる。御者が切羽詰った様子で叫んでいた。
「ゴブリンとコボルトの連合だ! くそ、あと少しなんだぞ!」
その叫びを聞いて、冒険者が次々と馬車を降りていく。クリアミラは弓をつがえ、ぼくを見て頷いた。
「ここじゃせまい。ぼくは降りるよ。クリアミラ、援護よろしく」
「任せて!」という彼女の声を背中に受けてぼくは窓枠に足をかけてとびだす。ガラスはついていなくて、枠があるだけだから心配は要らない。着地したぼくに襲い掛かろうとしたコボルトをクリアミラが放った矢が射抜く。ぼくはそいつには目もくれずに、粗末な錆びた短剣を持った腰布を巻いた緑色の皮膚を持つ小鬼──ファンタジーにはつき物のゴブリン──に【シューター】を浴びせる。仰け反ったゴブリンにクリアミラの矢が命中し、光となって消え去る。運悪く、ぼくが着地したところにはゴブリンの群れ。全方位からじりじりとぼくに迫ってきていた。
「おいそこの魔法使い! さっさと引け!」
囲まれたぼくを見て、コボルトを切り倒していた冒険者がぼくに声をかけてくる。実際逃げることができればいいが、そうはいかない。初めて設定した個人コンボを使用することになりそうだ。人差し指と中指を伸ばし、あとの指は握る。そのまま左右に両腕を伸ばし、【シューター】を連射しながら360度1回転。最後に両手から【ショック・ウェイブ】を放って敵を吹き飛ばす。コンボ名360。全方位連続攻撃可能な便利なコンボだ。
まださすがに【シューター】を一撃分当てただけで敵のHPを削りきれるというわけではないから、追加で適当に魔法を撃って止めを刺しておく。
「さっすが、やるぅ〜」
口笛に乗って機嫌が良さそうな声が馬車からぼくまで届く。風魔法で近づいてきたコボルトをこちらにまとめて吹っ飛ばしたクリアミラだ。吹き飛ばし効果がつく魔法が非常に多い風魔法らしい使い方だ。……ただ、その処理をこちらに任せないでほしいものだ。両手で【シューター・ショット】を放つ。空中で防御姿勢も取れていない状態でそれを受けたコボルトたちはあっけなくポリゴンになって消えていった。こちらに突進してくるゴブリンに左手で【スフィア・ブラスター】、右手で【スフィア・スライサー】を構築、発射し、右回転しながら左腰の短剣を引き抜きつつ投げうった。ざくりと腹のあたりに入り苦悶するゴブリンにクリアミラの矢が3本ほど連続で刺さり、絶命する。
「さすが」ぼくがそういうと、彼女は「それほどでも」とにこりと笑った。
すこし丘になっているところにゴブリンが陣取っていて、こちらにボロボロの弓矢を向けてくる。クリアミラが矢を射っても、向こうのほうが早い。間に合わないだろう。ぼくはクリアミラに振り向き、叫んだ。
「ぼくが防御する! 正面に飛ばして!」
彼女は頭が切れる。ぼくの足りない言葉からぼくの意図を性格に推測してくれた。そう、彼女の十八番である超高速移動の風魔法である。小規模の竜巻がぼくの周囲に巻き上がり、狙われた馬車の前に移動するのと、ゴブリンたちが矢を放つのは、まさに同時だったといえる。
「バリアアクション──アンドリバース!」
魔法の障壁を展開して次々に放たれる矢を防ぐ。障壁は矢が当たるたびに水面に石が投げ入れられたように波打つが、この魔法障壁は遠距離攻撃ならば防げる。仮にだけど、強力な魔法が襲い掛かってきた場合はそのかぎりではないのが残念であるけれど。そして、アンドリバースと名付けられているように、この反撃魔法は【バリアアクション】とセットで使用するものだ。拳を握ったその前方に新たな魔法陣が構築される。それで障壁を叩くことで、魔法障壁を構成する粒子が反転し、相手に弾き返す、という仕組みらしい。
前と同じようにガラスが割れたような甲高い音がして、障壁が虹色に輝く。ぼくが受け止めていた矢はビデオの巻き戻しのようにゴブリンに避ける時間も与えず突き刺さっていった。
ぼくが防御に専念している間、クリアミラはぼくに近づこうとするほかのモンスターに間髪入れず矢を命中させたり、風魔法で吹き飛ばしたりして援護してくれた。周囲では、コボルトを切り倒したり、強力な火属性魔法で複数を焼き払ったりと、即席の連携をしながらモンスターの集団と戦っている。しかし、馬車に向けて降り注ぐ矢の量はきりがない。前が見えなくなるほど障壁に矢がまとまっている。これだけタメて反撃すれば、空白期間が生まれるとぼくは考えた。
弾き返して、奥の丘でばたばたばたとドミノ倒しのようにゴブリンが多数倒れていき、ぼくの予測の通りに矢が降り注ぐのはやんだ。その隙をぼくとクリアミラは見逃さない。
「──クリアミラ! 飛ばせ!」
「あなたのそういうとこ、好きよ!」
まさに、示し合わせたように、ぼくの背中に巻き上げられた風が当たる直前、近くで剣を振るっていたプレイヤーがぼくに声をかけてきた。
「おいちょっと待て! あんだけ魔法使ってんのに突っ込む気か、自殺行為だぞ!」
ああ、ぱっと見はぼくが普通の魔法使いにしか見えないのか。ぼくは単純にそう思った。フレンド登録しないとステータスに見えない。だからぼくの大量にあるMPは分からないのだ。
「余裕あるから、問題ない」
一言だけ、ぼくは誰に伝えるという意図もなく、つぶやいた。その直後に風に乗って、ぼくは丘に飛ばされた。
「おいエルフさんよ! あの魔法使い死ぬぞ!」
「あははっ! 私の妖精さんよ? あの程度でやられるわけないじゃない」
「おい待てあいつ人間じゃ──妖精さん? おいまさか──」
弓矢と風魔法を乱射しているクリアミラと冒険者が何か怒鳴りあっていたようだけど、轟、という風の音で何をいっているかはぼくには聞き取れなかった。空中からゴブリンたちに飛び込んで【シューター・ショット】を放つ。吹き飛んで空いた地面に着地し、コンボを発動させて360度を【シューター】で射撃し、地点を確保する。あとは四方八方腕を振り回しながら日本やネットを風靡したあの映画のように【シューター】を連射するのみだった。弓矢とぼくが放つそれを比べたら銃と剣ほどの差があるし、速度もこちらのほうが上なのだ。【シューター】1回につき5発。それをぼくは撃ちまくった。顔の数センチ手前をさびた剣が通過したり、わき腹を槍が掠めたりして少ないHPが削られていはしたが、ぼくが1人で獅子奮迅するのと、馬車の周りにいたモンスター集団が全滅するのは同じくらいであった。
金属音や爆裂音などがやんだ馬車の周囲には額に汗をかいた冒険者の集団がたむろしていた。ぼくはクリアミラの風魔法で彼女の横に移動させられていた。彼女は先ほどにも増してきげんがよさそうだった。「ん〜♪」なんていいながらぼくの肩に顔を寄せている。なにがそんなに気に入っているのだろうか。
「冒険者のみな、ありがとう。これで無事に街へたどり着ける」
そう言う御者が指差した先には、ワックタウンのような茶色の城壁が見えた。でも、ワックタウンのそれより大きいだろう。街の規模もおそらく大きいのだ。お昼どきだ。あくまで感覚とはいえ、ぼくもお腹がすいた。
馬車は速度を落としながら城門をくぐっていく。くぐった先にはわらと厩が用意してあった。ここで降りるのだろう。
「ここまでの乗車に感謝する。またのご利用を」
御者のその言葉にドアが開き、ぼくとクリアミラは近くにいたこともあってすぐに降りた。
「さぁ、食事にしましょうか!」
そう言ってクリアミラがぼくに眩しい笑みを向けてくる。銀色の髪が太陽を反射し、彼女がまるで太陽に祝福されているように見えた。
「ぼくはわかんないから、案内頼むよ」
「ええ、任せて!」
るんるん、といった様子で歩き出す彼女を見て苦笑しながらも、ぼくは楽しくなりそうだ、と唇をゆがめていた。最初の街と違って、傍らではなく、ぼくの前に美しい少女がはねるように歩いている。太陽が照りつける光が急に温度を増したようにぼくには思えた。
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