12話 You are a challenger/君は挑戦者だ
これで一区切りとなります。そういえば、お気に入り登録が私の見間違いでなければ200件を超えていました。これも読んでくださる皆様のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます。
「ねえ妖精さん?」
2人で天頂に昇っている太陽を見つめていた。突然クリアミラがこちらを向いてそう問いかけてきた。ぼくもクリアミラのほうを向く。すると思ったより顔と顔の距離が近かった。正直、ぼくの顔は赤いだろう。彼女はそのことを気にしないのだろうか。
ぼくの驚きを気にも留めずに彼女は言葉を続ける。
「あなたが単独プレイヤーであることはもちろん知ってる。けど、そのうえで誘うわ」
「一緒に行かない?」という誘いだった。今までと同じようにからかっているのかと思ったけど、彼女の目にはそんな光は一切ない。真摯な目をこちらに向けてきていた。その目が、いつか見た夕日に照らされる彼女と重なった。
そんな真剣な目を向けられて、断れる男はいるだろうか。いや、いないだろう。出会ってまだそこまでたっていないいないとはいえ、現実世界で過ごすより密度の濃い世界であることは間違いないのだから。彼女にもそれなりの考えがあるのだろう。彼女からしてきた提案だから、ぼくに悪い提案ではないのだろう。ぼくも、この短い期間でそれなりに彼女を信用できると考えている。
「ぼくは半妖精だからオーバーモンスターも来るし、他のプレイヤーにもいい印象を与えられないよ。君には不都合だ」
──だとしても、このことは彼女に対してメリットをもたらすとはぼくには思えない。ぼくは今は駆け出しなのだから。
「それ込みで誘っているのよ。妖精さんと最近過ごしていたのは、パーティを一時的にも組める信用に値する人かどうか。だましていたようで申し訳ないけれど、それが理由──ああ、あなたを気に入ったというのは嘘ではないから安心してね」
ぼくの一瞬の表情のこわばりを見抜いたのか、そう付け足して彼女は唇を舐めてこちらの返答を待つようにぼくを見た。
「……」
まあ女の子の単独プレイというのも不安なものだろう。LOLはゲーム初心者のぼくでもわかる程度の超大のオープンワールドと考えることができるのだから。それにしても、ぼくのどこが気に入ったのだろうか。ぼくだって男だから、美少女に気に入られるというのはとても嬉しいことだけど、その理由が分からない。いくら強いプレイヤーだったとしても、性格が合わなかったりしたらパーティがうまくいかないのはぼくにもわかる。うーん。でもなぁ。
「妖精さん、あなたのデメリットも私は知ってる。でもそれを知ったうえで誘っているわ。もちろん、打算で妖精さんに近づいたのは否定できないけど、それでもあなたには真剣でいるつもりよ」
ぼくの無言を不満と受け取ったのか、彼女が語気を強めてさらに近づいてくる。その目は先ほどよりさらに強い光をたたえていた。……だまそうという気持ちはないのは分かってるけれど。さっきから近いんだ、クリアミラ。そのせいで君のいい香りがぼくを混乱させているんだよ。こんな微妙なところまで再現するとは恐ろしいゲームだ、うん。
「く、クリアミラ。それは分かったから、ちょっと離れてくれ。近いんだ」
「え? ……ああ、ごめんなさい」
クリアミラはぼくの発言でやっと彼我の距離に気がついたのか、わずかに顔を赤らめて、体を後ろに引いた。
ねっころがったまましている会話であるけれど、いい加減普通の姿勢にもどるべきとぼくは思うんだよ。上体を持ち上げて、地面に胡坐をかく。クリアミラは女の子座りをして、こちらを向いた。
「で、答えはいかがかしら、妖精さん?」
実際に考えてみて、ぼくの種族のデメリットのことを考えての申し出ならば断る理由はないと思う。ここまですべて演技だったら主演女優賞ものだ。
「いいよ。一緒に行こうか」
「あら、振られなくてよかった。まぁ、期間限定だから、妖精さんもそんなに気にしないでいいから」
「了解」
「期間限定」という言葉が気になったけど、彼女の理由ということでぼくは気にしないことにした。ぼくとしてもソロで行くつもりだったし、嬉しい偶然ということにしておくさ。
「さて、ギルドにもどりましょうか。妖精さんはここのボスモンスターを倒したから、次の街にいけるわよ」
彼女が立ち上がってぼくを促す。穏やかな風が、彼女の髪を揺らして、まるでマントのように髪を吹き上げる。一瞬クリアミラが微笑んだように見えた。「ほら」、とこちらに手を差し出してくる。その手を取って、立ち上がる。……普通ぼくの役目なのではないだろうか。
「それじゃ、目をつぶっていてね」
彼女のその言葉に従って軽く目をつぶる。強い風がぼくの周りに吹き荒れたと思うと、浮遊感と共に、人の話し声が聞こえた。今までは草原のど真ん中にいたから、人なんかはみなかった。いったいここはどこだ。「目を開けていいわよ」という彼女の言葉に従って、ゆっくりと目を開ける。すると、目の前には見慣れた茶色いベンチ。そう、ここはワックタウンの中央広場だ。つまり、彼女は度々披露していた移動術でもってここまで来たということだろう。
「ちょっとした風魔法の応用よ」
得意げな顔をしたクリアミラがそう嘯いた。そういう表情をしているといつもの印象より少し幼く見える。彼女は胸を張っていたけれど、その胸はさっきの草原のようだった。ああ、念のためにいっておくと、丘じゃないことは確かだ。彼女に簡単に頷いてぼくはギルドに向かう。クリアミラはぼくの薄い反応に結構な勢いで文句を言いながらもついてきてくれた。この娘もハヤトと同じように優しいところがある。ゲーマーは優しいのか?
ギルドの中に入ると、もはやぼくの担当なのではないのかと思うほどに、御馴染みの受付嬢がぼくに微笑みかけてきた。……実際はたぶんタイミングなのだろうけれど。その証拠に受付嬢の彼女の横にいる男性の受付員は前はメガネをかけていたが、今は側頭部を剃り上げた別の人物に変わっている。
「スヴェンさん、こんにちは」
「どうも」と簡単に会釈をしてから、ギルドカードを渡す。受付嬢はいつものように後ろにある魔法陣にカードをかざして討伐記録を確認すると、金貨の山をぼくに差し出した。
「討伐を確認しました。また、ドロップ品の買取もこちらで行いますが、いかがいたしますか?」
ぼくは兎の肉と毛皮──ドロップ品だから、既に肉と毛皮になっている──を手渡す。それと妖精の粉、妖薬草をすべて。あとはあのレストランに売れれば売るつもりだ。……もし売れないならもう一度ギルドにもっていくことになるけれども、まぁ仕方がない。そのぼくの後姿を彼女は面白そうに見ている。僕自身の何が面白いのかはぼくには分からんけども。
「報奨金とドロップ品売却の合計で25000コルバになります」
これでまた潤沢な資金が手に入った。僕にとっては魔法薬というのは、日本にとってのシーレーンのように生命線である。魔力がなくなったら僕は物理的に役に立たないのだから。ギルドを出て、あのおばさんが経営している薬屋へ。クリアミラもその店を知っているようで、特に疑問に思った風も見せずについてきた。
「マジックポーションをこれだけください」とぼくはさきに10000コルバを店の主人の女性に渡してしまう。すると奥からまとまった数の魔法薬が僕の前に置かれた。
「私の店でまとまって買い物する冒険者はいないからねぇ。オマケで回復薬もつけておくよ」
おお。大口の買い物はしてみるものだな。ぼくは思わず斜め後ろのクリアミラに振りむいて、にやりと笑ってしまった。
「あら、楽しそうな顔ね」
彼女は心底おかしそうに、口元に手を当てて上品に笑う。……何かかわされたというか、負けた気がしてならない。ちょっとすねたような表情を浮かべてみた。クリアミラはますます微笑むと、こちらにウインクしてくる。
「もう、そんなにすねないの」
子ども扱いされた。そんなばかな。
「この坊やの姉さんかい? この子は随分と強いみたいだから、逆に気をつけてあげなよ?」
いや。どこに彼女とぼくに姉弟の要素があるというのだ。まず髪の色、顔立ち、その他諸々!色々違うだろう!
「ええ、そうしますわ」
あれれ。いつの間にかぼくが弟という呈で話が進んでしまっている。なんだこれは。
「ま、またきなよ」
ぼく達はそう言う女主人の声に送られて店を出た。店の扉が完全に閉まった瞬間。くすくすというひそかな笑い声がまるで耐え切れなかったように爆笑に変わった。お腹を押さえ、目の端から涙まで流して大笑いする彼女の姿に通行人のNPCはおろか、プレイヤーすら引いている。ああ、ぼくも含めてでの話だ。
「よりによって姉弟? 私と妖精さんが? あはははははははははははっ!」
その、なんだ。彼女は随分と人生が楽しそうだな。「ひーっ! おかしい! 言うに事欠いて姉弟はないでしょ、ふふふふふふふふ……」と笑いの大瀑布は収まりそうにない。むしろ一番どうすればいいのか分からないのはぼくだよ。むしろぼくだよ!しばらくぼくらを見ていた人々が散り散りになり始めたころに、やっとクリアミラの笑いが収まった。
ずーっと彼女の笑いが収まるまで立ち尽くしていたぼくはどうなるんだよ、まったく。
「ごめんなさい、妖精さん。ちょっとツボに入っちゃって」
笑いがやっとやんだクリアミラはこちらに両手をあわせて謝ってくる。ぼくとしてもこんなことで波風を立てる気はゼロだから普通に許した。
レストランに寄って草原鹿の肉とドロップした緑猪の肉を売るために交渉してみたところ、「ハヤト」のリア友という部分が効いたのか、適正価格に色をつけて買い取ってくれた。全部で30000コルバなり。今更ながら、女店主の名前を知らないことに気がついたけれど、いつも店長さんと呼んでいたから、もうそれでいいやと押し通した
話は変わるが、LOLにおいては、そのフィールド(複数の場合もあり)のボスモンスターを倒すと、次の街へいけるようになっている。それまでは次の街へつながる門へ行こうとしても不可視の障壁によって弾かれるという仕組みだ。つまり、実際問題としてはボスモンスターだけ倒していければ、オープンワールドの攻略は理論上可能だが、現実としてはこうはいかないというわけだ。そんなことは不可能というべきだろう。
ぼくとクリアミラは中央広場を北に進んでいる。北門に留めてあるという乗合馬車に乗れば次の街へいけると彼女は言う。その言葉を聞いてぼくも簡単に掲示板を調べてみた。するとどうやら、乗合馬車はランダムポップするモンスターに襲われることもあるらしい。無給という形にはなるが、戦って撃退しなければならないようだ。
「さて、次はテトラパッカっていう街ね。ワックタウンより少し涼しいくらいかしら。私はいまそこの攻略をしているところよ」
ゲームを始めてからすぐに第2の街にいけるようになるとはぼくも思ってなかったけれど、これもめぐり合わせだと信じて、未知なる期待にぼくは胸を膨らませた。太陽は天頂からぼくらを照らし、風は穏やかに凪いでいた。春らしいほのかな空気と暖かさに包まれ、傍らには美少女とともに新しい場所へぼくは行く。
ここまでお読みいただきありがとうございました。ご意見などがありましたら、感想欄へお寄せください。お待ちしております。