11話 Headlong/猪突猛進
2日に一回投稿は無理でした。すいません。
義援金等、少額ですが寄付いたしました。
「わたしの戦闘力は○○です」という有名な言葉をご存知だろうか。VRがなかった時代に流行った国民的少年漫画の敵役の言葉である。実際として、何がしかの力を数値化する、というのは現実世界において誰しもがその事実に接触しているとは言い難い。例えば、スポーツに日常的に親しんでいるならば得点などという形で自らの記録に触れる。得点すなわち勝利への布石なわけだから、そのスポーツにおける彼の戦闘力ともいえるだろう。引退してしまったスポーツ選手が敬意を払われるのはそのキャリアはもちろんのこと、その彼の持つ様々な記録に対してのそれでもあるとぼくは思う。ほかにも、何かしらの賞金などはもしかしたら数値化された戦闘力、というもの当たるかもしれないけれども、少し毛色が違うとぼくは考えるのでここでは割愛する。
高度に数値化された領域で生活している我々であるが、その数値というものを日常的に感じる人、または感じることができる人、というのは極端に多いわけではないだろう。パソコンなどは電算機などとまでいわれた計算装置なわけだけど、実際に計算をして数字を有機的に処理しているのは我々ではない。パソコン内部の機械なわけだ。数値を入力するのは我々だけれどもね。
さて、なぜぼくがこんな論文のようなことを考えているのかというと、ぼくの目の前には高度に数値化された自分自身が広がっているからである。つまり、LOLにおけるぼく自身のステータスが展開されているのだ。VR世界というものはすべてが数値化された情報をもとに成り立っている部分が大きいわけで、それは僕達プレイヤーでは分からないようなプログラムを絶えず実行していると思われるAIや、様々な理論的行動を含めたことである。また最初の話にもどるが、戦闘力という一見現実世界において必要にならない情報が、このようなVRを使用したRPGの世界において大きなウェイトを占める。
純粋な戦闘力の高さからいえば、レベルが高ければ高いほど有利になっていくわけだけども、そんな簡単なものではないことはぼくも含めたプレイヤーが認識していることだ。レベルが高くても魔法防御が低ければもしかしたら低レベルの敵に負けるかもしれないし、その逆に物理攻撃で負ける可能性があるわけだ。対モンスターの戦いならば、ある程度決められたロジックのなかでの行動を行ってくるが、対人戦の場合はそうもいかない。理論化された戦闘行動はもちろん存在するが、囲碁や将棋に代表されるような高度な心理戦なども必要となってくる。囲碁や将棋でAIが勝利したという事実があっても、人間対人間の戦いは人間対AIの戦いとは異なり、人間がAIより弱いということにはならないのだ。人間並みの完全な感情と心理を持ち合わせたAIがいた場合は別だろうけれど。
11レベになったぼくにはまた新しい魔法があった。【スフィア・スライサー】である。平たくいってしまうなら【スフィア・ブラスター】の切断効果バージョンだ。切断効果は一定時間ダメージが持続するから、受けたときのダメージより実際量ダメージが多くなる。また、切断効果に弱いモンスターなどもいるから、それらに使うと効果的だ。
「また難しいこと考えてるね、妖精さん」
ベンチに座ってつらつらとそんなことを考えていたぼくに、頭上から軽やかな声が降ってくる。
「やぁ、クリアミラ」
「なに考えてたの?」
そういって彼女はぼくの横に座ってくる。ベンチは2人掛けだからまあそんなことも考えることができるけど、なぜわざわざぼくの横に座ってくるんだ、君は。
「ステータスのことをね、ぼくは魔法特化だから」
「ああ、そういうことね。妖精さんは私みたいなエルフと違って本当に魔法特化だから」
そういうこと、とぼくは頷いて引き続きステータスを眺める。とはいっても、使用可能な魔法が増えて、MPが増えたのがレベル1との大きな違いだから、いかに戦闘に最適な魔法を戦闘中のゼロコンマで導き出すか、ということだとぼくは思う。そんなことをクリアミラに言ってみると、彼女は首肯したあと続けた。
「たしかにその場に合わせた魔法を考えるのも必要だけどね、妖精さん。戦闘は自分が倒れる前に相手を倒せばいいのよ。つまり、どれだけ攻撃を当てることができるかというわけね」
「私は戦闘の最適解より命中率を重視するわ──」と彼女は続けた。一理ある。
「後は慣れね。どれだけファンタジーの世界に自分自身が没入できるか。それでいて、現実の自分を忘れないようにするか。それが大切だと私は思うよ」
なるほど。彼女から帰ってきたのはいかにもゲーマーらしい返答。どこか彼女は大人っぽい口調で喋り、こちらより年上の印象があるけれど、年相応の顔も見せる。コボルトの毛皮を羽織った彼女は銀色の美しさのなかに野性味があった。
「なるほど、勉強になったよ──ごめん、ぼくはこれで失礼する」
ぼくはベンチを立ってハヤトが以前ぼくを案内したレストランへ行く。簡単に仮想とはいえ食事をしてから依頼に望みたいという気持ちがぼくにはあった。やや急ぎ足でレストランに向かったぼくに、残されたクリアミラの「これで失礼する、だなんて。どこの王子様だったのかしら」というつぶやきは届くことはなかった。
そして彼女の唇が緩やかな弧を描いていた、ということも。
彼女と別れたぼくはギルドの扉をくぐり、受付嬢のところへ。この街のボスモンスター、グリーンボア。以前ド派手に空中浮遊を体験することになった相手で、3メートル近い大型の緑色の毛皮を持つ大猪だ。安全マージンはレベル10。今のぼくは11だから、とりあえず問題はないはずだ。……相手の突進を一度も食らわない、という条件が僕には課せられるだろうけども、そこは避けて、避けて、避けまくるしかないのだろう。なんとも魔法使いらしくない戦い方になりそうだ。……とにかく。こいつを倒すことが今のぼくの目標だ。
「スヴェンさん、昨日ぶりですね」
口元に笑みをたたえながら受付嬢がそう言ってくる。これがAIじゃなければ勘違いしてしまうだろう。AIは基本美人なのだ。ただ顔の系統が似ているから、AIとわかりやすいようになっている。
「どうも、今日はグリーンボア挑戦します」
依頼書を手渡して、依頼を受諾してもらう。「頑張ってくださいね」という声援を背中にうけてぼくは南門へ歩き出した。途中で薬屋によってポーションを大量購入しておく。何せぼくは物理攻撃には弱いのだから。レベル1のころから変わっていないのだから、グリーンボアの突進を受けたらHPが吹っ飛んでいくだろうことはあきらかなことだ。
「よぉ、妖精坊や」
南門の門番には無精ひげが生えていた。おかしいな、この前は剃ってなかったか。
「クエストいってきますよ」
「おー。気をつけてな」
グリーンボアはワック草原を走り回っている。出現位置はランダムだから、しばらくこちらも草原を歩き回って探さなければならない。さすがボスモンスター。面倒くささも1級品だ。そういえば、レストランで食べたグリーンボアのカレーはおいしかった。なかなかグリーンボアが市場に出回らないというから限定メニューらしい。ということは、ぼくがここでグリーンボアを仕留めればもしかしたらあのカレーが食べられる確立は高くなるということだ。そう考えたら、俄然やる気(殺る気ともいうかもしれない)が沸いてきた。
「よし、やるぞっ!」
気合を入れる意味でも自分の胸をドン、と叩いておく。
「ごほっ、ごほ」
強く叩きすぎてむせた。しまらない。
この日のワック草原も晴れていて、雨の気配は感じられなかった。今日は風がほとんどない代わりに空には綿飴のような雲がいくつか浮いている。今更ながらに完全再現型の凄さを実感する。あまり意識しないようなところまで、ほとんど現実世界と変わらない。日本人らしく、細かい仕事ぶりである。日本の職人魂を感じる。実にすばらしい。
何人かPCプレイヤーを見かけるけれど、知らないメンバーで手助けをするほどの苦戦は見られない。まぁここは最初の街だから、そんなことにはならないのだろう。ハヤトはボスモンスターと戦うときに知らない女性と協力して、それが《ライディーン》設立のきっかけになったといっていたから、ぼくももしかしたらそんなことが起きるのかもしれない。種族的にありえないけど。
草原鹿の突進にカウンター気味に【フラッシュ】を合わせて、スタン状態にしてアイテムインベントリに放り込む。この鹿もカレーにすると美味しいから、ギルドに売るのもいいけど、あのレストランに卸すのもいいかもしれないな。飛び跳ねてくるウサギの頭をシャープシューターで撃ち抜いて、ドロップである草原兎の肉と毛皮をアイテムインベントリに入れておく。ぼくの周りを回っている悪妖精は放っておく。そのまま放っておけば妖精の粉が手に入る。半妖精と無属性魔法はハズレだという定説だけれど、ぼくは今のところ不都合を受けたことはない。いや、物理が弱いのはまぁ弱点ではあるだろうけれど。
「うーん。見つからないなぁ」
体感時間で十数分。ワック草原の隅から隅まで探し回ったけれど、グリーンボアは見つからない。相当の速度で駆け回っているらしいからなかなか見つからないのは分かるんだけど、これはおかしい。むしろこれはぼくの現実の運が悪いのだろうか。それとも物欲センサーが働いているのだろうか。……つまり都市伝説は実在したということか。
ハヤトにいってみよう。あいつも驚きそうだ。今は言わないけれど。
仕方がない。もう少し探してみよう。さらに十数分探し続けると、少し高くなっている丘のようなところにグリーンボアが見えた。この距離なら【シャープシューター】で狙撃ができるだろうけど、グリーンボアのHPなどを鑑みると即死はしてくれないはずだ。即死させるにも色々条件があるから、システム上の問題はぼくにはどうしようもない。
──狙撃!
平家物語か義経記か忘れてしまったが、「ひいふっとあふぎを射抜いた」といったような表現があったはずだ。そのようなイメージで【シャープシューター】を放った。狙いたがわず、グリーンボアのキバに直撃して、それをへし折ってくれた。おそらく、正面で接敵していたらへし折ることはできなかったことを思うと、運がいい。どうやら現実の運は問題ない範囲のようだ。うん。
言葉にするなら「ブモォォォォォ!!」といった猛烈な勢いで丘をこちらに駆け下りてくるグリーンボアに両手を向けて【スフィア・ブラスター】を発動。あとはグリーンボアがこちらに接触するまえにどれだけ魔法を叩き込めるか、の勝負だ。【ブーストアクション】を行って切断魔法【スフィア・スライサー】の魔法陣を構築する。丸鋸のような円状の魔法球が射出される。強化魔法を重ねてあるから、かなり大きいサイズ──例えるならLサイズのピザくらいだろうか──が正面から当たって、ポリゴンが噴出す。切断効果の魔法に弱いと掲示板で見ていたけどそんなに効いている様子がない。強化魔法で強化した【シューター】を放つ。3方向に連射するものだけど、前方に3連射するように意識をすれば発射方向を変えられる。が、これでもあまり効いた様子がない。多段ヒットだからノックバック効果は高いはずなんだけどなぁ。
そんなことを考えたら、目の前に大猪。牙がぼくに接触する寸前に【ショック・ウェイブ】。カウンター判定になったのか、大猪が宙に浮くという世にも珍しい光景を見ることができた。ひっくり返った大猪にこれ幸いと各種魔法を連発。魔法というより弾幕が正しい勢いで魔法を使用した。当たり前だけど、すごい勢いでぼくのMPと相手のHPが減っていった。
大猪が復帰するころには、ぼくのMPは一度すっからかんになって、マジックポーションを使うことになった。大猪は毛皮が一部ボロボロになって牙が両方とも折れている。のこりHPはあと少しだが、そのあと少しが長い。グリーンボアは体力が残り10パーセントを切ると、攻撃力が上昇する。すなわち、一撃でも当たったらぼくは終わりだ。
距離をとって突進してくる前に弾幕をはる。「弾幕は火力だぜ」というせりふを言ったとあるキャラの言葉が頭をよぎったけれど、今はそれどころではない。撃って撃って撃って撃ちまくった。ぼくの体に折れた牙が当たる直前、大きな音を立てて大猪は地面を揺らした。それと同時にぼくのMPがふたたび切れた。
実際にダメージを受けていたわけではないけれど、表現しようのない疲労を感じて、ぼ区は草原に大の字になって寝転んだ。雲は柔らかに空に浮かび、穏やかな風で東へ流されていく。今まで無風だったのに、戦闘が終わったと思うととたんに、優しい風がぼくの頬をなでた。
「お疲れ様。大変だったわね、妖精さん」
「クリアミラ? どうしてここにいるんだい」
「あなたの勇姿を見ていたのよ──」といたずらっぽくウィンクをした彼女は以前のはかなげな印象も手伝ってか、より一層魅力的に見えた。
「妖精さんに言いたいことがあったのだけど、あとでいいわ」
彼女はそう言ってぼくの横に寝転んだ。穏やかな笑みをたたえて。
「いい風が吹いているわね。疲れているなら寝たら?」
クリアミラが口ずさむ優しい歌声がぼくの耳を叩く。謎の疲れもあったから、その歌を聞きながらゆっくりと過ごすことにした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。感想等お待ちしています。