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困惑

校内放送でアレックスの声が校舎内に響いた。

花神楽高校付近に通り魔が出たので生徒は先生の指示があるまで教室から絶対出るなという内容だった。

ロッソの証言通りならアレックスの言う通り魔が出没したのは花神楽高校の駐車場、敷地内であったが嘘をついておく事にした。敷地内と敷地外では生徒に与える緊張は違うだろう。


教室は生徒達の声でざわめきたっていた。

動揺や怯えの声を含んだ声が多い中、通り魔に興味を示したのは1年生の直樹、リアトリス、瑠美の三人だ。直樹の机に集まり話をしている。


「どう思う?」

「通り魔が出たってだけでわざわざ生徒を教室に押し込めて絶対出るなよ、なんて対応しますかねー?うちの高校の教師達って通り魔が出たくらいでそんな慌てないってゆーか、余裕あるじゃないですかー。ちょっと大袈裟ですよねー?」


携帯を操作しながら瑠美がくすくす笑いながらリアトリスの話に相槌を打つ。


「ここ最近この近辺で通り魔の情報なんてありませんし、今さっき近くで実害出たってとこじゃないですかぁ?」

「興味ありますぅー!こっそり偵察行っちゃいません?」

「点呼の時にいないのバレたら後が面倒だよ。今はおとなしく待機しといた方がいいと思うね」

「ノリが悪いですぅ!」


リアトリスが頬を膨らませる。


「私も直樹に同意ですー。一時の好奇心で先生に目ぇ付けられるなんて御免ですもん」


不満そうなリアトリスを横目に、瑠美が直樹の机の上に広げていた神前の手作りマカロンを頬張る。


「それには同意ですけどぉー」


リアトリスもマカロンに手を伸ばし一口齧ると目を輝かせて「うんまいですー!」と二つ目に手を伸ばした。


「仕方ないですねぇ、ここはマカロンのおいしさに免じておとなしくしといてやろうじゃありませんか」



「ユトナ」


教室の扉の開く音と、自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえユトナが振り返ると奈月がいた。


「奈月!お前なんでここに?!」


ユトナの姿を確認した途端、突然の3年生来訪にクラスから視線を集めていた奈月はそんな視線は物ともせずにまっすぐ彼女に駆け寄る。


「通り魔が出たって」

「みたいだな。だから今生徒は全員教室から出るなってアレックス先生が放送してたろ、何でこんなとこに来てるんだよ!」

「ユトナの傍が一番安心できる」

「頼ってくれるのは嬉しいけどよー」

「ユトナの傍が一番安全でしょ」

「確かに通り魔なんて現れたら俺がけちょんけちょんにしてやるけどよ!」


ユトナが自信満々に胸を張る。


「けど、先生の指示を無視するのはよくないぞ3年生!」

「だって…」

「だってじゃない!」

「むぅ」


そんな二人のやりとりが聞こえていたのか、ユイザが会話に加わる。


「なんだかユトナ、奈月先輩のお母さんみたいー!」

「そうかー?」


奈月が眉を顰めてユイザを見る。


「今僕がユトナと話てるんだけど」

「あっお邪魔だったかな?ごめんねー!」

「なーづーきー」

「だって」

「だってじゃない!」

そんなやりとりを見てユイザが声をあげて笑う。

「ほんとーに二人って仲良しだよねー」

「そうだよ」


奈月がユトナの腕に身を寄せる。


「じゃあ、ちゃんと教室に戻るからさ。ユトナが僕の教室に来てよ」

「それだと俺が怒られるっつーの!」

「仲良しだから、離れると寂しいんだってさー!」

「そうそう」

「ユイザまで何言ってんだよ!」


ユトナは大きくため息をついてから、自分の腕に絡む奈月を引き摺るようして歩き出した。


「ユトナ、どこに行くの?」

「お前の教室だよ!送り届けてやる!」

「もう、分かったよ。でもゆっくり行こ」

「シャキっと歩け!」


仲睦まじい二人の後姿を見送りながら、ユイザは「いってらっしゃーい、先生に見つかんない事を祈ってるよー!」と手を振った。



隆弘、灰花、テオ、ノハの四人は、あいと別れ花神楽高校に着くまで誰も口を開かなかった。ノハだけは何故三人の口が重いのか分かりかねているようだったが、分からないからこそ黙っていた。


教室に到着すると、通り魔が出没したので生徒は先生が教室に行くまでおとなしく待機していろと校内放送が響いた。

連続不審死に続いて通り魔とは。


「花神楽近辺は物騒事が絶えねえなあ」


隆弘が一人椅子にもたれかかりながら冗談交じりにぼやいていると、灰花が隆弘に宮神楽小出身者の不審死が続いてる件について尋ねてきた。

全身全霊一生をかけて尽くすと心に誓った葛城くずはが宮神楽小出身なのだ。

くずはは現在高校三年生なので、今年高校一年生になる宮神楽小出身者が狙われているパターンを鑑みると身の危険が迫るとしたら恐らくくずはの弟の方なのだが。どちらにせよ灰花が気になるのも仕方のない事だろう。

遅かれ早かれ尋ねられる事を予想していた隆弘は、昨日視聴覚室で配られ鞄に入れっぱなしにしてあった事件の詳細が書かれたプリントを灰花に手渡した。


「さっきも言ったけどよ。くずはとくるには斉賀がついてっから」

「ああ」


心配なのだろう、灰花の声にはいつもの覇気がなかった。


「それと、それには被害者の名前も書いてある。お前の後輩の名前もあるかもしれねえってとこを、覚悟しといた方がいい」

「…わかった。サンキュ」


隆弘はプリントに目を通しながら自分の席に戻る灰花の背中を見送り、する事もないので机に伏せた。

何をする気にもなれなかったが、何もしていないと考えたくもないのに昨日からの出来事が脳裏に浮かぶ。

ヨシノが行方不明だという事、連続不審死の事。

その主犯がヨシノである可能性。

友人が、殺人を犯しているかもしれない可能性。

考えたところで手持ちの情報では何の回答も得られないと分かっているのに巡ってしまう自分の思考に隆弘は苛立つ。

証拠なんて何もないのに、やりかねないという先入観だけで友人を疑ってしまう自分にも苛立ちを覚える。無意識に拳を握る。

ヨシノを疑いながら、その疑惑を否定する材料ばかりを探している。

当然だ。友人が次々に少年少女の未来を潰している可能性なんかあり得てなんかほしくない。

はたと、直接ヨシノに聞けば答えてくれるんじゃないだろうかという考えが隆弘の頭に思い浮かぶ。

行方不明だというのに街中に姿を現し、電話を掛けたら平然と通話に応じるような奴なのだ。

ヨシノが行方不明の身だという事実を自分達が知らないと思っているからなのだろうか。

掴みどころがなくて実際どういうつもりなのかは知らないが、今隆弘が昨夜のように電話を掛けたら繋がるのではないだろうか。

そこで隆弘が「最近続いている宮神楽小出身者の不審死はお前の仕業か」と直球で尋ねたところで真実を口にするかまでは分からない。

聞いたところでヨシノの返事が真実なのか判断する事は隆弘には出来ない。

けれどヨシノは、良く言えば素直だ。

…多分。

付き合いが短いので自信は持てないが、しかし付き合いが長いからと言って人の内面など理解する事など出来る訳がない。

だったら何を悩む事があるのだろうか。

周りを行き交う不確かな情報に惑わされるなどらしくない。

これまで通り。自分の目で見たもの、耳で聞いた事、自分で確かめたものを信じればいいだけの話だ。

ヨシノの答えを聞いたところで事案に無関係の子供が首をつっこめるなどとは思わない。

ただ単純に、隆弘自身がこれ以上もやもやしていたくないだけ。

ただの自己満足。それでいい。

もしもヨシノの答えが犯行を肯定するような内容ならば、それ以上罪を重ねないよう殴ってでも引き留めてやる。

それが、彼の友人として自分に出来る事だと結論付けて、隆弘は机に伏せていた顔を上げる。

廊下の方に視線を送ると静かなものだった。まだ教師達がやってくる気配はない。

ヨシノに電話をかけようと携帯を取り出すと、隆弘の携帯に数十件の着信履歴が表示されていた。


「…なんじゃこりゃ」


知らない番号からだ。

昨夜は原稿に集中したいからと着信音をきっていた。そして今朝ハンナのニュースを見て、携帯の事などすっかり忘れていた。

着信時刻を見るとこの30分の間に何度も何度もかけているらしい。

悪戯電話だろうか。

不気味なので着信履歴をすべて削除しようと携帯を操作しようとすると着信が入った。着信履歴に大量に残されていた番号だったと脳が認識するよりも、咄嗟に指が動き思わず通知ボタンを押してしまう。

しまったと思いながら、電話が繋がってしまった以上このまま切るのもさすがに失礼かとも思い、電話口に出る事にした。

すると、挨拶もなしに聞き覚えのある声が隆弘の耳に届いた。

『何度電話かけたと思ってんのよ。私が電話をかけたらワンコールで出なさいよノロマ』


あいだ。

先程から何度も隆弘の携帯に電話をかけてきていたのはどうやら昨日から縁のある女で間違いないようだ。

夏休み赴いた同窓会でその場にいた数人とアドレスを交換した覚えがある。

あそこに集まった連中は同じ学び舎出身者だろうから、その繋がりで自分のアドレスでも入手したのだろう。

今度からその場のノリでアドレス交換はよそう。

それにしても、朝っぱらから花神楽にまでわざわざやってきて隆弘の顔面を一発殴り、散々ヨシノへの鬱憤を自分達に向け吐き散らしていたというのにまだ言い足りないのだろうか。

隆弘はもう返事せずに電話を切って着信拒否にしてやろうかと思ったが、そんな衝動に身を任せるよりもさっさと用件を聞いてしまった方が賢いと隆弘は自分を落ち着かせる。

あんなに何度も電話をかけてきていたのだ。ここで電話に出ておいて用件も聞かず通話をきってしまってはまた直接殴りにやって来かねない。


「どう考えても学生は授業の真っ最中の時間に電話かけてきやがって、出られるかっつーの」

『は?アンタその真っ最中の時間にこうして出てるじゃない』

「今日はたまたま一限目の開始が遅れてるだけだ。俺が言ってるのは一般常識」

『知ってるわよ。だからかけてんのよ。言い訳してんじゃないわよ』

「はいはい申し訳ございませんでしたお嬢さま」

『キモい』


この女とは相性が良くないのか相手をするのが疲れるなあと思いながら、隆弘は会話を続ける。

「っつーか、こっちがまだ授業はじまってないって何で知ってんだよ」

『アンタんとこの校長に呼び出されてぐら校の視聴覚室にいるからよ。さっき通り魔が出たから教室で待機してろって放送を聞いたわ』


あいが溜息をつく。

彼女が何を言っているのか隆弘はすぐには理解出来なかった。


「何でこんな朝っぱらから」

『私はアンタんとこの校長がまた話あるからって呼び出しくらったってぶつぶつ言ってる先生に連れてこられただけだから詳しくは知らない』


そんな事一生徒である隆弘だって把握出来ている訳がない。今朝新たに宮神楽小出身者から犠牲者が出たから緊急にまた招集をかけたのだろうかと招集理由に想像は出来た。

しかし早朝から他校の生徒を呼び出すのは非常識というか性急な気がするが、人命がかかった一刻を争う事態なのは隆弘にも理解出来た。

あいの電話口からざわざわと複数の人間の話し声のようなものが漏れ聞こえてくる。昨日いた連中は全員呼ばれているのか。

リリアンの奴、必死だな。


「で、お前は俺に何の用なんだよ。生憎テメェの愚痴を聞いてやれる程俺は暇じゃねえぞ」

『私だってアンタと悠長に話なんかしてる程暇じゃないわよ』


じゃあ何で掛けてきやがったんだという台詞が隆弘の口から飛び出しそうだったが寸での所で喉の奥に押し戻した。


『火元なんてないのにスプリンクラーから突然水が噴き出して止まんないのよ。責任者寄越しなさい』

「誤作動か?災難だな」

『おかげでずぶ濡れよ』

「っつーかよ、俺に電話かけねえで職員室に直通の子機があるだろ」

『先生が試してたみたいだけど通じないみたい。濡れてショートでもしたんじゃない?』

「だったら、揃いも揃ってお利口にそこに留まってねえでまずは部屋から出ろよ」

『開かないのよ』

「あ?」

『扉が開かないの』

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