混線
「ぎゃあああああああ!」
花神楽高校の校長室から突如校長である花子の耳をつんざく悲鳴が隣接する職員室内に響き渡った。
「花子!どうしたんだ!」
深夜が慌てて校長室の扉をノックも忘れ開け放つ。すると頭を抱え椅子から立ち上がった状態で「あ…あああ…」と喉を震わせる校長の姿があった。
「どうした、何があった?!」
深夜が校長の肩を掴むとやっと深夜がいる事に気付いたのだろう、校長が「ふかやぁ…」と情けない声を出した。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない…」
校長は涙目だった。
一体何があったのか状況を把握しようと深夜が室内を見回すが特に変わった箇所はない。
「どうしたんだい?」
「物凄い悲鳴でしたけど、何があったんですか?」
アレックスとイセリタが扉から顔を覗かせる。
「俺にも何があったのか…花子、話せるか?」
校長がしゃくりあげながら頷く。
「ネットが…」
「うん」
「繋がんない…」
「うん?」
「あと入稿ボタン押したら完了ってとこだったのに…」
「うん…」
「印刷所に頼んで今入稿待ってもらってる真っ最中だってのに…職員会議はじまっちゃったらPC触れないし…」
「……」
「どうしよおおおおお」
深夜は目を潤ませ弱々しく深夜に縋る校長に正直どきっとしてしまった自分と呆れ果てている自分との間に挟まれながら、それでも今の彼女にかける言葉を探しているとアレックスの右手が校長の頭を掴んだ。
そのまま深夜から引き剥がし自分の方を向かせる。
「まったく、突然悲鳴をあげるから何があったのかと心配してみれば。くだらない」
「痛たたたたた!く、くだらなくねえもん!人を待たせてんのよ?!それに私にとっては大事な事だもん!」
「おや、それは失敬!しかしその大事な事を成し遂げるために他人を巻き込み挙句迷惑をかけるだなんていけないね。うちの校長先生様は自分のスケジュールすらまともに組めないのかい?」
「お、おいアレックス、お前の言う事は正しいが、ひとまず離してやってくれないか。痛がってる」
アレックスが溜息をついて校長を解放すると校長はその場にへたりこんだ。
「あ、頭割れるかと思った…」
「あんな大声で叫んだんだ、アレックスも心配したから怒ってるんだぞ、分かってるのか?!」
「だって…」
「だってじゃない!」
深夜と校長のやりとりを眺めながらアレックスが肩を竦める。
「深夜はリリーに甘いね」
「でも、ネットが繋がらないのは不便ですね。どうしたんでしょうか」
イセリタの呟きに深夜がハッと顔をあげる。
「まさかまた通信妨害…っ」
花神楽高校は過去に一度通信妨害の被害に遭った事がある。その出来事を思い出したのだろう、深夜の顔がどんどん青ざめる。
「いや、携帯は繋がるみたいだからサーバーの不具合じゃないかな。よくある事だよ」
アレックスがポケットから取り出した携帯を操作しながら深夜に答える。
「そうだよな、こんな短期間で通信妨害の被害に二度も遭うなんてどんな確率だって話だよな…」
深夜が平静を取り戻す。
すると職員室からソウルが校長室にやってきた。
「ネット、朝早くから繋がってないよ」
「あら、そうなんですか。教育委員会に連絡は?」
「した。確認するから待ってって言われてそれっきり」
「困りましたねえ」
今日の授業でネットを利用する予定のクラスもある。大人達が頭を抱えていると廊下の方がざわつきはじめた。同時にどたどたと騒がしい足音が職員室に近付く。
「今度はなんだい?」
アレックスが職員室の出入り口を注視すると、乱暴に扉が開け放たれロッソが駆け込んできた。勢いを殺せずそのままロッソは床に頭をぶつける。
「た、たたた大変だ!大変なんだ!」
すぐに顔をあげたロッソの頭からは血が流れていた。ぎょっとしたイセリタが駆け寄り彼の頭にハンカチを当てる。
「ロッソ先生どうしたんですか、血が…!」
ロッソは今こけた衝撃で出血したとは思えない怪我を負っていた。
「女の子にバットで殴られた!」
「え?!」
「さっき届いた図書の本を運んでたら突然!手伝ってくれてたシギとレンリツも殴られて!あ、でも二人は自力で保健室に…そうだ深夜先生、シギとレンリツ今保健室にいるから看てやって!」
「ああ」
怪我を診ようとロッソに接近していた深夜にに気付いたロッソが彼に助けを求める。
事態を把握しきれなかったが怪我をした生徒が保健室で待機していると聞き、深夜はそのまま職員室を出て行く。
「ロッソ先生落ち着いてください。女の子って誰ですか?うちの生徒ですか?」
「し、知らない子だった。私服だったし花神楽までの道を聞かれて…そうだ、英語で喋ってた!」
そこまで喋り、傷が痛むのかロッソは呻りながら床に手をつく。
「まずはロッソ先生も保健室に」
イセリタがロッソに肩を貸して保健室に向かわせる。
その後ろ姿を教員達が見送っていると校長の大きな声が響いた。
「はい注目!」
校長は一旦周りを見渡し、室内にいる全員の視線が自分に向いてると確認し口を開く。
「ロッソの言う通りだとすると、そんな危ない通り魔が今この辺うろついてるって事でしょ。生徒は全員教室に戻るよう指示出して、教員全員職員室集まるよう放送かけて。緊急会議だよ」
先程まで涙目だった姿がまるで嘘のように校長が指示を出す。
校長の言葉を受けてアレックスがすぐに放送室へ駆けこんだ。
放送チャイムが鳴る。
◇
くずはとくるは斉賀の運転で、県外にあるというパティスリーの店を目指していた。
隆弘達が乗ろうものなら毎度阿鼻叫喚に包まれる車内ではあるが、今回斉賀の車に同席しているのは葛城兄弟のみなので静かなものだった。
出発して数分しか経過していないが、斉賀は既に危険運転一歩手前のアクシデントを何度も起こし掛けている。それでも兄弟から文句一つ出る事はなかった。
「くる君とくずは君は行った事ある?パティスリーのお店」
「洋菓子店って事は知ってるけど、行った事はない」
「私もありません」
「そうなんだ。今から行くとこはタルトがおいしいんだって。イートインも出来るそうだから、ゆっくり食べよ!」
斉賀から外食などに誘われる事はよくあるが、平日に学校を休んでまで斉賀と外出するのははじめてだった。何故半ば強引にパティスリーに誘うのかくるは疑問だったが、どうせ尋ねたところではぐらかされると分かっているので尋ねる事はせず会話を続ける。
「アンタも行った事ないのかよ」
「うん。行きたいとは思ってたけど、県外の店舗だから機会がなくってねー」
「イートインメニューにプリンはありますか」
「ちゃんとあったよ。しかもなんと一口にプリンといっても一種類じゃなかったよ!」
「それは楽しみです」
斉賀がブレーキをかける事なくカーブを曲がる。
後部座席に座るくずはが遠心力に捕まって窓に頭をぶつけた。
「実さん、スピード出し過ぎじゃない?」
「あはは、そっかなー」
くるが速度計を覗くと80km/hを過ぎたところを指していた。平日の朝の早い時間だからか幸い車通りが少ないが、今走っている一般道の法定速度は超えていた。
「実さん」
「なあに」
対向車が迫っていたがスピードを殺さず前を走っていた車を追い越す。
「大丈夫だよ」
何か言おうとするくるの言葉を斉賀が柔らかい声で遮る。
斉賀の車はブレーキが利かない状態にあった。