来校
灰花が作った朝ごはんをあっという間にたいらげ、四人は花神楽高校へと歩みを進めていた。
「灰花の料理はうまいな!余は満足でござるぞ!」
「そうか?サンキュ!」
「僕、今度はサンドイッチが食べたいな」
「俺は目玉焼きトーストが食べたい!パズーが作ってたやつ!」
「おう、任せとけ!」
「有難う灰花ママー!」
そんなやりとりを横目に隆弘は昨日校長から聞いた連続不審死の話と今朝知った溺死事故の話を思い出していた。
宮神楽小学校出身で、現在高校一年生の人間が事故や自殺などで相次いで亡くなっている。
そしてその条件にあてはまる少女が昨夜自宅の浴室で遺体で発見された。
隆弘は今朝報道されていたその事故のニュースを詳しくは見なかったし見る気にもなれなかったが、どうしても気になってしまう。
昨日再会を約束した少女が亡くなった事実が脳内を回る。
プリントにこれまで亡くなった生徒の名前が連ねられていた。人数は覚えていないが、既に少なくない人数が亡くなっている事は分かった。
いくらそれぞれに事件性がなくても、何者かの意図を感じずにはいられない。
きっとそんな事大人達は皆気付いている。
直接的であれ間接的であれ、“誰か”が確かな意思を持って起こしているのだと。
気付いているからこそ校長はあんな注意喚起をした。
それでも、起こったそれぞれの事故が、事件が、誰にも繋がらないから誰も何も言えないだけなのだ。
「なぁ灰花。お前、ハンナって子知ってるか」
昨日ハンナが灰花の事を話していた事を思い出し、何とはなしに隆弘が灰花に尋ねた。
「ああ、知ってるぞ。前の高校の後輩だ」
やはり同じ学校に通っていた仲のようだ。
宮下先輩、と親しみをこめて呼んでいたハンナの笑顔が隆弘の脳裏にちらついた。
「夏休みに宮神楽の小学校にいた時にさ、ちっちゃくて眼鏡かけた金髪の子いただろ。覚えてねえかな」
「いや、覚えてる」
「タカちゃんが覚えてるなんて珍しい。あ、さては金髪だからだな?」
隆弘がテオの頭を小突く。
「そういえばハンナ、ホモーってよく言ってたな。隆弘と気が合うかもしれないな!」
「俺別にホモ好きな訳じゃねえよ」
「ああ、そうだったな。でも良いネタ提供者になるんじゃねえか?」
灰花はハンナが亡くなったニュースを知らないようだった。
様子から察するに、連続不審死の件も知らないのだろう。
知っていたらこんな所にいないで葛城兄弟の元にいる筈だ。
くるを花神楽から遠ざける事は斉賀に頼んである。
くるが遠出するとなるとどうせくずはも同行する事になるだろうから恐らくあの兄弟に危険は及ばない筈だ。
それでもやはり灰花が尽くす葛城兄弟が関わってくるかもしれない事だから、事件の事は教えといた方が良いのかと隆弘は悩んだ。
遅かれ早かれ、今日兄弟二人が学校を休んだ事は灰花の耳に入る。そこで斉賀が二人を連れてドライブに出たとでも言えば納得するだろうけれど、事件の事を知っていたら今から追うなどと言い出しかねない。
黙っといた方が良いな。
そう隆弘が結論付けると目の前に見覚えのある人物が隆弘の視界に飛び込んで来た。
歩道のど真ん中に腕を組みながら仁王立ちしているのは、昨日ハンナと共に声をかけてきたあいだった。
「あいじゃねえか、久しぶり」
灰花が気さくに声をかける。
そんな灰花の挨拶に言葉を返す事なくあいはすたすたと隆弘に近付き、思い切り彼の左頬を殴った。
隆弘は直撃を受けてもずしりと地に根が生えたかのように身じろぐ事はなかったが、女の拳だと油断していた事を差し引いても素人女の拳ではなかったので顔に鈍痛が走った。
「アンタ今わざと避けなかったでしょ」
挨拶もなく、冷たく吐き捨てるあいの声色だけで彼女が苛立っている事は手に取るように分かった。
「だったらもう一発殴られなさい」
あいが握り拳を作る。
「一発殴られてやったんだ。八つ当たりなら余所を当たれよ」
隆弘はあいの視線を真正面から受け止めながら見下ろす。
あいの言う通り隆弘は彼女の攻撃を避けようと思えば避けられたが隆弘はあえて動かなかった。殴られたところで自分が受けるダメージは微々たるものだろうし、ハンナの件で矛先を向ける方向が分からず苛立っているのだろうと、彼女の物凄い憤怒の形相から予測出来たからだ。
あいと隆弘が睨み合う。
「ちょいストップ!あい、突然どうしたんだよ!」
慌てて灰花が二人の間に割って入る。
「邪魔しないでよホモ野郎」
「ホモじゃねえよ!」
どうやら灰花は前の高校でもホモ扱いされていたようだ。
「アンタの主張なんかどうでもいいの。さっさとそこをどきなさい。潰すわよ」
「いきなり友達殴られて黙ってられるかよ!お前何怒ってんだ、隆弘がお前に何かしたのか?!」
「ハンナがそいつの話ばかりしてたからよ」
「意味わかんねえよ!」
「昨日別れる直前までずっと西野の話してたのよ!あの子の口から最後に聞いたのがそんなキザ野郎の話題だなんて悪夢だわ!」
わざわざ早朝から隆弘を殴るために花神楽にやってきて実行する行動力は理解し難いが、要するに隆弘への嫉妬と八つ当たりが強襲の理由なのだろう。
「何なのよ!何であんないい子が殺されなくちゃなんないのよ!」
あいも隆弘同様事故などと思っていないようだ。
「は?!殺され…って何言ってんだお前」
「ハンナよ!ハンナが殺されたって言ったのよ!」
先程突然ハンナの話題を出された事を思い出し、知っていたのかと灰花が隆弘を見る。
「宮神楽小出身者の不審死が続いてるって」
黙っといた方がいいなと判断した矢先に露呈され、隆弘が歯切れ悪く告げる。
「何だよそれ!」
灰花の顔色が真っ青になり元来た道を引き返そうとする。その首根っこを隆弘が掴んで灰花が駆けだすのを止めた。
「離せ隆弘!くずはさんが!」
「被害者は今高一になってる連中だってよ」
「じゃあくるさんが!」
「あの二人の事は斉賀に任せて来たから落ち着け」
「あ、わかった。隆弘が朝部屋を出て行ったのって、斉賀のとこに行ってたんだ」
ノハの呟きに隆弘が「御名答」と言うと「やった」とノハが胸の前で握り拳を作った。
「確かヴァレンタインも宮神楽小出身だったんじゃないか?」
「テオ、よくそんな事覚えてるね」
「まぁな」
「ヴァレンタインには父親が着いてるみたいだったから大丈夫だろ」
隆弘が答えながら、宮神楽小出身と言われもう一人の該当者を思い出す。
「ヨシノは…アイツは、まあ、自分の身は自分で守れそうな奴か。声は掛けといたし大丈夫だろ」
「は?」
あいが顔をしかめる。
「アンタ、ヨシノと連絡取り合ってんの?」
「何だよ悪ぃかよ」
「そうじゃなくって、アイツ今行方不明だったと思うんだけど」
「何だよそれ、いつから…っ」
隆弘があいの発言に肝をつぶす。もしかして昨晩の電話後ヨシノの身に何かあったのだろうか。
「8月末から」
あいの返答が隆弘の心配を断裁した。
背中を嫌な汗が流れる。
「でも隆弘、昨日ヨシノと電話で話してたよ」
ノハの言葉を受けあいが隆弘をじっと見る。
昨晩の電話だけではない。ついこの間の休日にだって、ノハとテオの二人と一緒にデート中の灰花とスロワの後をつけていたらヨシノと会って、一緒に行動する事になって、連絡先の交換だってしたのだ。
なのに、ヨシノが8月末から行方不明とはどういう事なのだろうか。
「でも、昨日貰ったプリントにヨシノの名前は載ってなかったぞ」
昨日校長から配られたプリントに亡くなった生徒の名前が連ねられていた。ひととおり目を通し、裕一の名前を見つけた。確かに行方不明の生徒もいたような気がするが、ヨシノなんて名前ではなかった筈だと隆弘は記憶を辿る。筈だ、ではない。ヨシノの名前であったのならば気付かない訳がないのだ。
「ああ、皆ヨシノって呼んでるけど、それ愛称」
「え」
「アイツ、本名は紫乃っていうの。八千代紫乃」
ちゃんと昨日のプリントにも名前書いてたわよ、なんてあいが話しているが、隆弘はその声がどんどん遠退いていくのを感じていた。
待てよ、じゃあ。
俺が昨日電話で話したのは誰だ。
俺が休日に会ったのは誰なんだよ。
昨日、お前も気を付けろよと声を掛けた。
するときょとんとした返事が返ってきたので、宮神楽小出身者の不審死が続いてる事だよと言葉を付け足した。
それね、なんて、思い出したような返事をしていたけれど。
隆弘は自分が失言を発したような気がしてならない。
「そう、ヨシノ。アイツか。アイツが…またこんな、馬鹿げた事…」
また、とは夏休みの事をさしているのだろう。あいが歯軋りをする。
「決めつけるなよ、ヨシノは今行方不明なんだろ」
隆弘が友人を疑われ思わず抗議する。
「その行方不明の奴と昨日電話したっつったのはアンタでしょ!夏休みの事だって、アンタ、あれがガス爆発事故だなんて本気で信じてんの?!」
真実を己の目で見ているからそんな報道信じてなどいない。
本当は、隆弘もヨシノを疑っているのだ。
証拠なんて何一つないけれど、ヨシノなら動機がある。夏休みの延長戦。
それに、同級生を殺すなんて大それた馬鹿を実行に移せる奴だと、隆弘は知っている。
けれど友人だからこそ疑いたくなどない。
前科があるからこそ、水には流せなくとも、自分達が信じなければ誰がヨシノを信じてやれるのだ。
ヨシノを疑うという事は、友人が人殺しをしていると疑うという事になる。ヨシノが裕一を殺したと疑う事になるのだ。
昨日電話をする前に時計を見た。19時を過ぎた所だった。
ハンナの死亡時刻も19時頃だと報道されていた。
殺害現場から、隆弘と通話していたとでもいうのか。
疑いたくなどなかった。
ヨシノ、お前今、どこにいるんだよ。
◇
花神楽高校の駐車場に、本を抱えて校舎に運ぶ姿があった。
ロッソとレンリツ、シギの三人だ。
頼んでいた書籍が先程到着したのでロッソが運んでいたところ、登校してきた図書委員の二人が見つけ手伝っているのだ。
「二人共ありがと~。俺一人だったらいったい何往復しなくちゃいけないとこだったか」
「御礼はいいから、今日中にこの本借りれるようにしといてよ」
「あ、もしかしてレンリツがリクエストしてた本も届いてる?」
「そうだよ、『遺体衛生保全』!」
「う、タイトルからして難しそう…」
「そんな事ないよ、私の将来に役立つ素敵な本なんだから」
レンリツはルンルンと上機嫌だ。
二人の会話には加わらず、黙ったまま歩みを進めていたシギがふと足を止め背後を振り返る。
「シギ、どしたの?」
ロッソもつられて振り向くと、手を後ろに組んみ、軽い足取りでこちらに近付いてくる姿があった。
花神楽は私服登校が認められている高校なので、ニットマフラーにロングスカートと私服の装いだったがロッソは疑問に思わない。
「Excuseme」
目の前の青年はにこりと微笑んでから流暢な英語で三人に話し掛けた。
突然英語で話し掛けられてロッソが慌てる。
「Could you give me directions to Hanakagura high school?」
「えっ?!え??何て言ってるの?!」
ロッソが助けを求めるおうにレンリツとシギを交互に見る。
「花神楽高校への道を聞いてるみたいだよ」
レンリツが答えるとシギも小さく頷いた。
「そうなの?えっとー…って、花神楽高校ってここじゃん!ここだよ!ここ!」
「eh?」
「日本語通じてないみたいだから英語で言ってあげなよ」
「えええ?!な、何て言えばいいの??」
「ひあー?」
「ひあー!ひあー!」
”ここ”を表す”here”と伝えたいのだろう。
ひあーと繰り返す姿が面白かったのか、道を尋ねてきた青年がくすくすと笑う。
「つ、通じたかな?」
ロッソが不安そうに青年を見ると、顔色を窺うロッソの視線に気付きに青年がにこりと笑った。
「Thank you, It really helped me out!」
「さんきゅー?今さんきゅーって言った?」
「言った」
「つまり俺の英語通じたって事?!やったあ!」
ロッソがはしゃぐ。
「ところで、ぐら高に何の用なの?」
てっきり花神楽の生徒だと思っていたが、花神楽高校への道をたずねるという事は違うのだろう。青年にロッソが問い掛けるのと、ロッソの視界が青年の後ろに組まれた手にバットのようなものが見えたのは同時だった。
「あれ?」
何でそんな物持ってるの、と、呑気な疑問がロッソの頭を過ったが、そんな疑問を口にするよりも早く青年が三人に踏み込みながらバットを振り上げた。
「にゃは」