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干渉

隆弘は昨夜浴室で溺死したという少女の報道を最後まで聞かず隣接する4LDKに向かい、階段を踏み外し滑り落ちそうになる勢いさえ殺さず駆け出した。

目的である202号室に辿りつき乱暴に扉を叩く。


「斉賀!おい起きてるか!」


早朝にも関わらず大声で家主を呼ぶと、ぱたぱたと足音が近づき鍵が開く音が聞こえた。

扉が開くと斉賀が顔を出した。眼鏡をかけているので仕事中だったのだろう。


「隆弘君おはよ。どうしたのこんな朝早くに。あんまり大きな声出すと近所迷惑だよ」


斉賀が人差し指を口の前に立てて静かにね、と身振りで伝える。

それもそうだと頭で分かっていながら気がせいてしまう。隆弘は深呼吸してから早口で用件を口にした。


「今からくるを連れてどっか行け」

「?」


話が見えず斉賀が首を傾げる。


「暫く帰って来んな。市外とか県外とか、なるべく遠くに」


斉賀は黙って隆弘を見ている。

自分で言葉足らずだと思ったが、先程の報道に頭が混乱しているのかうまく言葉が出てこない。ただ今はくるをここにいさせてはいけないという考えだけが頭の中を駆け巡る。


「いいよ。任せて」


だが斉賀は特に問いを投げかける事はせず了承した。

斉賀は報道番組などで宮神楽出身者が連続で亡くなっている事に気付いていた。

そこから隆弘が冗談や悪ふざけで言ってるのではないと判断し、彼の真意を察しての返事だった。


「でも、僕が都合良くってもくる君が大丈夫じゃないと思うな」


今日は平日でくるは学生だ。それに突然今から遠出に誘われれば誰だって困るだろう。

断られる可能性の方がはるかに高い。


「お前が誘えばOKするに決まってるだろ、絶対即決だから自信持て」

「いやいや、くる君そんな軽薄な子じゃないから」

「だったらせいぜい同行した事を後悔させない魅力的なデートプランを考えてやれ」

「デートプランて…」

「とにかく、任せたからな」


斉賀から言質を取った隆弘は、言うが早いか身を翻し元来た道を慌ただしく引き返す。


「もう、丸投げだなんてひどいなぁ」


階下へと消える隆弘の背中を眺めながら斉賀が一人ごちた。



斉賀が自宅の隣、201号室のインターホンを鳴らす。

この部屋に住む兄弟の弟の方であるくるは、その日の弁当と朝食をその日の朝調理している。

性分なのだろう、前日に下準備はしても作り置きをしたり冷凍食品や購買に頼らずに毎日毎朝手作りを続けている。

なので、くるはいつもこの時間帯ならば既に起床して調理を開始している。

その事を斉賀は知っていたので、扉が開くのをじっと待つ。

近付いてきた足音は扉前で止まった。ドアアイを覗いて訪問者を確認しているのだろう、一拍置いて開錠音が聞こえ、静かに開いた扉からくるが姿を見せた。


「くる君、おはよ!」

「…おはよ」


早朝に訪問してくる斉賀を不審に思っているのか、くるは斉賀にじとりとした視線を向けている。

そんな視線を気にも留めない斉賀は、扉から漏れてくる食欲をそそる匂いに気付いた。


「あ、もしかして今食事中だった?」


タイミングが悪かったかと斉賀が表情を曇らせる。

そんな彼の表情の変化に気付いてくるが首を勢いよく横に振った。


「まだ。仕上げようと思ってたとこ」

「そっか、お邪魔したんじゃなくって良かったあ」


斉賀が胸を撫で下ろす。


「何の用だよ」

「そうだった!えっとね、今日これから暇?」

「学校だけど」


くるが小首を傾げながら答える。

斉賀はくるの真似をするように小首を傾げた。


「そっか。じゃあ、今から僕とデートをしよう!」

「俺の話聞いてた?」

「聞いてた聞いてた。僕車出すからさ、くずは君も誘って!ね!」

「いや、だから今から学校」

「もう!くる君は僕からのお誘いと学校、どっちが大事なの!」

「学校」

「ひど!」

「学校、金払って通ってるんだから当然だろ」

「僕と過ごす時間にはお金では買えない価値があるよ!」

「…なあ、実さん暇なの?」


くるが眉を顰める。


「俺今から学校だから、悪いけど相手してやれな」

「お邪魔します!!」


くるの言葉を遮り斉賀が室内へと足を踏み入れた。脈略が繋がらない突然の行動にくるの行動が一歩遅れ、易々と斉賀に侵入を許してしまう。


「ちょ!」


斉賀は葛城の兄弟とは親しい仲で、何度もこの家に訪れている。

なので部屋割りなどは既に把握していたため一直線に目的の部屋であるくずはの寝室へ向かう事が出来た。くるが制するよりも早く扉を開け放つ。

ベッドから上半身を起こした寝ぼけ眼のくずはがぼんやりと視線を斉賀に送り首をこてんと傾げた。


「どちらさまですか」

「お隣の斉賀だよ。おはよ、くずは君」

「おはようございます」

「突然だけど、今から僕とドライブに行かない?パラディの新作プリンが美味しいって噂なんだ」

「行きます」


プリンと聞いて微睡んでいたくずはの意識が晴れたようだ。


「県外の店舗なんだけど」

「構いません」


斉賀が満足そうに頷いて、二人の会話を唖然と聞いていたくるに向き直りにっこりと笑った。


「くる君も、一緒に行こうよ」



隆弘は階段を駆け下りた後、くると同じ宮神楽小学校出身者で現在高校一年生であるヴァレンタインの部屋に足を向けた。

ヴァレンタインはメゾン・ド・リリーの住民なのですぐに部屋が見えてきた。

部屋が見えてくると同時に玄関前でヴァレンタインと背広を着た金髪の男が問答しているのが見えた。


「と、父さん、突然どうしたの」

「またヴァレンタインの同級生が亡くなったって聞いてね、心配で会いに来ちゃった」

「来ちゃったって…大丈夫だよ、ありがとう」

「うん、それでもね、なんだか嫌な予感がするから今日は学校に行かないでほしいんだ。だから今日は一日父さんと一緒にいよ?」

「心配してくれるのは嬉しいけど、学校を休む訳にはいかないよ」

「大丈夫!もう学校には今日うちの子はお休みしますって連絡しといたから!」

「困るよ!っていうか、父さん仕事は」

「仕事なんかよりヴァレンタインが大事だよ!」


言いながら金髪の男がヴァレンタインを問答無用で室内に押し込めていた。

会話から察するにあの金髪はヴァレンタインの父親で、自分の子供の同級生が次々亡くなってるニュースを耳にして心配で駆けつけたといったところだろう。

くるの事は斉賀がうまく連れ出してくれるだろうし、自分のお節介はもう必要ねえなと隆弘は判断してノハの部屋に戻る事にした。

アパートの門付近に花神楽高校の生徒であるツァオが怪訝な顔をしてヴァレンタインの部屋の方を見ている事に気付いて、アイツも苦労してるんだなと同情したのだった。



ノハの部屋に戻ると居間にタオルを腰に巻いただけという格好のテオが仰向けに倒れていた。

その隣でノハが団扇をテオに向け仰いでいる。目を回しているようだ。

隆弘が戻って来た事にノハが気付いておかえり、と声をかける。


「テオ、どうしたんだ」

「浴室でテオが倒れてたんだ。のぼせたのかな」

「コイツ、起きてすぐシャワーしたんだろ」

「うん」

「”朝起きてすぐシャワーすると血圧変動でぽっくり逝く場合があって危険だから気を付けるでござるよ”っつって、この間俺に得意げに話した張本人がぽっくり逝きそうになってんじゃねえよ」


隆弘が爪先でテオの頭を小突く。


「ぽっくりって何?どんぐりの親戚?」


ノハが頭上にクエスチョンマークを浮かべながら隆弘に尋ねる。


「ぽっくりっていうのは要するにどこも悪くなかったのに突然急死って事でござるよ…」


そんなノハの問いに震える声でテオが答えた。


「え、テオ死んじゃったの?ぽっくりなの?」

「ノハが団扇で仰いでくれてたおかげで死の淵から生還する事が出来た。感謝するでござる…」

「そう?じゃあもっと仰いであげる」

「あッ、そんなに強く仰ぐと寒いっ」

「贅沢言ってんじゃねえよ」


隆弘が先程よりも強くテオの頭を蹴った。

余程痛かったのか、テオが身体を丸め蹴られた箇所に手を当てぷるぷると震えている。


「さっさと服着ねえと風邪ひくぞ」

「学校から直で来たから着替え忘れた」

「着てたの着ればいいだろ」

「隆弘じゃあるまいしそんな事出来ない」

「じゃあそのまま真っ裸で登校するんだな」

「タカちゃんったら俺にそんなマニアックなプレイを求めてるの?!えっち!」

「裸で登校したらテオが通報されちゃうよ。僕の服貸そうか?」

「ノハ愛してるー!!」


ノハの提案が天の助けだと言わんばかりに、万歳をしながらテオは起き上がりノハに抱きついた。


「朝っぱらから元気だなお前ら」


灰花がキッチンから両手で器用に人数分のベーコンエッグトーストが乗った皿を持って出て来た。


「お、隆弘戻ってたのか。朝起きたらいねえからびっくりしたぞ」

「ちょっと野暮用でな」

「そりゃお疲れ様。ほれ朝飯できたぞ、テオ服着ろよー」


隆弘の野暮用については触れずに灰花は洋室に朝食を運ぶ。そんな灰花を見てノハが立ち上がり、キッチンから人数分のコップと牛乳を持って洋室に続いた。室内からは賑やかに「おいしそう」「ちょうど腹減ってたんだよ」という声が漏れてくる。

全裸にタオル一枚という格好で居間に一人取り残されたテオが、三人に向かって悲痛な声をあげる。


「待って!待ってほしいでござる!お願いノハ!上着!上着持って来て!」

「朝ごはん食べ終わるまで待って」

「一生のお願いでござる!」


涙声で訴えると洋室から「冗談だよ」と言いながらいつものパーカーを持ってノハがテオの元にやってきた。


「テオも早く朝ごはん食べよ、折角の出来立てが冷めちゃうよ」


借りた服にすぐ着替えたテオがノハと共に洋室に入ると、朝食には手をつけず隆弘と灰花が待ってくれていた。


「皆揃ったな」


昨夜修羅場の舞台となった洋室のテーブルを四人で囲み、灰花が作ってくれた朝食を前に手をあわせ大きな声を揃えて言った。


「いただきます」


花神楽の長い一日がはじまる。

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