表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

凶報

花神楽高校。

放課後・1年教室。

担任であるイセリタに、放課後話があるから帰宅せず教室に残るよう指示されたヴァレンタインとくるが教室で待機していた。

放課後とはいえまだ教室に残っている生徒は多く、話し声や笑い声が教室に溢れていた。

ヴァレンタインは手持無沙汰に、自分の席から窓の外を見ている。

秋空を流れていく高積雲を眺めていると舌打ちが聞こえた。

音がした方、隣の席を見ると、くるが耳を塞ぐように頭を抱え机に伏せていた。

二人は幼少の頃から見知った間柄なので、くるが昔から喧噪や雨音といった類の音が苦手な事をヴァレンタインは知っている。

賑わう声が溢れる教室で待機していなければならない現状が苦痛なのだろう。

それでも小学生の頃ならば先生の指示など無視して帰宅しているであろうくるが、先生の指示を守り待機している姿がヴァレンタインには意外だった。

すぐに失礼な心象を抱いてしまったとヴァレンタインは首を横にふる。

再び窓の外を眺めていると、イセリタが教室にやってきた。


「ヴァレンタインさん、くる君、お待たせしました」


教室にいる生徒数名がイセリタに声をかける。

イセリタは生徒達に「暗くならないうちに帰りなさいね」と、ひらひらと手を振りながら言葉を掛けた後、扉から二人に向かって手招きをした。

ヴァレンタインが小走りでイセリタの元へ向かう。

一方くるは気怠そうに立ち上がりヴァレンタインと同じ進行方向に歩を進めたが、二人から少し距離を置いた所で立ち止まってしまった。


「その話、時間かかるのかよ」


小首を傾げながらくるが重たそうに口を開いた。

いつもなら嫌悪対象である大人、教師相手には角が立たない態度をとっているくるだったが、今日は騒がしい教室で待機し続けた事で言葉を選ぶ余裕がないようだ。

そんな生徒の態度に一瞬眉間に皺を寄せたイセリタだったがすぐに取り繕い諭すように答える。


「あなたがおとなしく聞いていれば30分もあれば済む話ですよ。前持って伝えられなかった事はごめんなさいね」


くるはアパートに兄と二人暮らしをしながら高校に通っている。

家事全般をくるが担っているので買い出しや夕飯の準備諸々予定があるのだろう、予定外に時間を取られる事も重なって苛立ちを隠す余裕もないようだった。

俯き舌打ちをする。


「でも、大事な話だから、最後までちゃんと聞くんですよ」

「先生からのお話ではないんですか?」


てっきりイセリタから話があるのだと思っていたヴァレンタインが不思議そうな顔をする。


「貴方達にはまだ何も説明出来ていませんでしたね。とは言っても、今朝回ってきた連絡で、唐突に開く事になった集会だからわたくしも細かい事は把握出来ていないの」


イセリタがふう、と小さく息を吐く。


「この学校の視聴覚室で、今ちょうど高校1年生になる宮神楽小学校出身の子達に校長先生からお話があるそうなの。この辺りに住んでない子達は別の場所で同じ話を聞く筈ですよ」

「そう、なんですか」

「ええ。さあ、まずは視聴覚室へ行きましょう」


イセリタがふわりと微笑んで、視聴覚室へと二人を先導する。

そんな緊急を要する話と自分達に何の関係があるのだろうとヴァレンタインは不思議に思った。ヴァレンタインとくるは宮神楽小学校出身であり現役高校1年生なので、確かに招集される条件に該当する生徒になる。

母校である宮神楽小学校と言えば、夏休みにガス爆発事故を起こしたとヴァレンタインの耳にも入っていた。

その件絡みだろうかとあれこれ考えを巡らせていると視聴覚室が見えてきた。

イセリタが扉を開けると人の話し声が漏れた。

既に花神楽高校に到着していた他校の生徒、その生徒達を送ってきたのであろう引率の教師達が着席している。

扉が開く音に視線が集まり到着した懐かしい顔の二人を視界に捉えた何人かが「久しぶりー」と声をかけたが、ヴァレンタインはぎこちなく会釈し、くるに至ってはだんまりを決め込み誰とも目を合わせようともしない。

教え子がどんな小学生時代を過ごしたのかなんとなく察したイセリタは、そんな二人の態度に言及する事なく明るい声で着席を促した。


「特に席は指定されていないので、すきなように座ってくださいね」


ヴァレンタインは移動する事なく目の前の席に腰をおろした。扉の前にいたヴァレンタインの目の前の席とは、視聴覚室に設置されている席で最後方の隅にあたる。

くるは奥へ移動しヴァレンタインと同じ列、正反対に位置する隅の席に着席した。

意識してなのか無意識なのか分からないが、あからさまに当たり前のように他の子達と距離を取って座った二人の行動を見て、イセリタは腕を組みながらため息をついた。



暫くすると視聴覚室の扉が勢いよく開き、校長が姿を現した。

その隣にはプリントを抱えたソウルもいる。


「おっ、皆もう集まってるねえ!」


階段状の造りになっている視聴覚室をばたばたと校長が駆け下りる。


「こけますよ」


ソウルが声を掛けると「そんなドジしませんー!」とソウルに返しながら校長は段差に躓いた。

やれやれ、と肩を竦めながらソウルは校長の横を通り過ぎる。


「やだ折れたみたい…ソウルおぶって」

「生徒が見てますよ、ふざけないでください」

「少しくらい乗ってくれてもいいじゃん…」


誰の目から見ても演技ではあるが、足首に手を当て蹲っているというのに一瞥もされなかった校長は「面白くない」と口をすぼめながら立ち上がり、ソウルの後を追う。


「何やってんだリリアンは…」


扉の方から呆れた声が聞こえた。隆弘だ。


「あら、隆弘君。貴方までどうしてここに?」

「今日は帰っても暇でな、ただの暇潰しだよ」


隆弘は校長に視線を送り続けながらイセリタの質問に答える。

彼が校長に恋心を抱いている事は花神楽高校に在籍している人間ならば大半は知っている事実だ。

イセリタもその胸中を知る一人だったので、隆弘はただ校長についてきただけなのだろうと察した。彼女はそんな恋に夢中な男子高校生を前にして、つい含み笑いをしてしまう。

校長先生を見つめているために口元を隠し笑うイセリタに気付かない隆弘が、腕を組んで壁にもたれかかる。


「校長センセーからはちゃんと許可を貰ってるぜ」

「そうですか。ならわたくしから言う事は何もありませんね」


イセリタはわざと咳払いをして、緩んでしまった頬を引き締めた。


隆弘はイセリタの推測通り片恋相手である校長について来ただけではあったのだが、ここでこれから話される内容に興味があったのも事実だった。

宮神楽小学校でガス爆発事故が起こってからまだそれほど月日が経ってない内に、そんな事故があった小学校の出身者を集めて緊急を要する話があると聞いて嫌な予感がしたのだ。

夏休み、彼が巻き込まれた笑い話にもならない宮神楽絡みの件は未だ脳裏に焼き付いている。

いつもならこんな胸騒ぎなど気にも留めないのに、隆弘はあの事件とは何の関係もない話なのだと確かめたかったのだ。


校長が視聴覚室の教卓に資料を並べ話す段取りを一人ぶつぶつ確認している間に、ソウルが室内にいる一人一人に3枚綴りのプリントを配っていく。

余分に刷られていたのだろう、宮神楽小出身ではない隆弘の分までプリントが渡された。

この場にいる全員に配り終えたソウルは校長の隣に移動しマイクの調整をはじめる。

校長が室内を見回し、ソウルからマイクを受け取り話を始める。


「急に集まってもらっちゃってごめんねー!」


わざと堅苦しくない話し方をしているのだろうか、フランクな態度の校長にソウルもイセリタも眉間に皺を寄せる事なく聞いている。

花神楽高校まで足を運んでくれた他校の教師生徒への感謝と、軽く自己紹介をして話を進める。

校長の口から飛び出したのは、宮神楽小学校出身の生徒が相次いで亡くなってるという突飛で冗談のような話だった。


現在高校一年生になる宮神楽小学校出身の生徒が、短期間に複数亡くなっている。

それぞれの不幸は自殺や事故であり、それらに事件性や関係性、関連性は浮上していない。

しかし現在高校一年生になる宮神楽小学校出身の生徒ばかりが次々亡くなっているのは事実であり、その事に疑問や不安を抱く父兄から宮神楽の教育委員会や各学校に問い合わせが殺到していた。

そして今朝、宮神楽小出身の生徒が在籍している高校へ注意喚起のメールが一斉配信されたのだった。

添付されていた亡くなった生徒の資料に目を通していると、死亡日の間隔が短くなっている事に気味の悪さを感じた校長が今回先頭に立って指揮をとり、幾つかの高校を拠点に近隣在住の宮神楽出身者を集めて、現在起こっている不可解な出来事を伝えるに至ったのだと言う。


「怖がらせちゃうかもしれないけど、知ってた方がしっかり用心出来るでしょ。自分の身は自分でしか守れないからね。警察は殺人事件なんて物騒な可能性はないって言ってるけど、こんなに不幸が続くとおばさん心配になっちゃって」


生徒を怯えさせないためにか、校長は柔らかい表情でゆっくりと話す。

言葉にはしていないが、恐らく校長は各々の不幸に何か繋がりがあると疑っているのだろうと隆弘は察した。でなければメールが届いた日の内に各生徒を集めこんな話を聞かせる場を設ける訳がない。


宮神楽小学校卒業生連続殺人事件ってか。そりゃなんとも物騒な話だぜ。


冗談交じりにそんな事を考えながら隆弘は周りを見回す。

現実味がなくて首を傾げる生徒、他人事のように聞き流している生徒、青ざめている生徒等反応は様々だった。


「詳しい事は配ってもらったプリントに書いてあるから目を通しといてね」


プリントという単語につられて多数の生徒がプリントに視線を落とす。

先程校長が話した内容が堅苦しい文体で書かれているだけの印象を受けた隆弘は読みもせず、1枚目、2枚目と捲る。

3枚目には亡くなった生徒の名前が記載されていた。

現実味を与えるためなのだろうか、死因も添えられている。


「ん?」


知らない名前ばかりだな、と視線を滑らせるていると、縦読みをしていた亡くなった生徒の名前一覧の中に、憶えのある名前があった。


天倉裕一


夏休み、宮神楽から花神楽へヨシノと共にやってきたヨシノの友人。

自殺・事故と並ぶ死因の中、彼の名前の隣には、他殺の二文字が添えられていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ