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陽気

背後からの熱い視線に気付く事なく順調にデートが進む灰花達は昼食を終えた後、隆弘が言っていたデートプラン通りカラオケ店を訪れていた。

灰花はカラオケを何時間コースにするかも隆弘達と相談して決めていた。

友人とカラオケに行った経験はあれど、女性、しかも彼女と二人きりで訪れた事などない灰花には、どれだけの滞在時間が妥当なのか検討もつかないようだった。

なので、見つかるリスクはあるがカラオケ店でどんな面白いイベントが起こっても見逃さないように、隆弘達は灰花達が部屋に通された頃合いを見計らって入店し、早めに店を出る算段で同じカラオケ店を訪れる事が出来たのである。


「足が棒のようでござる…」


通された部屋で靴を脱ぎすてソファに身を投げ、テオが脱力する。

朝から歩き続けた事で、体力のないテオがこれ以上の歩行は無理だ不可能だと根をあげていたタイミングでカラオケ店に入る事が出来たのは、彼にとって幸いだった。

スロワに腕を引かれハイペースに進む灰花達を追いかけながら、腰をおろして休憩する事は難しい。

部屋に届いたばかりのウーロン茶をノハがテオに手渡しながら声を掛けた。


「大丈夫?」

「もう駄目だ…だからこれから先は隆弘におぶってもらう事にする…」

「断る。自分で歩け」

「ノハ!たかちゃんがもう歩けない俺をここに置いて行く気でござる!」

「テオの事は忘れないからね」

「そこはノハが可哀想な俺のためを想って隆弘が俺をおぶってくれるよう説得してくれる所だろう!」


俯せになりすすり泣く真似をするテオを余所に、折角来たんだから歌おうぜと隆弘はパッドを操作する。

そんなやりとりをくすくすと眺めていたヨシノが何かに気付いたらしく声をあげる。


「あれ、これお客さんの忘れ物かな」


彼の手にはこの場にいる誰の物でもない携帯が握られていた。


「これ、受付の人に渡してくるね」

「おう、灰花と鉢合わせなんてドジ踏むんじゃねえぞ」

「隆弘クンったらわざわざフラグ立てないでよ」



部屋を出て数分後、同じ階にあるフロント受付に携帯を届けたヨシノは見事フラグを回収していた。


「ヨシノじゃねえか」


ヨシノが声がした方に視線を滑らせると警戒した面持ちの灰花と目が合った。


「お久しぶりだね。こんにちは、灰花クン!」

「ここで何してるんだ」

「ここはカラオケだよ?ここに来てる理由なんて君と同じだと思うけど」

「わざわざ花神楽にか」

「花神楽には別の用事で来てたんだけど途中で隆弘クン達と会ってね、お誘いされちゃったんだ」

「隆弘、達?」


友人の名前が出た途端に警戒心が薄れ訝しむ表情に変わる。


「うん。テオ君とノハ君も一緒なんだよ」


にこにこと笑顔で話すヨシノからは、ここで突然斧を振り回すといった無茶をはじめそうな気配は感じられない。

灰花は隆弘と同じくガス爆発の現場にいたので事故に至るまでの経緯を知っている。

けれど何故ヨシノがそんな事を企てたのか理由は知らない。

運ばれる救急車の中で「ヨシノの奴、何であんな事したんだろうな」という灰花の呟きに隆弘が鼻で笑った。なので、隆弘はその理由を聞いたのだと、知っているのだろうとは思っていた。

知った上で遊びに誘ったという事は、ヨシノがした事、それに自分達が巻き込まれた事を水に流せたという事なのだろう。灰花はそう結論付ける事にした。

きっと聞いたら隆弘のように苦笑してしまうような、言葉にする事すらくだらない理由があったのだと。


「まさかここでガス爆発起こそうとか企んでないよな」

「にゃ?こんなとこでガス爆発なんか起こして俺に何の得があるのさ」

「だよな」


灰花は肩の力を抜いて気さくに笑った。


「ふふ、灰花クンと立ち話も楽しいけど部屋に戻りなよ。彼女さん待たせちゃいけないでしょ」

「そうだな。じゃ、お前も楽しんでけよ」


灰花は部屋に戻ろうと歩き出した。しかし、ヨシノの横を通り過ぎようとした所で彼の動きがピタリと止まる。


「…ヨシノ」

「?」


背中を向けたままぎこちなく話しかけてきた灰花にヨシノが首を傾げた。


「お前、俺が彼女と来てるって何で知ってるんだ…?」

「え?」

「このカラオケに来たのは偶然なのか?近場にカラオケ店は他にもあるのに」


灰花がゆっくりと身構えながらヨシノを見据える。ヨシノはその視線を真正面から受け、困ったように笑う。


「にゃは、ごめんね」

「お前!やっぱりまた何か企んで…!」

「だって灰花クンの後を見つからないようにつけてデートの様子を覗き見るなんて、そんな面白そうなお誘い断るのは勿体なくって出来ないよ」


身構えていた灰花の身体が再びピタリと硬直した。

ヨシノが何を言っているのか分からなくて、灰花は混乱する頭で必死に理解しようと彼の言葉を反芻する。


「えっと、それはつまり…」

「隆弘クン達が君のデートの後をつけてるとこにたまたま俺が出くわしてね。誘ってもらえちゃって、御一緒してるからここにいるし、君が彼女連れって事も知ってるの」


貼り付けた笑顔はそのままだったが、ヨシノは素直に頭を下げた。


「誤魔化そうとして、ごめんね」



「なんだか、張り込みの刑事ごっこしてるみたい」


ノハがめだかのがっこうを歌い終え、マイクをテーブルに置きながら呟いた。


「俺達は灰花を追ってる刑事役か?」

「うん」

「だったら最後は熱い逮捕劇が待ってねぇとな」

「この後ホモ花を逮捕するの?」

「罪状は浮気でござるな」


横になったまま頭だけ隆弘とノハの方に向けテオが会話に加わる。


「アイツ、くずはからプリン要請の連絡入ったらデート中断して届けに走りそうだもんな」

「スロワがかわいそうで涙が出てくるでござる」


テオが目元を拭う仕草をしていると突然扉が勢いよく開いた。

ヨシノが戻って来たのかと思い扉に視線を向けた三人の目に映ったのは、眉間に皺を寄せ肩を震わせている灰花の姿だった。

ノハは現状を理解していないらしく「あ、ホモ花だ」と灰花に手を振っているが、隆弘とテオの身体は時間が止まったかのように硬直した。廊下や室内から流れてくる電子音がどんどん遠ざかっていく錯覚に陥る。


「よ、よぉ、灰花…奇遇だな」


隆弘が歯切れの悪い声で灰花に挨拶をする。


「お前ら、何やってんだ」


隆弘には応えず灰花が声を絞り出す。

その激情を押し殺した低い声にテオの白い肌から更に血の気が引いていき小さく震え出す。

そんなテオを見て、ノハは呑気に「どうしたのテオ、どこか具合悪いの?」とテオのおでこに手をあてた。


「何って、見て分からねぇのかよ。カラオケだよカラオケ」


隆弘の返事に灰花は目を細める。


「見え透いた嘘なんて、隆弘、お前今最高に格好悪いぞ」


隆弘はついでまかせを口走ってしまったが、頭ではもう分かっていた。

灰花は自分達がデートの後をつけていたのだという事を知ったのだという事を。

それに対して怒っているのだという事を。

灰花は自分達がいるこの部屋を躊躇なく開けたのだ、部屋番号を知らなければ出来ない。


自分達が灰花の後をつけている事とこの部屋番号を教える事が出来る人間が、前に部屋を利用した客が忘れていったのであろう携帯電話をフロント受付に渡すために、さっき部屋を出て行ったっけ。


そんな事を隆弘が考えていると、灰花の後ろから先程部屋を出て行った張本人ヨシノが顔を覗かせた。


「ごめんね、フラグ回収しちゃった」


てへぺろ!と言って笑うヨシノから反省の色は欠片も感じられない。


「ヨシノから話は全部聞いた」


そんな事だろうと想像はついていたが実際に聞かされると隆弘は頭を抱えたくなった。

黙ってしまった三人に一人ずつ視線を向け、灰花は一つ溜息をついた後、怒鳴った。


「お前らちょっと表出ろ!」



灰花の大声に驚き、部屋を飛び出してきたスロワに宥められ灰花の怒りは鎮火された。

スロワは隆弘達をジト目で責めていたが、「呆れた」と溜息をついていただけで責めたてたりはしなかった。

スロワが場を取り成してくれたおかげで、今にも胸倉を掴みカラオケ店から放り出しかねない剣幕だった灰花からは口頭による厳重注意でその許して貰える事が出来た。

二度とデートの後をつけたりしないと約束をして、隆弘、テオ、ノハ、ヨシノの4人はカラオケ店から退出したのだった。


何処へ向かうといった宛はなく、4人は歩みを進める。日が暮れはじめていたが休日という事もあって、商店街は昼間と変わらず人で賑わっていた。


「ヨシノ、灰花にばったり出くわしちまったのは仕方ないとして、何包み隠さず灰花に喋っちまってんだよ」


デートの後をつけた行為は自分達に非がある事は分かっているので、口を滑らしたのであろうヨシノを責めるつもりはない。が、隆弘はぶつけようのない心のもやを零さずにはいられなかった。


「誤魔化した方が良いかなって俺なりに言葉を選ぼうとしたんだよ?でもやっぱ駄目だね、嘘つくのって苦手なんだ」

「嘘つけ」


隆弘が横を歩くヨシノの頭を小突く。


「今隆弘クンがひどい事言った気がする」


小突かれた部分をさすりながらヨシノは不満をもらした。

そんなヨシノを無視して隆弘は続ける。


「この後どうする?」


帰ったふりをして再び灰花の後をつけるという選択肢もあったが、あの灰花があんなに怒っていたのだ。いくら親しい間柄でも悪ふざけは選ばなければならない。

前を歩いていたテオが何か思い付いたらしく「そうだ!」と声をあげ振り返った。


「この先にある店のスムージーがうまいって裕未が言ってたんだ、行ってみないか?」


そんなテオの提案に、真っ先に興味を示したのはノハだった。その目はいつもより輝いているように見える。


「スムージー、一度飲んでみたかったんだ」

「じゃあ決まりだな」

「案内なら任せるでござる!はぐれないようにしっかり俺について来いよ!」

「テオ、前見て歩けよ、危ねぇ」


ぞ、と。

隆弘が言い終らぬうちに、テオは横から勢いよく飛び出してきた人影とぶつかり盛大に吹き飛び地面を転がった。

ノハが「大丈夫?」とテオに駆け寄り抱え起こす。


「わ、ごめんなさい!」


テオとぶつかった人影が頭をさげながら謝った。


「こっちこそ悪かったな。今のは完全にこっちの前方不注意だ」


隆弘に続きテオは目を回しながら「すまぬ…」とかぼそい声を出す。


「テオ、謝るならちゃんと謝らなくちゃ」

「すまぬ…」

「謝るのは僕にじゃないよ」

「すまぬ…」


ノハに注意され、テオが生まれたての小鹿のように震える両足でなんとか立ち上がり、ぶつかってしまった人物に頭をさげた。


「浮かれて前を見て歩いていなかったんだ、すまない」

「俺も前確認しないで飛び出しちまって…て、テオ先輩じゃん!」


目の前にいるのはユトナだった。


「隆弘先輩とノハ先輩も!こんなとこで会うなんて偶然だな!そっちは…夏休みに会ったよな?えっと、確か…」


ユトナがヨシノを見つけて名前を思い出そうと眉間に皺を寄せながら呻る。


「ヨシノです、こんにちはー」

「おう!ヨシノ、そうだったな!こんちは!」


ユトナが元気に挨拶をしていると、彼女の後ろから奈月が現れた。


「ユトナ、今人とぶつかったみたいだけど平気?怪我してない?」

「平気だぞ!俺よりもテオ先輩の方が…」

「俺なら平気だ」


ノハの肩を借り、震える足で立っているテオが今出せる精一杯の声を出しながら胸を張った。

そんなテオに視線をちらりと向けた後、挨拶もせず奈月はユトナの腕に身を寄せる。


「だってさ。ねえユトナ、早く行こ」

「もっと俺を気遣ってくれても良い気がするでござる」

「平気なんでしょ」

「そうだな」


奈月に一蹴されテオの声が尻すぼみになる。


「そんなに焦らなくてもスムージーは逃げないって」

「お前らもスムージー飲みに行くだったのか?」

「お前らもって…隆弘先輩達も行くとこだったのか?」

「ああ」

「へー、ここでぶつかったのも何かの縁だ。一緒に行こうぜ」

「え」


そんなユトナの申し出に顔をしかめたのは奈月だった。


「皆で飲んだ方がおいしいって」

「ユトナと一緒が一番おいしい」

「なーづーきー」

「気にしてねぇよ」


隆弘がひらひらと手を振る。


「でも目的地は同じなんだから結局一緒に飲む事になるんじゃねえか?」


む、と口を尖らせ奈月が隆弘を見る。その視線に隆弘が肩を竦めた。


「あのさ」


ヨシノが片手をあげて切り出す。


「俺ちょっと寄りたいとこがあるんだよね。スムージーもご一緒したいとこだけど、帰りの電車の時間考えたらここでお別れかな」

「そうなんだ。ヨシノはどこから来たの?」

「宮神楽だよ」

「へえ、行ったことないや。ねえ、今度皆でいこ」


ノハが隆弘とテオを見る。

隆弘ははじめて宮神楽に足を運んだ際ガス爆発に巻き込まれたので一瞬苦い顔をしたが、すぐに取り繕い「いい案だな」とノハの意見に賛同した。テオも頷きながら笑う。


「おいでよ、案内するから」


にこりと笑って、次いでヨシノはぺこりと頭をさげた。


「今日は楽しかったよ、ありがとね」



「おい、ヨシノ」


別れて数歩進んだ先で隆弘がヨシノを呼び止める。


「なあに?」


ヨシノは立ち止まり向き直った。隆弘はポケットから携帯を取り出し操作しながらヨシノに駆け寄る。


「連絡先教えろよ」

「はにゃ?何で?」

「何だよ、都合わりぃのかよ」

「悪くはないけど」

「お互い連絡取れた方が何かと都合良いだろ。事前にこっち来るって言ってくれたら予定立てて遊びにも行けるし。Bump使えるか?」


ヨシノはぽけらと隆弘の話を聞いている。


「おい、人の話聞いてんのか」

「聞こえてるよ。えっと、Bumpだっけ、使えるよ。ちょっと待って」


携帯を取り出しながらヨシノが尋ねる。


「ねえ、また誘ってくれるの?」

「受け身な奴だな。いつでも構ってやるからそっちからも連絡よこせよ」

「いつでもって。隆弘クンは今年受験生じゃないの?」

「そんな心配、この隆弘様には無縁だな」


自信満々に告げる隆弘がおかしかったのか、ヨシノはくすくす笑いながら携帯を操作する。アドレスデータを選び転送を承認する。データの送受信がはじまった。


「君は面白い人だね」


お互いのアドレス情報が画面に表示される。画面と隆弘を交互に見た後ヨシノは満足そうに笑った。

携帯をしまい身を翻す。

隆弘に向かって大きく手を振った。


「またね!」

「おう、またな」



ヨシノは隆弘達と別れた後一直線に目的地に向かった。

日が落ち街灯りが照らす花神楽は記憶にある景色とは異なるが、以前一度訪れた事がある場所なので運ぶ足に迷いはない。

目的地であるメゾン・ド・リリーが見えてきた。敷地に入り階段を駆け上る。

扉に書かれた部屋番号を確認する。

『201号室』

楽しみに心震わせる子供のように笑いながらヨシノはドアノブを回した。


「こんばんはー!ヨシノだよー!」


灯りが漏れていた部屋の扉を勢いよく開け放つとソファに身を預けて本を読んでいるくずはの姿があった。

くずはは突然室内に現れた訪問者に特に驚いた反応は見せず淡々と挨拶をする。


「こんばんは」

「お久しぶりです、くずは先輩」


元気良く挨拶を返すヨシノを見ながらくずはは小首を傾げた。


「玄関の鍵は閉めたと思ったのですが」

「ピッキングってコツさえ掴めば簡単なんですよ」

「そうですか」


くずはは興味なさげに本に視線を戻した。

そんな素っ気ない態度に気を悪くした様子もなく、ヨシノは室内を見回す。


「くるちゃんは?」

「お隣に行ってくると、先程出て行きました」

「お隣…?ああ、斉賀さんだっけ。へえ、あの大人嫌いなくるちゃんがまだデレモード継続中だなんて驚きだよ!」

「プリンアラモードを教えているそうです。暫く帰って来ないと思いますよ」

「くずは先輩がそんな事覚えてるなんて事にも驚きだよ!」

「そうですか」

「そうですよ」


おかしそうにくすくす笑うヨシノを一瞥する事なく、くずはは本のページを捲る。


「そっかー、くるちゃんに会いに来たんだけど、留守じゃ仕方ないねー」


ヨシノが残念と溜息をつきながら肩を落とす。

しかしすぐに何かを閃いたらしく目を輝かせ入って来た扉のドアノブに手をかけながら元気よくくずはに告げる。


「折角なので!前くるちゃんに止められちゃった葛城家探検に行ってまいります!」

「いってらっしゃい」


くずはは本から視線を外さず淡々と答えた。

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