推測
法定外の速度で一般道を猛然と走っていた斉賀の車は、車体を引っくり返すという方法で道路の端に停止する事が出来た。
あちこち凹んだ車体のガラスは砕け散り、衝撃の激しさを物語っている。
幸い、乗車していた斉賀とくずはとくるの三人にはガラスの破片で負った切り傷があるだけで、大きな怪我はなかった。
警察への連絡を済ませ、車の傍らで到着を待つ。
「二人共ごめんね、無理に誘ったのに怪我なんかさせちゃって」
「実さんは悪くないから謝るなって言った。車の故障なんだし、それだってアンタに非はないだろ」
「パティスリー、徒歩では無理でしょうか」
「それは諦めろってば」
くずはは予定していたプリンを食べに行けない事が不満のようだ。
む、と口を真一文字に結ぶ。
「だったら、車を調達するなり今すぐ新しく購入すればいいじゃないですか」
「調達って何だよ」
くずはの視線が一般道を走る車に向けられている事から鑑みるに、盗めば良いと言っているのだろう。
呆れたと言いたげにくるが溜息をついた。
斉賀はそんないつも通りの兄弟のやりとりを聞きながら、修理という選択肢を思い浮かべられない程損壊した自分の車を見る。
軽傷で済んだのは運が良かっただけだ。
二人を危険から遠ざけるために半ば無理矢理花神楽から連れ出したというのに、事故により死亡なんて最悪の事態に陥らなかった事に心の中で安堵する。
車が故障して事故に遭うなど、タイミングを考えると人為的な要因が起因しているとしか思えなかった。
斉賀は最近宮神楽出身者が相次いで亡くなっている事に気付いていたし、事故や自殺なんかではないと思っていた。
そして今回の故障はそれらに関係する、宮神楽出身の葛城兄弟を狙った故に起きた事故だと推測していた。
しかしそうすると、今日、斉賀が葛城兄弟を車に乗せる事を想定して車に細工した事になってしまう。
県外へ兄弟を出そうと隆弘と言葉を交わしたのは今朝の話だ。
昨夜、斉賀は最寄りのコンビニへの移動に車を利用している。
その際車に異常を感じる事はなかった。
つまり車に細工したとなると、それが可能なのは昨夜斉賀が帰宅してから早朝の間だと犯行時間が絞られる。
葛城兄弟と外出を取り決めた後、何らかの方法でその情報を入手し、三人が車に乗り込むまでの間に細工した可能性もある。
本当に運悪く故障した可能性もあるし、斉賀を狙った細工の可能性だってある。
しかし、そのどれもがあまりに現実味に欠ける。
突発的に思い付き行動に移したらたまたまうまく事が進んだと言われた方がしっくりする。
それは、宮神楽出身の生徒を殺害して回り、今回のような無計画を実行に移しそうな子供に心当たりが斉賀にはあったからだった。
肩を竦める。
起こってしまった事に関してあれこれ考えても仕方ない。
車から兄弟へと視線を移すとくると目があった。
すぐに顔を背けられたがよくある反応なので斉賀は特に気にせず
「なーに?」
と問いかける。
反射で顔を背けてしまった手前くるはだんまりだったが、それもいつもの事だったので返事を待つ。暫くすると、くるが背けた顔をぎこちなく僅かに斉賀の方へ動かした。
「変」
目の端で斉賀を捉えながらぼそりと呟く。
「何が?」
「突然平日にパティスリー行こうなんて言い出すの、変」
「そうかな?」
平日、斉賀から突然の食事の誘いに車の故障が重なったのだ。
訝しむなという方が無理な話だった。
「何か理由があるんじゃないのか?」
「理由がなくっちゃ誘っちゃいけないの?」
「茶化すなよ」
不服そうに、今度は故意に斉賀から視線を外す。
「茶化すなんてとんでもない!二人と美味しいものを食べに行きたかっただけだよ、くる君ったら考え過ぎ」
真意を話す気が微塵もない斉賀がいつもの調子で答えながら、ぽんぽんとくるの頭を撫でた。
「アンタはそんな非常識言い出す人じゃないと思う」
納得いかないと言いたげに、くるが独り言のように呟いた。
「そんな事ないよ。僕はくる君が思ってるより真面目な人ではないよ」
「それは知ってる」
「あれ?!」
斉賀の反応から真意を語る気が彼にないと察したくるは、それ以上問う事はしなかった。