付きまとう都市伝説
残酷な表現をせず、ジワジワ怖さが染み渡る作品に仕上げています。
窓際の席に好んで座る男はいつも阪神タイガースの野球帽を目深に被り、ウエイトレスがテーブルに近づくと顔を窓の方に背けて「コーヒー」と呟くように注文を告げる。
無愛想な客だが、店はいつも暇なので数少ない貴重な客を持て成すためにウエイトレスは嫌な顔ひとつしなかった。コーヒーをテーブルに持っていったときも「ごゆっくりどうぞ」とにこやかに声をかけて席を離れていく。
「あそこにいるお客さん、毎日来てくれるんですね」
勤めてまだ1週間のウエイトレスがシルバーのお盆を片手にマスターに語りかけた。
「そうだよ」
カウンターを含め、30人くらい座れる喫茶店のマスターはタバコを燻らせながら答えた。
「いつも午後の7時から閉店間際の10時頃まで黙ったまま座ってますよね。しかも頼んだコーヒーにはひと口も手をつけない」
「そうだね」
「いつからここに来るようになったんですか?」
「そうだなぁ、31年くらい前かな」
マスターは視線を斜め上に傾げ、不確かな答えを導いた。
「31年!」
ウエイトレスは高い声を張り上げたあと、手で口を押さえた。マスターは注意することなく微笑む。
「構わないよ。お客さんは彼しかいないんだから」
おじいちゃんが孫に話すようにマスターの喋りは柔らかで、ウエイトレスはカウンター席に自然と腰を下ろした。
「なにか訳ありなんですか?」
ウエイトレスが瞼を2回開け閉めして好奇心をふくらませている。
「彼とは古い付き合いで小学校からの幼馴染みなんだよ」
「へぇ〜」
窓際の席に座る客を横目でチラリと確認して小声で驚く振りをした。幼馴染なのに2人が会話しているところはおろか視線を合わせる場面にも遭遇したことがなく、ウエイトレスはきっとケンカでもしているんだろうと思っていた。
「マスターのほうが若く見えますね」
若い娘のお世辞にマスターは頬を赤らめた。
「彼は嘘つきでね。でも人気があった」
マスターはゆっくりとタバコの煙を吐き出す。
「えっ?どういうことですか?」
ウエイトレスは首を傾げた。
「休み時間になるといまでいう都市伝説のような話を彼がはじめるんだ。そうするとみんなが集まって聞き入ったものさ」
「印象に残っている話はありますか?」
「聞きたい?」
「ええ」
「怖いよ」
マスターは愉快そうに脅した。
「私、そういう怖い話大好きなんです」
ウエイトレスはカウンターに身を乗り出して話を聞く体勢をとった。
「彼は正樹っていうんだが、親戚に同じくらいの小学生の男の子がいて父親の趣味である川釣りに付いて行ったそうなんだ。その男の子は使い捨てのカメラでパシャパシャ色んなものを撮って遊んでいた。数日後に現像された写真を見るとその中の一枚にとんでもないものが写っていたんだ」
「なにが写っていたんですか?」
「200メートルほど下流の橋から4、5才くらいの子供を突き落とそうとしている男の後ろ姿が写っていたらしい」
「マスターはその写真を見てないんですか?」
“らしい”と語尾につけたのでやや断定してウエイトレスは質問した。
「見てないよ」
「みんな信じたんですか?」
「ちょうどそのとき、小さな子供が行方不明になる事件があったからみんな怖がったよ」
「それは怖い」
と言いながらウエイトレスは楽しそうだ。
「現像したカメラ屋は気づかなかったのか?父親の反応は?その写真を警察に持っていったのか?落としたのは人形じゃないのか?など、いま考えると突っ込みどころ満載だけどね。あのときは恐怖だけが頭の中を支配して疑うなんてことはしなかった」
「かわいい」
ウエイトレスは幼い頃のマスターを想像して茶化した。
「彼は人気者になるために都市伝説をつくりあげていったんだ」
「他には?」
「そうだなぁ〜、一番怖かった話はSL公園の話かな」
ウエイトレスのおねだりにマスターは破顔して応えた。
「SL公園?隣町にあるあの公園のことですか?」
「そう。サッカーグラウンドみたく芝生がきれいにカットされて丸太で作った遊具が並んでいるあの公園だよ。片隅にSLが置いてあって唯一暗いイメージを背負ってるけどね」
「私も何度か行ったことありますよ」
「公園で毎朝犬の散歩をさせている人がSLの近くにピンク色のチョークが落ちていることに気づいた。3本が直線状に並び先端から傘のように2本のチョークが広がって矢印の形を成し、SLの方向を指していた」
マスターの話しに浸透していたウエイトレスは両手を握った。
「見ると、SL後部の石炭庫の黒い側面に上向きの矢印が記されていた。もちろんピンク色のチョークでね。犬を散歩させていた人は柵を越えて矢印のとおりSLの石炭庫の上に登ってみたんだ。上にも矢印が書いてあって鎖と南京錠で閉めてある丸いマンホールのような蓋のところに“ココあけて!”と指示めいたものが書いてあった。チョークで書かれていた文字を擦るとあっさり粉が指についた。書いて間もないってことになる。犬を散歩させていた人は気味悪くなって管理元である町の住民課に連絡した」
「うんうん」
ウエイトレスは目を輝かせて話の結末を急かせる。
「住民課の人たちがその蓋を開け、ライトを照らすとピンクのチョークで“こっち→”と案内を意味する言葉が小さく書いてあった。その“こっち→”という文字は1メートル間隔で続き、徐々に文字が大きくなっていった。そして、文字が途切れたところは石炭庫の隅で半分ミイラ化した子供の死体が壁に寄りかかっていたんだ」
「きゃー、それ怖すぎですよぉ〜」
仰け反って怖さを表現したウエイトレスだったが、顔は笑っていた。
「まだ怖がるのは早いよ。話にはまだ続きがあるんだ」
「えっ?」
「この都市伝説をつくったのは実は私なんだ。あそこに座っている彼だけが人気者になるのは癪だったからね」
マスターの口が片方だけつり上がった。
「そ、そうなんですか」
どう反応していいのかわからず、ウエイトレスはとりあえず相づちを打った。
「だけど彼は私よりさらに怖い都市伝説をつくるって言うんでSLの石炭庫に閉じ込めたんだよ」
「えっ、え?」
ウエイトレスは動揺して椅子から落ちそうになる。
「もう時効だから警察に話していいよ。でも私も十分に罰を受けている。彼がずっとあそこに座って商売の嫌がらせをしているからね。それでも幽霊を見たいという物好きな人もいてなんとか商売は続けていられるんだけどさ」
ウエイトレスが窓際の席に視線を向けると座っていたマスターの幼馴染が目を湾曲させてニタっと笑った。
顔は幼い子供だった。
「君は今日でここを辞めちゃうのかな?」
マスターは平然とタバコの煙を吐き出しながら尋ねた。
〈了〉
ホラー(連載)で「狂犬病予防業務日誌」「無期限の標的」などの完結済の作品があります。
ホラー(短編)では「水たまり」「近未来の肉屋」「彼女の好きなモノ」「娘、お盆に帰る」「人類、最後の言葉」など多数投稿しています。
恋愛(短編)でも「木漏れ日から見詰めて」という作品を投稿してありますので読んでくれた方は感想と評価をお願いします。




