愛の夏祭り
もうじき彼がやってくる。そう思うと愛は心臓がどきどきとして苦しさを覚えるほどだった。
『どんどこっ どんどこっ! 』
リズミカルな和太鼓の音がする。今日は夏祭りだ。愛は前から気になっていたクラスメートの圭介に誘われたのだった。”暇だから、いいよ。付き合ってあげるっ”そう言ってその誘いを受けた。本心は嬉しかった。愛は圭介に恋心を抱いていたから。
今日は夏祭りと言う事で浴衣を着ている。母の浴衣だ。ずっと前に母のタンスで見つけて気に入っていた。母が大事にしているのが分かった。圭介に誘われて、愛は思い切って母に”浴衣を貸して”と頼んでみた。母は幾分考える素振りだったが、愛が気になる男の子に誘われたと話したら、微笑みながら貸してくれた。
あ、来たわ。え~っ! 圭介君、ジーパンにティシャツ!? 私は浴衣で気合入ってますって感じで恥ずかしくない!?
「よう。浴衣着たんだ。…… よく似合ってるなあ。」
へへへ。褒められた。やっぱり浴衣で正解だったな。
私達は祭の人ごみの中にまぎれて行ったわ。楽しい! 男の子と二人っきりで遊ぶなんて事、はじめてだから緊張してたけど、圭介君といると楽しいわ。これってデートなのかな?
「なあ、愛。あっちの店に行ってみよう。」
圭介君の指差した方は綿菓子や金魚すくいのある人気の出店が並ぶ。
圭介君は私の返事を待たずに歩きだした。私は離れないように後をついて行ったけど、なれない草履でちょっとよろめいたの。そうしたら彼はそっと手を握って引いてくれた。もう私の心臓は『ばくばく』いっている。
「どうした? 顔が赤いけど、人にあたっちゃったかな? 」
心配そうに圭介君が私を見つめる。あなたが手を握ったからよ。とはいえない。
「ううん、大丈夫。ありがとう。」
圭介君の瞳って綺麗なのねって思った。
金魚すくい…… 綿菓子…… たこやき…… と私達はお店を巡る。金魚すくいで見せた彼は子供のように無邪気だった。その横顔を見ていると、こっちまで童心に帰るような気がするわ。
屋台を巡ったり、特設ステージの漫才を見たり、とても楽しいけど足が痛い。草履に慣れていないから。でもこの時を壊したくないって思っていたの。
「なあ、愛。大丈夫か? 少し休もう。」
そう言って圭介君は私を広場の端っこの休憩用のベンチに連れて行ってくれた。
「ありがとう。実は慣れない草履履いたからさ。ちょっと足が痛かったの。」
私は心配してくれる圭介君に言った。
「そうかあ。ごめんな、気がつかなくて、俺って鈍感だからさ。」
そう言って私の足を見つめる圭介君だった。
ベンチで私達は他愛もない事を話していた。会話が途切れそうになった時、圭介君が言った。
「なあ、愛。俺は愛が好きなんだ。つ、付き合ってくれないかな。」
いきなりの告白だった。私の頭は真っ白になる。本当なの? 圭介君も私の事を?
私が混乱して返事もしないでいると……。
「だ、駄目かなあ? 」
細い声で呟いた彼は私の顔を覗き込んだ。
「だ、駄目じゃない! よ、よろこんでっ! 」
思わず叫んでいたわ。もう『よろこんでっ! 』て何言ってんだか、私って。
「ほ、本当!? やったっ! ありがとう! 」
そう言う彼は私の手を両手で包みこみ満面の笑みを見せてくれた。私も圭介君が前から好きだったって事は内緒にしておくことにするわ。
会場が暗くなった。
『ひゅ~~~っ ぱんっぱんっ! 』
花火が上がる。私は花火を見上げながら、隣りに座る圭介に体を傾けた。圭介の肩に私の頭が乗っていた。
「ねえ、お祭りの時はもう少しそれらしい格好してきなよね。」
私は彼に言った。彼は何も言わずに私の肩にそっと手をまわした。
「愛もそんな年頃になったんだな。」
愛の父親は寂しそうに呟く。
「そうね。愛は私が着た朝顔の浴衣を着て行ったわ。気に入ったみたいでね。」
愛の母親は楽しそうに言う。
「来年は僕らも行こうな。由美。」
「うん。行こう。祐二の輪投げの腕を見たかったの。」
愛の両親たちも夏祭りに思い出があった。
そうこうするうち愛が男の子に送られて帰って来た。
「ただいま~っ! 」
そう言う愛の右手には『くまのキーホルダー』がぶら下がっていた。
その日の夜、愛の家では祭の事で盛り上がっていた。
「彼は圭介君。私の事が好きなんだってさ。彼は輪投げが上手いのよ。」
「あら、パパも上手いのよ。ほらっ」
そう言って愛の母・由美は『くまのキーホルダー』を二つ持ってきた。
そうか。パパがママにプロポーズしたのって、あの夏祭りだったのかあ。
まだ私達ははじまったばかり、でもこの恋はきっと上手くいくわ。
愛は机で頬杖つきながら、『くまのキーホルダー』を掲げて幸せそうに微笑んでいた。