chap 5・籠城
貯めていた話を投稿します。これで貯蔵はゼロに……。
相変わらず無計画極まりないですが、一応話の展開についてはしっかり考えておりますのでご心配なく!
カチャカチャと旧式のカギをまわしてドアを固く閉ざす。
──その直後。
ドガガガガガガガガガガガギャギッバズッドッガッバッギッギギギッッ!!!!
「ひっ────!」
乱雑に響き渡る破壊音、その何かを削るような不快な音に思わず都津風の口から小さく悲鳴が漏れる。
この小屋に入るのがあとほんのわずかでも遅れていれば間違いなく自分に牙をむいたであろう魔法弾は、その勢いを緩めぬままに小屋へと直撃したのだ。
しかしながら、壁に耳をあてて外を確認すると、どうも自分がもたれているドアに魔法弾が当たった音ではないことがわかった。
そのことにひとまずの安心を得る。
慌ててこの小屋に飛び込んだものの、本当に非戦闘区域であるかどうかの保証など無いのだ。それにたとえ非戦闘区域であっても、ユニットによる攻撃(物理)を食らってしまえば強制的に決闘という公開処刑が始まってしまう。
「……ったく、もう人前で超能力を使うつもりは毛頭ないってのに……」
この状況を作り出した、あのいい加減そうなしゃべり方をする理事長に毒づく。
自分としてはただ平和に暮らせればそれでいいのに、どうもこの力は喧騒と厄介事を次々と呼ぶらしい。
都津風は一人ため息をこぼすと、先程よりは静かになった外の様子を確認するため、今度は恐る恐るといった様子でドアの小窓から外を覗いた。
──が。
「…………げ……」
げっそりとした声が口から洩れた。
広がっていたのは、色彩豊かで物騒な光景。
様々な色の魔法弾、並びに雷撃や氷の槍や、あきらかに自然のものではないような暴風が、このベレ爺の店の入り口から三メートルほど離れた場所で次々と炸裂している光景が広がっていたのである。
しかしそれらがこの小屋に届くことはなく、ドアの手前あたりでかすかな光を残して散っていった。
それは、この小屋の周囲を覆う目に見えない障壁のようなものが雨嵐と降る魔法弾を傘のように防いでいる光景で──事実、それに準ずるものがこの小屋には仕掛けられていた。
非戦闘区域とは、おもに戦闘に使われるような、あらゆる魔術───例を出せば、先刻クラスメートの女子たちが放っていた魔法弾や高位の雷撃魔法、風撃魔法に代表されるあらゆる攻撃魔法から、身体強化などの全ての補助魔法まで───多岐にわたる「戦闘に関わる」魔術の使用を禁止するために結界が張られた場所のことを言う。
ベレ爺の店は都津風の予想通り非戦闘区域に指定されていたらしく、今、都津風の目の前で破裂している魔法攻撃はその結界の境目で防がれているのだ。
それにしても。
「……無傷攻撃の魔法弾に混じって、あきらかに一撃必殺を狙ってる魔術がちらほら見えるんだけど……」
先程例に出した雷撃魔法や風撃魔法などは、必殺の魔法になり得るほどの高位な魔術である。ユニットを所持しておらず、完全に無防備な都津風が食らえば冗談ではすまないようなダメージを負うだろう。
流石に非殺傷の設定はしてあるだろうから死ぬことはないだろうが……ダメージ設定によって生じる傷や怪我の再現が都津風の体の許容量を上回れば、気絶して保健室送りは免れない。
「……鬼畜だ……鬼畜すぎる」
「まぁ、そういう学校だからの、ここは」
───誰もいないと思っていた店内で、声がした。
それも背中にピッタリと寄り添うような場所という、超至近距離から。
「うっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? がッ!? ハァッ!? ちょ、ふぇえ!?」
気づくと、自分でも驚くほど情けない悲鳴をあげていた。
驚きで飛び上がると同時に反射的に振り返った先には──
「……落ち着きなされ、若いの。それと、勝手に店を閉めんでくれるかね?」
あきれ返ったような顔で都津風を見つめる、白髭を生やした老人がパイプをふかしていた。
〇〇
「……なるほど。転入祝いに手荒い歓迎会を催された、ということかの?」
ウェリアが「ベレ爺の店」と呼んでいた赤い小屋の主──ベレット・グランバレーは、深く皺の刻まれた頬を微かに動かしながら、老人特有の低くおちついた声で話し出した。
「ええ……まぁ……」
今のベレ爺の言葉は、都津風が今自分が置かれている状況を手短に説明した内容を、受けてのものである。
ちなみに話す前に数回の呼吸を置いたので、都津風はなんとか落ち着きを取り戻している。そうして落ち着いて話しながら自分なりに現状をまとめてみたのだが、どうにもこの現状──
「……それは、理事長が悪いの」
「ですよねー」
結論。やはりどう考えてもこの現状の元凶は理事長である。
動機は不明だが、何故だか都津風をターゲットにしたこのデスゲームを行い、その結果、都津風はあの荒れ狂う魔法弾の嵐に放り込まれたのだ。そしてもし都津風に運がなければ、よもやあの殺傷可能な爆風や雷撃によって命を落としていたかもしれないのである。
……到底、教育者が実行していいイベントではない。
「……何がしたいんだ、あの理事長は……」
「まぁ、基本的に自由が人の形をして闊歩しているような人じゃからの。ひょっとすると、力比べでもしたかったのかもしれん」
「力比べ?」
「うむ。お前さん、超能力が使えるんじゃろ?
ひょっとすると、あの理事長はそのオカルトチックな力と、魔術──果たしてどちらが優れた力なのか、見てみようと思ったんじゃないかのう」
「優れた力、って……」
そんなことを決めて、一体何をしたいのだろうか。いや、意味など無いのか。
あのウェリアという人が、この目の前の老人が言う通りの人物であるならば……この地獄のようなイベントも、結局は彼女の個人的な好奇心や愉悦を満たすだけの遊戯に過ぎないのかもしれない。
「なんつー人間だ……」
子供がそのままでかくなっただけの人物像、ということか。そんな人間がトップに立つ学園とは、なかなかにアグレッシブな……下手をすれば、真月高校よりもマズイ学校に入学してしまったのかもしれない。
『まぁ、頑張れよ!』
耳元に甦ったのは、あの逃げるように立ち去った魅雪の言葉だ。なるほど、あの去り際の台詞は、そういう意味だったらしい。
どうもあの理事長に苦手意識があったらしいアネキのことだ、ひょっとしたら無理を言われて、この学園に俺を入れるように頼み込まれていたのかもしれない。
……汚い。さすが魔術師汚い。
何もかも最初からこうなるって決まってたのか……と、都津風の口からは今日何回目になるのか知れないため息が溢れていた。
「なんにせよ、あの理事長が微塵にでも関係したのであれば……こういう騒動もあっておかしくはないじゃろ」
いや、絶対おかしいだろ、という言葉が出る余力は、あまり残されていなかった。
現にこのバカ騒ぎだって実際に引き起こされているのだ。他でもないあの理事長によって。否定しようが無い。
「……とりあえず、あの外の少女らを入れたら店がパンクしてしまうからの……。まぁ面白いもんもあまり無いが、ゆっくりと品物でも見ていってくれ」
ドアの外に大量に陣取る少女たちを「少々面倒なことに巻き込まれたな」といった様子で見つめると、この店の店主、ベレット・グランバレーは己の取り扱う商品の一つを、おそらくは合金製であろう、独特の曲線美と紋章をかたどった一本の剣───ユニットを、差し出した。