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chap 4・ 百人VS一人

 ユニット。

 それは産業革命以後、魔術という新たな力を得た人々が作り出した、魔法時代幕開けのシンボルともいえる装置──そして、「近現代魔術の魔法の杖」と称されるほどの魔術には欠かせない存在である。

 正式には「精製(マナライズ)内燃(インターナル)機関(エンジン)」という長々とした名前が存在するのだが、ほとんど呼ばれることはない。

 この装置が開発され始めたのは、産業革命が起きてから10年ほど経った頃。当時の研究では、いまだ魔術を自由自在に操る技術が開発途上にあった。

 魔気(マナ)というものは、魔気を通す回路のようなものを用いて、ある特定の形や指向性を与えてやることによって特殊な事象──即ち、魔術を発生させる。

 そして、その形や流れる方向の違いが、「魔気」という同一の原料から「炎」や「雷」といった結果──つまり発生する事象の違いを産み出す。

 魔術を使うことの出来る人間は、この魔気を通す回路を先天的に持っており、炎を使う魔術師であれば炎を作り出す回路を、雷を使う魔術師であれば雷を作り出す回路を皆持っている、というわけである。

 この回路は専門的には導線(パス)と呼ばれ、遺伝するという特徴を持ち合わせている。これが子々孫々に渡って一族が皆、同じ魔術を使う由縁とされている。

 が、このような理論が定着せず、また現在主に使われているような「人の手を介在させず、独立して魔術を使用することのできる」プログラムを搭載したコンピュータや携帯も無かった近現代魔術の黎明期においては、「魔気に一定の形や流れる方向を与えられる存在」というのは人間しか存在しなかったのである。

 ゆえに当時のイギリスでは、まず魔術を使うことのできる人間を探すところから、この魔術の研究は始められた、のだが。

 研究が進むうち、困ったことが発覚した。

 人が単体で魔術を行使しても、大した火力が得られなかったのである。

 中には単体で直径一メートルの火炎の玉を出した、という記録もあるものの、しかしながらそこ止まりで、それ以上の火力は望めなかったのだ。

 ゆえに、人々はある工夫を施した。

 人間が二足歩行を始めて以来、ずっと成されてきた工夫。人が荒れ狂う生存競争を生き残った要因──道具を使う、という工夫である。

 何故、人間単体では高火力が産み出せないのか、という理由には当時から結論がついていた。

 その理由は非常に簡単なもので、人間が体内に取り込める燃料、つまり魔気の量が圧倒的に足りなかったのである。

 また空気中に散在する魔気を体内に取り込む際、体と拒絶反応を起こすケースも見られたという。


 これらを解決するため、人々はあるものを作り出した。それがユニットである。

 ユニットの主な役割は、空気中に散在している魔気を収集、それらを純度の高いものに精製し、そして使用者に最も適した形で魔気を送るというもの。これによって魔気を体内に取り込む効率は格段に上がった。

 また使用者に最も適した形──例えば、炎を操るフレイロジックの魔術師には、炎が燃焼するのに必要な酸素を魔気にブレンドして送りつけるといったような──そういった状態で体内に取り込むことで、より魔術の火力を上げることに成功したのだ。

 また、使用者のもつ導線(パス)とリンクするようにユニット内に魔気の通り道──すなわち人工的な導線(パス)を通すタイプのユニットが現れたことで、さらに使用者の魔術の強化がなされた。

 それ以降はこのタイプ──即ち、使用者に魔気を供給し、同時に導線の補助を行う「魔術師と一体(ユニット)となって」魔術を発動するタイプが主流となり、今に至る。

 発明当時、このユニットはかなり大がかりな装置であったが、魔術が世界中に広がりを見せるとしだいにコンパクトな形にまとまり、19世紀の終わりには現在のような、剣程度の大きさに収まるようになっていった。

 それに(あわ)せて形もまた、杖や、あるいは魔術的意味を持たせた武器───剣、槍、斧、錫杖、銃へと変化してゆき、そして。

 その形状や大きさにおいて、名実ともに、まさしく近現代の魔術における「魔法の杖」と呼ぶにふさわしいものとなったのだ。




 ……以上が、かれこれ二時間ほど前、食堂で携帯を駆使し、都津風ユーキが得たユニットに関する情報である。

 そして、当の本人と言えば───

「なんッでこうなるんだァァァァッ!!!???」

 広大な敷地を保有する璃里浜女子高等魔術学校の中でも、最も広く敷地が使用されている校庭。全国的にも最大級であろうその場所で、男の悲痛な叫び声が響き渡る。

 言うまでもないその声の主──都津風は、各々のユニットを構えた総勢100名ほどの女子に思い切り追いかけられていた。

 そう、都津風がさきほど「武器」と認識していた彼女たちの持つ得物こそ、まさしくユニット。あるものは剣の形をしたユニットを、あるものは槍の形をしたユニットを、あるものは斧型を、あるものは銃型を、弓型を。

 各々が各々の魔術を強化する「杖」を構えて、一斉に都都風を追いかけ回していた。

 といっても、別に都津風がこの女子らの逆鱗(げきりん)に触れて追い立てられているわけではない。

 実際、都津風を除く全員がその瞳を好戦的に光らせ、嬉々として都都風を追いたてている。この少々特異な光景の発端は、やはりというかなんと言うべきか。ウェリアのせいである。


 〇


 数分前。ウェリアの『じゃあ、皆見せてやろーぞー!』という掛け声に合わせてユニットを取り出した女子らによって、都津風は教室の端に追い詰められていた。

 取り囲む女子らは好奇に満ちた目線を都津風にやり、都津風はその多数集まる好戦的で挑戦的な視線に恐怖する。

 よもや百匹の蛇に睨まれた蛙のごときその情けない様は、残念なことに一切の慈悲もない理事長にとってはただの一興としか認識されず……結果。

『よしっ! これからゲームを始めよう!』

 十分に都津風のビビり顔を堪能したウェリアの口から放たれた宣言により、都津風からすれば地獄以外の何物でもないゲームがスタートしようとしていた。

『ルールは簡単、トッキー君を決闘(クォーラル)で倒した人が勝ちね! 賞品は……そうだなぁ……よし、じゃあ一学期の単位免除ってことで!』

 瞬間、女子の目の色がさらに変化したのを感じ取った蛙こと都津風は──蛇がアナコンダに変わったような錯覚を覚えた。


 〇


 決闘(クォーラル)とは、文字どおり戦闘のこと。決闘、特に魔術を行使して戦う決闘を指す言葉である。

 決闘、という形であるからには当然ルールは存在する、のだが、主な規定としては「基本的に同数対同数での戦闘」で「非殺傷であること」、「規定の方法により開戦される」ことくらいしかない。

 「非殺傷」とはユニットに搭載された機能を用いたもののことで、技術的な分野についての詳細な内容は都津風は全く知らない。わかっているのは、文字どおり、ただ相手を傷つけることなく、「ダメージ」を与えるという方法で行われる戦闘方式である、ということ。

 「ダメージ」といっても実際に傷つくわけではなく、痛みや行動への干渉という形で表れるもので、いわゆる「体に負った傷を行動に干渉することで概念的に具現化する」──簡単に言えば、ただ負った傷を傷のない状態で再現したものである。

 これによって降参、ないしは戦闘不能となった者の敗北となり、勝敗が決する。


 そして「戦闘の開始」とは、「自分の攻撃、主に無傷攻撃を決闘相手にぶつけた瞬間」──つまり、挑戦の意思を示した瞬間に始まる。

 本当はいかなる魔術攻撃をぶつけても構わないのだが、フェアプレーを望む人が多いため、基本的にはダメージのない無傷攻撃をぶつけることが普通だ。

 この開戦方法によって、不意討ちで挑戦を行い、ゲリラのような戦闘を展開することも出来るのだが、やはり無傷攻撃の理由と同じであまり行われることはない。

 ここでウェリアが言った『決闘(クォーラル)によって』とは、つまり都津風に魔術攻撃をぶつけた人物が都津風との交戦権を獲得し、決闘を行うことができる、ということ。

 つまるところ都津風を追いかける彼女たちは、まず都津風に攻撃を与えることで交戦権を獲得、その後に決闘を行い、都津風に限界までダメージを与えて勝利を納める必要がある。

 ゆえに。

 都津風を追いかける少女たちは、ただユニットを構えるだけではなく、そのユニットを使用することで得られる莫大なエネルギーを宿した魔術攻撃を容赦なく放っていた。

 その様子は、フェアプレーが望まれる決闘というよりは、むしろ───

「もうこれただのリンチじゃねぇか!!」

『いえいえ、これも立派な決闘(クォーラル)……あるいは犬追物(いぬおうもの)です!』

「おい本音がポロっと出てただろ今! なに人を犬扱いしてんだアンタ!?」

 犬追物はかつて鎌倉時代の武家社会の中で行われた武士の鍛練。今やったら動物虐待で問題になること間違いなしの行いである。もちろん人間でやるものではない。

 とりあえず、どこかで高みの見物をしているであろうウェリアの声が聞こえたスピーカーに向かって、不満をぶちまけるが……そんなことでどうにかなるはずもないことは、都津風も理解している。

(どこか……どこか逃げ込む場所はないのか!?)

 周囲を見渡して安全そうな建物を探し始める──―その、刹那。



 ドガァァァァァァァァァッ!!!



「ひっ……!?」

 背後から飛んできた光弾が逃げ惑う都津風の足下近くに着弾し、グラウンドを粉砕した。

「お……おいいい!? 今の明らかに無傷攻撃じゃなかっただろ! いや、それどころか非殺傷ですら無かったんじゃねぇの!?」

『あー、まぁそんな日もあるさ、トッキー君や。そもそもこのリリジョにこれ以上男子を入学させることに反対する生徒だって居るからねぇ……。幾人かいるであろう男子生徒も、この学園のなかでは随分な扱いをされてるっぽいし……どさくさに紛れて消すつもりかもね~』

 今度はグラウンドに設置されている、先程のとは違うスピーカーから、のんびりとした声が聞こえた。

「おい待てェ! なにかサラッと不穏なこと言ってるけどそれ問題だからな!? 学校が責任もって解決するべき事案だからなァ!? 第一、不満があるなら頼むから俺じゃなくて理事長にぶつけろよ!」

 もちろんそんな悲痛な叫びも届かないまま、背後から迫り来る無傷攻撃のなかに殺傷能力抜群な攻撃をいくらか含めて、都津風は走り回る。

「クッソ! どうすりゃこのデスゲームから抜け出せるんだッ!」

『(後ろの攻撃に)当たれば、いいと思うよ』

「ふざけんな軽く死ぬわ!!」

 闇雲に走っているだけではキリがない。これだけの攻撃を避けながら逃げ回っているだけでは、いつかは疲れきって餌食になる。さらに下手すればあの殺傷弾に当たって転入初日から病院送りである。

 ──と。

 都津風の視界の端に、あるものが映る。

 走る先にある森(おそらくその森も、この馬鹿デカい学校の一部だ)に、赤い屋根の小屋のような建物があったのだ。煙突からは煙が上がっており、住んでいる人もいるようだ。

『おお、ベレ爺の店にたどり着くなんて運がいいねぇ』

「……どういう意味だ?」

『うん、実はこの学校にも非戦闘区域があってだね……』

 瞬間、都津風は理解した。要するに、今向かっているあの建物──ベレ爺とかいう店は非戦闘区域に指定されている、つまり魔術攻撃が行えない場所であるということだ。 

「そうとわかれば……!」

 脱出口を見つけた都津風は、その赤い屋根の建物へと、藁にもすがる思いで飛び込み、店のカギを内側から閉めた。


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