chap 3・ 超能力者、一人
ゆっくり書いていく……とはいいましたが、スミマセン。まさか私もここまでお待たせするとは思いませんでした。かれこれ前回の更新から二、三週間経ってますよね……経ってますね……ごめんなさい。
「え、と……。初めまして、都津風ユーキです。これからよろしくお願いします」
総勢40名の女子で満たされた教室──その教室の正面にある黒板を背にしながら、都津風は手短に挨拶を済ませていた。
あのあと。理事長室で挨拶を済ませてから、学食らしきところで携帯を使って魔術について調べること三時間。その携帯にさえ魔術の技術が用いられているというのに、都津風は魔術についてまるで無知であったということを、まざまざと思い知らされた。
様々なサイトで紹介されている理論や基本的な知識について、調べれば調べるほど知らない情報が山ほど出てきたのである。
先程も言った携帯電話を始めとして、魔術とは自動車や電車、日々つかう電気を生産する発電所などにも使われているほど身近な技術である。にも関わらず、調べてみて初めて知った内容は100を下らない。アネキ──こと、姉川魅雪が呆れるのも仕方の無い話かもしれない。
そうして魔術に関する知識を、付け焼き刃ながらあらかた手に入れると、都津風の携帯に理事長からの連絡が入った。
「やっほー、トッキー君や!そろそろ始業式始まるから職員室に移動してねー!」
「あ、はい。あと……その棒状のクッキーにチョコレート垂らしたお菓子のような名前は俺のことですか?」
「そだよー!いい名前でしょ!」
「ええ。即刻、可燃ごみ処理場にスローインしたいくらいには」
「酷い!?」
〇〇
そうして時間は、冒頭に至る。
高校二年にして、突然の転入者。それも「女子高」とか名前に残しちゃったせいで生徒数も激少の男子で、かつ超能力者としてやたらめったら報道されていた都津風は、クラス中の視線が好奇をもって集中していることに少し竦み上がる思いだった。
「……以上です」
ゆえに、こうして特に何か気の利いた自己紹介をするようなこともなく、さっさとその自己紹介を終わらせてしまおうと考えていた。
──のだが。
「え、と……終わり、ですか?」
それを阻害したのは、ついさっき職員室で顔合わせをした教師──そしてユーキが入るクラスを担任するということで一年間お世話になる香月真理恵である。
優しそうな眼には、めったに見ない男子生徒を受け持ったことへの不安が溢れている。
まだ教師としては若手の部類に入る彼女にとって、男子を教えるのは初めての経験である。女子であれば、同性として対処のしようはあるのだが、男子とあってはまるで未知の領域だ。そのため彼女自身、他の生徒と同様に都津風についての情報を集めたいと思っていた。これから受け持つ生徒が、一体どのような趣味を持ち、あるいはどのような性格なのか等々、聞きたいことが山ほどあったのである。
しかし残念なことに、この都津風という少年は完全に自己紹介を放棄していた。そもそも、最悪の場合ぼっちでも構わないと思っているのだから、丁寧な自己紹介をこの少年に求めるのが間違っているのかもしれない。
だが、早々に自己紹介を終わらせた気分でいる都津風でも、流石にこの状況は理解できた。
担任だけではなく、クラス中の女子が「まだ、終わってないよな?」という空気を放っているのである。これがスルーできるのは、よほどの鈍感野郎か強靭な精神力を有する人間にしか出来ないに違いない。
そして都津風は、残念なことにそのどちらでもなく───
「え、と……じゃあ、質問は後で受け付けますんで……」
問題を先送りにするという、一切の問題解決にならない一手をもってこの場を収めたのであった。
この璃里浜高校では、あまりの生徒の多さから、講堂、ないしは校庭での始業式は行われない。講堂を使うのは入学式や卒業式、あるいはその他もろもろのイベントがある場合程度で、定期的に行われる集会における、テンプレートな光景──特に校長先生の話が長いなどといったものは無い。
ゆえに、移動することもなく、しかも略式的な校長の話は速やかに終了してしまい、都津風の言った「後で」はすぐさまやって来ることになってしまった。
そして講堂での始業式が終わったらとんずらしようと考えていた都津風にとって、これは大きな誤算だった。
スピーカーから聞こえる、校長の『それでは皆さん、この新学期が皆さんにとって素晴らしい成長の場となりますよう』という閉めの言葉が流れるや否や───
「ねえねえ!超能力者って本当なの!?」
「どんな魔術なの!?」
「なんでここに来ようと思ったの!?」
「得意な科目は?」
「特技は?」
「どんな技が使えるの?」
「魔法は近接スタイル?遠隔スタイル?」
「やっぱり念動力とか使えるの」?
「なんで男なの?」
十秒とたたないうちにこの有り様である。
「いや、あの……えーと……と、とりあえず、頼むから一人ずつ質問してくれ……って最後の質問言った奴誰だ!『y染色体があるから』以外になんて答えりゃいいんだよ!」
「「「超能力者がツッコミをした!?」」」
「そりゃするわ!声揃えて驚くことじゃないだろ!?」
あまりにもツッコミどころが満載な女子たちの言動に、都津風は言葉だけでは足らなかったらしく身ぶり手振りを加えてツッコんだ。
女子に囲まれ、会話のペースも女子のペース。そして普段なら絶対にしないであろう身ぶり手振りを加えてのツッコミ。完全に女子高の空気に飲み込まれていた。
だが、その状況にあがこうとする程の気力もない都津風は仕方なく時間をかけて彼女らを一人ずつ並べ、質問に答えることにしたのだった。
そして。
「……疲れた……」
クタクタになりつつ質問に当たり障りの無い回答をし、都津風はようやく最後のクラスメートの質問に答え終わると机に突っ伏した。
疲労感を少しでも紛れさせるべくため息を出しながら、都都風は一人呟く。時計を確認すると、2時半だった。始業式が始まったのが一時、終わったのが一時半だったから、一時間も質問に応じていたらしい。
(クラスメートの女子でこれだからな……もし家に来ていたマスコミの相手をマトモにしていたら……)
想像しただけで少々、寒気がした。
「……まぁ、とりあえずクラスメート全員の質問は受け付けたし……これで大丈夫だろ」
『と、安心しているところ非常にもーしわけないけど、トッキー君や!』
立派なフラグだった。
スピーカーから鳴り響く楽しげな理事長の声、そしてその意味深な台詞に限界を感じ取った都津風は今度こそ机に頭を突っ込んで頭を抱え、そして。
「…………へんじがない、ただのしかばねのようだ」
『自分で言っちゃうあたり、よほど疲れてるんだねぇ』
RPGに出てくるテンプレートな台詞に、のどやかなツッコミを入れる理事長、ウェリア。
「わかってるんなら、そっとしておいてください……てか、なんで放送で会話できてるんですか……」
『そういう仕様ですゆえ!』
「無駄経費にも程がある!」
やはり馴れないこの理事長と学校の無茶ッぷりに、ため息しか出ない都津風だった。
「……で?俺に一体何の用事だったんですか、ウェリア理事長?」
『そーそー!さっきから、ものっそい廊下を見ようとしないよね、トッキー君』
「…………」
都津風は、それに返事をしなかった。
そう、クラスメートからの質問には応じたものの、実は都津風にもの申したい人間はクラスメート以外にも居たのである。ちょっと廊下に目をやると、げんなりする人数の女子が、まるで動物園の珍獣でも目の前にいるかのような視線をよこしてきているのだ。まぁ、あれほどニュースで取り上げられていたのだし、これはこれで当然の結果なのかもしれないが。
「なんで皆こんなにも聞きに来るんだ……。クラスメートじゃないなら、別に質問する意味無いじゃねーか……つーか男子どこだよ全然見当たらねえんですけど」
『まあまあ抑えて抑えてどうどう。それに彼女たちが質問に来ているのには、ちゃーんと意味があるんだなぁ』
放送から流れてくる独特なしゃべり方とイントネーションにイラっとしたのは、おそらく疲れていて余裕が無くなってきているからだろうか。
その苛立ちに任せて、都津風は大声でスピーカーに返していた。
「じゃあ、一体なんなんですか?言って見せてくださいよ!今、この場で!」
それはイライラにより放たれた、不必要で不用意な発言。今の都都風には、この発言がどれほど悪手であったかを知るよしはない。
その台詞が人生の中でも屈指の失敗であったことに気付くのは……数秒後のことである。
『お?お?言ったね!よし、ならば見せてやろーぞ!皆、準備はいいかなー!?』
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
「な…………!?」
半ば立ち上がるようにして、都津風が驚いたのも無理はない。何故なら───
「悪く思うなよ、転校生!」
「だいじょーぶ、痛みは一瞬だから!」
「超能力者のお手並み、拝見させてもらうぞ!」
「…………え?」
ガララッビダン! と横開きのドアを勢いよくスライドさせる音が響き、廊下にいた女子がなだれ込んできた。教室にいた女子も、なにやら立ち上がっている。しかも皆それぞれが、各々……どこから出したのかわからないような物々しい武器を手にして、そして―――
『……じゃ、都津風ユーキ君。頑張ってくれたまえ〜』
全力で都津風に切りかかってきていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
都津風の全力の叫び声は、彼女らの武器が奏でる金属音にかき消された。