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プロポーズは計画的に

作者: 木下 葉子

リハビリ短編。よろしければお付き合いください。


 「おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってください!」


 おそらく近くの土手から詰んできたのであろう菜の花を差し出す少年。

 いや、幼児といったほうがいいのかもしれない。


 この日は仲の良いお向かいさん同士の2家族が片方の家の庭でバーベキューをしていた。

 

 六歳くらいの男の子が、セーラー服姿の女子高生にプロポーズしている姿を、その保護者達は微笑ましく観賞している。


 男の子は可愛らしい顔だちを気恥ずかしいのか真っ赤にし、プロポーズのお相手の少女はその突然の言葉に口に含んだ牛肉を落としそうになっている。

 その食べかけの肉と、ほほについたバーベキューソースさえなければ十分に清楚で可憐な容貌だと言えなくもないのだが。すこぶる残念な娘だ。まあ意識が高い女子なら、肉が焼かれる独特の臭いを気にして制服を着替えるだろうが。


 「えっと、冗談」

 「じゃないよ! ほんきのほんきだよ! みさとおねえちゃんがすきなんだ! ぜったいしあわせにするから。えっと、僕はしにましぇん!」

 「……こんなかわいい子に変な言葉覚えさせたのは誰だ」


 少女がばっと縁側でアルコールを片手に騒いでいる大人たちを睨むと、男の子の両親がぱっと目をそらす。


 少女は諦めたようにため息をつき、男の子と目線が合うようにかがんで説得しようとした。

 「あのね、いっく…、伊月くんには難しい話かもしれないけど、年の差ってものが存在してだね、」

 「としのさ?」

 「そう。あたしは18歳の世間一般的にはピチピチの部類に入るんだろうけど、ていうか違くてもねじこむけど。君はまだ6歳。犯罪。君と結婚の約束をしてるとあたし犯罪者、えーと、悪者になっちゃうんだよ。だからお嫁さんにはなれないんだ。ごめんね」

 

 少女は言いたいことは終わったとばかりに、口からこぼれそうになっていた肉を箸でキャッチし、口に入れ直し咀嚼を始める。

 

 「……だめなの?」

 こてんと男の子が目尻に涙をためて、首をかしげる。

 すると少女がとうとう肉を吹きだした。


 「ちょ、やめて、ちょっとうっかり目覚めちゃいそうだから。

 うんはっきり言うと、だめってことだね」


 「うえー」

 数秒その少女の言葉を頭の中で反芻し、泣く準備は調ったとばかりに顔をゆがませる男の子。ぐしゃぐしゃになる、少年の手にある菜の花。それらを見て慌てる少女。

 大人たちを見るともうほとんどできあがってしまっている。奴らに期待はできないと判断した少女は、大泣きになる前に急いでフォローに入る。


 「え、えっと、もちろん伊月くんの告白は嬉しいよ。超嬉しい! もうほんとみーんなに自慢したいくらい! 美里お姉ちゃん超ハッピー! 今すぐ結婚したいくらい」

 「じゃあ今すぐして」

 不器用な少女が真実味を加えるために、大きな声と身振りで言ったことが災いしたのか、男の子は急に真顔になりそう告げた。


 

 本日二度目のため息をつく少女。もうこれ以上説明するのが面倒臭いと思ったのだろうか。それとも無駄だと思ったのだろうか。


 「おとなだったらいいの? じゃあ、すぐじゃなくていいよ。 ぼくがおとなになったときにみさとおねえちゃんがぼくのことすきだったら結婚して」


 そのあまりにもまっすぐな少年の瞳にうろたえ、そして開き直ったようににこりと笑う少女。


 「そうだね…、まだお互いに今日のこと覚えてたらね」

 「ぜったいわすれないよ!」

 「だったらお姉ちゃんうれしいなー」

 「ぜったいぜったいわすれないもん!! おねえちゃんのことだいすきだから!」

 

 にやにやと笑う少女と、拳を握りしめて自らの想いを力説する少年。

 多くの人が経験するであろう、かわいらしくも甘酸っぱい場面。

 

 きっと、彼らはそう遠くない未来、今日という日のことを忘れてしまうだろう。

 きっと彼らの両親同士が集まる時に、こんなことがあったなあと酒の肴にする程度だ。


 では、少しだけ、未来を覗いてみよう。




 **********


 ~10年後~

 


 「いっくん!」


 そう自宅の前で大声で叫ぶのは、スーツを身に纏った(見た目は)清楚な印象の女性。

 なぜか10年前とそう変わらない姿をしている。もちろん頬にソースはついていないが。


 「……美里」


 その声に反応し、振り返ったのは学ラン姿の少年。まだ幼さを残す顔ではあるけれども、身長はもうかつての少女を大きく抜き、筋肉のつき始めた身体は、昔のかわいらしさを払拭してしまっている。それがまた、本来の端正な顔立ちを強調していた。


 「……ねえ、この人だれ?」

 そして、少年の隣には少し派手目の化粧に短いスカート丈の女子高生。

 少年と腕をくみ、スーツ姿の女性を訝しむように睨んだ。


 「こんにちは」

 女性は10年前と変わらぬ可憐さでにこりと笑い、少年の隣の子に挨拶をした。

 この行動は、16そこらの女子にしてみたら、余裕と自信の表れと映ったことであろう。


 「今日はうち来るよね?」

 「あー、そんな約束してたっけ?」

 「してたよ! じゃあ、夜待ってるからねー」


 ばいばーい、と手を振り、少年の向かいの家に入っていく女性。

 それを見届ける少年。そして少年はようやく思い出したかのように隣の派手な少女に目を向ける。


 「ふう。ごめんな、じゃあ、俺ん家入るか。うち来るの初めてだっけ?」

 「いまの、きれいな女の人は、伊月の家入ったことあるの…?」


 その派手な少女の言葉を聞き、震えた声に気づくことなく少年は頷く。

 まあ幼なじみだし、と言おうとした瞬間、少年の左頬に鋭い痛みが走った。


 「年上の、本命の彼女がいるって本当だったんだ…」

 ひっくひっくとマスカラ混じりの黒い涙を流す少女と、痛む頬。一瞬のことだったが、少年はかろうじて自分が叩かれたのだと分かった。


 「ち、ちが、」

 「さいってー!!!」

 派手な少女は景気良くもう一発ビンタをかまし、走ってその場から離れて行った。


 言い訳する間もなく走り去った派手な少女の姿を、少年はただ見つめるしかなかった。



 「……今すごい音したけど、大丈夫?」

 さっき入ったドアから、顔をひょこりとだし眉を顰める女性。


 「だいじょぶ、……じゃないや痛い」

 「うちおいで。今日ご両親いないんでしょ? 

 どうせうちで夕飯食べる予定だったんだから。ついでに手当もしてあげる」

 「んー、ジャアオネガイシマス…」

 「ぷっ。何その片言!」


 そう軽口を言い合いながら、慣れた様子で少年は女性の家に入っていく。

 そういえば、この日は女性の両親も仕事の関係で遅く、まだ家にはいないのだが、二人にとっては気にすることではない。


 整頓された居間のソファに座り、手当を受ける少年が呟く。

 「なーにがだめだったんだ? 俺彼女に何かしたっけ」

 「何ぶつくさ言ってんの。

 あーあ、ほっぺたちょっと切れちゃってる。消毒するから少ししみるよ」

 「いだっ。ねえねえ、さっき俺彼女に何か変なこと言ってた?」

 「……さあ。あたしに挨拶してたくらいじゃない? 特に変なことは言ってなかったと思うよ。」

 女性は全てを誤魔化すその可憐な笑みを披露し、少年に違和感を与えないようにした。


 「うーん、ご近所同士で挨拶するのは当然だろ?

 じゃあ、ほかのことかなー。俺なんにもしてないと思うんだけどなー」


 少年は困ったようにソファの上のクッションへ顔をうずめる。


 「まあまあ、心当たりがないものは仕方ないよ。

 それくらいで別れるくらいなら、最初からあんまり合ってなかったんじゃないの?

 気にしなくていいって」

 「んー、そう考えることにする…。ありがと」

 にやりと笑った女性の表情は、下を向いた少年には見えない。

 

 もう何人目になるかわからない、少年の彼女たち。

 きれいな見た目に寄ってきた少女たちは、いつも少年が気が付かないうちに幼馴染の女性から撃退されていた。


 「ねえねえ。話は変わるけど、いっくんにとって『大人』って何歳くらい?」

 「え。うーん……急に言われてもわかんねーなー。

 歳くってもなぜか見た目も中身もほとんど変わんねえ奴もいるし」

 

 ちらりと少年は女性を見る。

 女性は目をぱちくりさせて、いたずらっこのように幼く笑う。


 「ふふっ。褒め言葉として受け取ってあげる。

 中身はともかく、こんな見た目なのも努力の賜物なのよ。

 ……あんたが大人になったときにあたしだけ老けてたら悔しいじゃない」

 「ん? 最後なんか言った?」

 「んーん? 何も言ってないよー」


 大人かあ…、とつぶやく少年。それをにこにこと見守る女性。

 いつのまにか救急セットを仕舞ってきた女性は、自然に、かつ当たり前のように長ソファの少年の隣に座る。


 そういえば、と何か思い出したかのように少年は隣の女性の方を向いた。

 「俺、小さいころからやけに『早く18歳になりたい』って言ってた記憶があんだけど、なんでかな?」


 その瞬間、女性の肩がびくりと跳ねあがる。

 少年がそれに気づく様子はない。


 繕うように、女性は急いで言葉を放つ。

 「……さ、さあ? 長い付き合いだけど、そんなことまではわかんないなー。

 えーと、あんたにとって18歳って大人なの?」

 「う…ん。幼稚園か小学生かそんくらいの時期は、『結婚できる年=大人』って思ってたからなー。

 でもそうだったら、あとたった2年だろ?はえーなー」

 「そうだね早いねー。うん。

 ……そっか、あと、2年か」

 「ん? また何か言ったか?」


 にこにこ笑いながら、女性は首を横に振る。やけに機嫌がよさそうだ。


 

 「何ニヤニヤしてんだよ」

 「べっつにー。うふふ。

 いっくんその様子じゃ、むかーしの約束覚えてないんだろーなーって思って」

 「……約束?」


 少年は、本当に心当たりがないように、首をかしげる。

 

 「うん、約束。

 ひどいなー。約束忘れないって約束までしたのになー。」

 「え、ちょっとまじで思い出せないんだけど」

 女性は口調こそ咎めるようなものであるが、朗らかな表情から気にしてない様子がうかがえる。

 

 くすくす、と笑い女性は口を開く。

 「じゃあヒント。いっくんが大人になったら…って話だよ」

 「えー……。ごめん、ギブアップ。全然わかんね」

 「あはは。いいよいいよ。時期がきたら嫌でも実行するから。

 あ、心配しなくていいよ。(多分)変なことじゃないし。言いだしたのもいっくんの方だしね」

 「うん、わかった。今度は忘れないようにする」


 少年はよくわからないままこくりと頷き、なあなあに会話を終わらせた。

 物事を深く考えない性質なのだろう。いつかこの会話を後悔する日がくるであろうに。

 


 「ああもう、2年後がほんとに楽しみ」




 かつての少女は知らなかった。10年前の熱心なプロポーズをきっかけに、徐々に12も年下の少年に惹かれてしまうことを。

 かつての男の子は知らなかった。自分の初恋の相手をよろしくない方向へと目覚めさせてしまったことを。

 少年は知らなかった。女性が自分の周りの女子を大人の余裕で次々と追い払っていたことを。

 彼らの両親たちは知らなかった。10年前のかわいらしい思い出と化してしまったプロポーズが、まさか2年後に女性側が半ば無理やり実現させてしまうことを。

 2人は知らなかった。なんだかんだで長い間、お互いのことを一番に想っていることを。


 


 こんな行き当たりばったりなプロポーズなんて、本来ならうまくいくはずがない。

 よほどの縁がなければ、ハッピーエンドなんて夢のまた夢だ。



 プロポーズは計画的に。

 

 …でもこの一連の流れも、もしかしたら、本当にもしかしたら、誰かの計画のうちなのかもしれない。



 

 10年前の男の子が、どこかでにやりと笑った気がする。



最後の台詞はどちらのものでしょう?(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 男の子の気持ち、女の人の気持ちのかみ合わない感じに、ニヤニヤしながら読んでいましたw 面白かったです!
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