第九話~胸の高鳴り~
西園寺は、コンピューター部の活動を終え、雀谷駅のホームのベンチに座っていた。
生暖かい風が頬を撫で、背後へと吹きぬけていった。
桜は、その鮮やかなピンクの花弁を散らせ、もうすっかり爽やかな黄緑色の葉を茂らせていた。
―すっかり、夏だな―
西園寺は、目を瞑り、耳を澄ませた。
ホームに人が少ないためか、わずかな話声と風の音が聞こえてくるだけだった。
「隣、いいかしら」
急に大きな音が鼓膜に直撃したせいか、心臓が跳ね上がり、目を開けた。
肩まである黒髪を靡かせながら、南が少し前かがみになりこちらを覗きこんでいた。
「え、あ、はい」
「良かった」
南は、八重歯を見せて、笑った。
南が隣に座ると、風に流され、良い匂いがした。
―ど、どうしよう。まさか、こんな展開になるなんて―
喉が乾燥しきっている中、西園寺は振り絞る様に声を出した。
「つ、つっ……月が綺麗ですねっ!」
少し上を向いて、ホームの屋根の下から覗いて見えた月を指さし、言った。
満月に近いが微妙に欠けている。
南は、キョトンとした目で、西園寺の刺した方向を見た。
「へっ?……あ、本当だ。綺麗だね!」
―何を言ってるのだろう、僕は―
西園寺は俯いて、心なく笑った。
すると、南はクスクスと笑い、ちょっぴり顔を赤くして呟いた。
「ふふっ……ばーか」
西園寺の顔はみるみる紅潮し、目線が定まらなくなった。
―か、かわいすぎる―
「あ、そうそう、月で思い出したんだけど……」
南は、微笑みながら続けた。
「『月姫』ってゲームがあってね、同人サークル『TYPE-MOON』制作のビジュアルノベルなんだけど、あれは神作だったなー! シナリオ担当は奈須きのこ先生、グラフィック担当は武内崇先生。なんていうか、世界観が好きだったなー! アニメ化や、漫画化もされたけどやっぱり原作が一番だなー、私的には。でね……」
南は、目を輝かせて話し続ける。
西園寺は、驚き、驚きのあまりに笑ってそれを聞き続けていた。
―僕のドキドキを返してください―