3択目
智春が獣人の一人を押しのけると、その奥にそいつはいた。
屈強な体。
胸板は厚く、脚は丸太のように太い。
顔には濃い化粧。
そして腰には、堂々とふんどし。
近づくと、無駄に良い匂いが漂う。
智春の口が、勝手に開いた。
「な、なんやお前……」
イノシシの獣人は、首をかしげて微笑んだ。
「あら。あなた……嶽山智春って言ったかしら?」
「なんで俺の名前知ってんねん」
「学園中で話題になってたわよ。
魔法が効かない異物だって」
智春は鼻で笑った。
「へえ。名前が売れるんはええことやな」
その後ろから、エリックが入ってくる。
「全然よくないですけどね……」
智春はイノシシを見上げた。
「で?お前は?」
イノシシは胸を張った。
「自己紹介が遅れたわね。
私はジョン・パットンよ。
パト子って呼んでね♡」
智春は一瞬、言葉を失った。
「おいおい、思い切ったキャラ作ったな。扱い切れるんか?」
「大丈夫よ。扱えなかったら私が勝手に暴れるから」
その時、囲んでいた獣人たちは顔を歪ませていた。
「おい」
低い声がいくつも重なる。
「見たらわかると思うけど…… 私は男の体に女の心なの」
智春は反射で突っ込んだ。
「おまえ自認は女のくせにふんどし履いとんかい」
パットンは得意げに顎を上げた。
「これは鍛え抜かれた体を見せつけたい男の魂よ」
「おまえ心は女ちゃうんかい! 一貫性なさすぎるやろ!」
パットンは、ゆっくり笑った。
「体と心が乖離してる時点で、一貫性なんかないわ……
一貫性がないことに一貫性があるのよ」
智春は口を半開きにして固まる。
「ふ、深い……」
ブレアがすぐ横から冷たく落とした。
「別に深くないわよ」
「おい!」
周囲の獣人たちの声にはさっきより怒りがこもっている。
「で?そのオカマが、なんでこんな学校通ってるねん」
「決まってるでしょ?」
パットンは胸に手を当てた。
「乙女として、強い男に守ってもらうためよ。だから……」
その続きを、怒鳴り声が遮った。
「ごらぁ!! 無視してんじゃねえぞ!」
獣人たちが前に出てくる。
顔が歪み、目が血走っている。
パットンが、獣人たちを見下ろす。
目が笑っていない。
「あんたたちみたいな雑魚に用はないの。早くアイゼン様を呼んできなさい」
智春が獣人たちに向けて手をひらひら振った。
「お前らまだおったんかい。ほら、子供は下校する時間やぞ」
獣人の一人が、唇を引きつらせる。
「クソが……舐めやがって……」
智春は口角を上げた。
「お?なんや、やる気か?」
ブレアが即座に腕を伸ばす。
「ちょっと智春!やめなさい!」
獣人が叫ぶ。
「あぁ、殺してやるよ!」
智春はブレアの腕を軽く外し、パットンを片手で後ろへ下がらせた。
「下がっとけ、パト子。強い男らしく守ったるわ」
パト子はうっとりした声を出す。
「あら、紳士ね。でも気をつけてね、智春ちゃん……」
獣人たちが、ぞろぞろと増えた。
校門の影。
路地の角。
屋根の上。
笑いながら集まる視線が、全てこちらに向いている。
パットンが小さく言う。
「こいつら、数だけは多いから」
智春はさすがに顔をしかめた。
「またか! ゴキブリかこいつらは!」
エリックが額に手を当てた。
「はぁ。これからこんな人と一緒に行動するのか……」
獣人たちが飛びかかろうとした、その瞬間。
「とまれ!!!!」
獣人たちが、ぴたりと止まった。
ざわめきが引いて、道だけが開く。
煙の匂いが、甘い香りを押し退ける。
そこから現れたのは銀狼の獣人だった。
タバコを咥え、片目だけでこちらを見ている。
パト子の顔が一気に明るくなる。
「アイゼン様!」
アイゼンは面倒そうに眉を動かした。
「お前もいたのかよ…… まぁいい。大人しくしとけ、パットン」
「はい♡」
パットンは即答し、一歩下がる。
アイゼンは煙を吐きながら、ゆっくりと智春の前まで歩いてくる。
それだけで、周囲の獣人たちが息を呑んだ。
アイゼンはタバコの箱を軽く振り、智春へ差し出した。
「一本どうだ?」
智春は躊躇なく抜き取る。
「あぁ、もらおか」
口に咥えると、アイゼンが人差し指を上げる。
指先に一瞬、赤い熱が灯った。
それを、智春のタバコへ近づけ火をつける。
アイゼンが低く言う。
「嶽山智春……だな?」
智春は煙を吐き、顎で返す。
「あぁ。お前は…… アイゼン言うたか?」
「自己紹介はいらねぇみたいだな。テメェはなんで俺ら獣人族に喧嘩売るんだ?」
智春は笑った。
「別に理由はないなぁ。俺は売られた喧嘩買っただけや」
アイゼンの眉が少し上がる。
「テメェ……ばかだろ」
「ぁあ!?」
アイゼンは煙を吐きながら続けた。
「右も左もわからねぇ転校生をしめるのも忍びねぇからな。選ばせてやる」
獣人たちが息を止める。
アイゼンの声がゆっくりと落ちる。
「明日以降、金輪際この学園の敷居を跨がねぇか。圧倒的な数の力で殺されるか」
智春は鼻で笑った。
「しょーもない2択やな」
アイゼンが口元だけで笑う。
「ふっ。テメェが悪いんだぜ? 俺たち獣人族を本気にさせちまったからな」
そして、軽く手を上げ振り返った。
「じゃあな。今日は勘弁しといてやる。テメェが底抜けのバカじゃねえことを祈ってるぜ」
歩き出そうとした瞬間、肩を掴まれた。
足が止まる。
振り向く間もなく、拳が顔面に叩き込まれた。
「もう、喧嘩始まってるんやんな?」




