2人の笑み
「察しが悪いわね。私はイオセブ・ブレア」
黒いブレザーの少女はそう言い切ると、智春の顔をじっと見た。
「あなたと同じ調査員よ。国王から聞いてるでしょう?」
「調査……? あぁ、なんかそういう話やったな」
智春は砂埃を払うように手を軽く振り、適当に頷いた。
ブレアの目が細くなる。
「呆れた。あなた忘れてたの?」
ブレアは一歩だけ距離を詰め、声を少し落とした。
「私たちはね、原還の盟という犯罪組織が、この学園……いや、この都市で暗躍してるという情報を掴んだの。だから調査のために、ここに来てるのよ」
「そうやそうや。そんな感じやったな」
智春は顎を指で撫で、思い出したように言う。ブレアは息を吐き、言葉を短く切った。
「わかってないでしょ……まあいいわ」
ブレアは智春の全身を一度だけ見て言う。
「魔法が効かないあなたなら、盾ぐらいにはなるでしょ」
「人を生贄扱いしやがって」
智春は口を尖らせるが、すぐに肩をすくめた。
「まぁええわ。あのアホの国王が、あと一人、人間の調査員がおる言うとったな。あと、勇者を頼れって」
「勇者は二年よ。この学園の人間たちを束ねてるわ」
「どんな奴なんやろな。早く会ってみたいわ」
「勇者に関してはロクな噂は聞かないわね」
「勇者やのに?」
「勇者なのによ」
ブレアは視線を外さず、少し間を置いて続ける。
「それより、あと一人の調査員は誰かわからないわね。名前は聞いてないの?」
智春は目を逸らした。
「……」
ブレアはため息をつく。
肩がわずかに落ちた。
「忘れたのね……あなたって本当に……」
「ごめんて!」
智春は両手を合わせるみたいに軽く前に出した。
「それと、さっきは助けてくれてありがとうな」
智春は手を差し出す。
「まぁこれから頼むわ」
ブレアは一瞬だけ迷って、差し出された手を握り返した。
「ええ、よろしくね」
ブレアはすぐに手を離し、釘を刺す。
「言っておくけど、助けるのは今回だけだからね!」
「わかったわかった」
「調査員も、そのうち接触してくるでしょ」
ブレアは智春の顔をまっすぐ見た。
「とにかく。これ以上問題を起こさないでね!」
「あぁ、それはわからんなぁ」
「ちょっと──」
ブレアが言いかけたところで、智春が笑う。
口角が上がり、目が細くなる。
「それはあいつらの出方次第やな。喧嘩売ってくるなら全部買うだけや」
ブレアは深くため息をついた。
「はぁ……不安だわ……」
「まぁ、行こうで。初日から大遅刻や」
「大丈夫でしょ。この学園で授業なんか、あってないようなものだから」
「なんやそれ最高やんけ!」
智春とブレアは校舎の方へ歩き出した。
次の瞬間、智春が立ち止まり声を上げた。
「ちょっと待ってくれ! このままいくんか?」
「このまま?」
「俺に魔法が効かん理由とか。お前は姫なんかとか。調査って何するんかもまだよくわかってへんぞ」
ブレアは振り返らずに答えた。
「そうね。……まぁ、それはおいおいわかるでしょ。ちゃんと考えてるはずよ」
「おいおいか」
「おいおいよ。とにかく行きましょう。今回は私たちの出番、これで終わりだから」
智春は一拍置いた。
「……そうか。ほな行くか」
その頃。
銀狼が獣人たちを引き連れて体育館に入っていく。
体育館の大扉が開くと、中は獣人で埋まっていた。
腕を組んでいる者。
傷だらけの者。
壁に寄りかかっている者。
一年から三年まで、獣人はここに集まる。
体育館は獣人たちの縄張りとなっている。
一番奥に巨大なバイソン獣人が座っていた。
全身を覆う濃い褐色の毛並み。
肩幅は異様に広く、胸板は制服の上からでもはっきりと分かるほど盛り上がっている。
太い首が頭を支え、そこから緩やかに曲がった二本の角が伸びている。
「戻ったか、アイゼン」
「はい。トルマンさん。
すいません、少し止めるのが遅れました」
アイゼンは背筋を伸ばし、頭を下げる。
体育館の空気がわずかに締まる。
「危うくあの姫に喧嘩を売るところだったんだって?」
「はい……」
トルマンは立ち上がりアイゼンに近づく。
次の瞬間、腹に拳がめり込んだ。
「ぐふっ!」
アイゼンは腹を抑えながら膝をつく。
「めんどくせえな。いまは魔族とやり合ってる暇はねえんだ」
「1年坊の管理はお前に任せたんだ。ちゃんとやりやがれ」
アイゼンはふらつきながらも立ち上がる。
腹に手を当てたまま、頭だけ下げ直した。
「はい……
すいません……」
トルマンはタバコに火をつけながら聞いた。
「で? その調子乗った転校生はどうする気だ?」
アイゼンは視線を上げる。
「俺がやってもよろしいでしょうか」
「あぁ。好きにしろ。俺が出るまでもねぇ。あいつにあやをつけられても面倒だしな」
「ありがとうございます」
トルマンは煙を吐き、指先でタバコを軽く持ち替える。
「ただし、獣人の面子は潰すなよ」
「はい」
アイゼンの口元が、ゆっくりと歪む。
「……あの転校生は俺が殺します」
転校初日。
やっと、話が始まりそうだった。




