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てっぺんの景色

 激しい打撃音が、焦げた校庭中に響いていた。


 智春とトルマンの拳がぶつかるたび、地面が低く震える。


 エリックは細めた目で、その立ち姿を見つめていた。


「お互い、もう立っているのも限界のはずですが……」


 その横で、パットンはアイゼンを支えたまま額の汗を雑に拭った。


「えぇ。そろそろ決着つきそうかしら」


 ブレアは一歩だけ前へ出て唇を噛み、拳を胸の前で握りしめる。

 胸の奥から、堪えきれない声が絞り出される。


「勝ちなさい! 智春!!」


 その声に、智春の目だけが鋭く反応した。


「あたり前やッ!」


 智春が大きく息を吸い込む。空気そのものが揺らぎ、彼の胸へ吸い寄せられていく。


 肺が焼けるように熱い。

 それでも、まだ一歩分だけ余力が残っている。


「これで……決めるで……!」


 向かい合うトルマンも、口の端をわずかに吊り上げる。血だらけの顔で、獣のように笑った。


「上等だ……異物ゥ……!」


 二人は同時に地を蹴る。

 限界を越えた筋肉が悲鳴を上げるより早く、拳が振りかぶられた。


 空気が裂け、一瞬だけ音が消えた。


 次の瞬間、拳同士が互いの顔面に突き刺さった。


 鈍い衝撃が重なり合い、地面の奥まで響き渡る。


 揺れが木々の幹を伝い、焦げた枝葉が音を立てて落ちた。上空では、怯えた鳥たちが一斉に舞い上がる。


 智春とトルマンの身体が、それぞれ反対側へ弾き飛ばされた。

 二人とも足元がもつれ、よろめきながら距離が開いた。


 智春は視界が白く弾けるのを、歯を食いしばって押さえ込む。

 膝が折れかけた瞬間、地面を踏みつけるようにして踏みとどまった。


「はぁ……はぁ……っ」


 肩で息をしながら、ぎりぎりで立ち続ける。

 全身が悲鳴を上げているのに、足だけはまだ前を向いていた。


 トルマンも同じように、ふらつきながら智春を睨む。


 その瞳にはまだ闘志の火が残っている。


 だが、次の瞬間。

 その火を支える力が、ふっと抜けた。


「クソ……が……」


 膝がゆっくりと折れる。

 大地に片膝をついたあと、そのまま前のめりに崩れ落ちた。


 獣人の王は倒れる際も前のめりだった。


 うつ伏せの姿勢のまま、土を掴むようにして静止する。

 校庭に、ほんの一瞬だけ静寂が落ちた。


 智春は膝に手をつき、荒い呼吸を整えながら、その背中を見下ろした。


「……ふぅ、やっとか」


 少しだけ目を細める。

 倒れた背中を見つめたまま、小さく呟いた。


「あんたとはもっかい、ちゃんとやりたいな」


 喉の奥に引っかかった血を飲み込み、続ける。


「トルマンさん……」



 ブレアが息を切らせながら駆け寄ってきた。

 焦げた土を蹴って、真っ直ぐ智春の隣まで走り込んだ。


「智春……」


 智春は上体を少しだけ起こし、ブレアの顔を見る。疲れきった顔だが、口元だけは緩んでいる。


「ブレア……すまんかったな……」


 そう言った直後、その肩に無骨な腕が回された。パットンが無言のまま支えた。


 智春は少しだけ体重を預け、気まずそうに笑う。


「悪いな……」


「大丈夫よ」


 パットンはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、智春と拳を軽くぶつけた。


 そのやり取りを見ていたエリックが、ようやく張り詰めた肩から力を抜く。


「本当にトルマンを倒すなんて」


 眼鏡を押し上げ、呆れたように息を吐いた。


「めちゃくちゃですね、君は……」


 智春は苦しそうに息をしながらも、口元だけで笑う。


「最高やろ?」




 渡り廊下の上では、ヴェレスが静かに目を細めていた。その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「一年がトルマンを倒すとは……面白い」


 そこへ、別の足音が近づいてくる。

 凱人はヴェレスの横に並ぶなり、にやっと笑う。


「よぉ、ロリコン」


「誰がだ」


 凱人は笑ったまま顎で下をしゃくる。


「あいつが姫に手を出そうとした時、内心バクバクだっただろ」


 ヴェレスは少しだけ肩をすくめた。


「確かに。ブレアに指一本でも触れていたら、あいつの原型は留めてなかっただろうな」


 そのまま視線を凱人へ向ける。


「そんなことはいい。俺の首でも取りに来たんじゃないのか?」


 凱人は鼻で笑った。


「はっ。テメェら四人はそのうち始末してやるから、きれーに洗って待ってろ」


 言い終えてから、視線を下へ戻す。


「なぁ、あいつ……どう思う」


 ヴェレスも再び智春へ目を向ける。


「あぁ、面白いやつだ。今年の一年は荒れそうだな」


 二人は再び智春たちに目を移した。




「はぁーーー」


 智春は長く息を吐く。


「疲れた」


 その場に、アイゼンが歩いてくる。

 まだふらついているが、目だけは妙にすっきりしている。


「智春……」


 智春はそちらに顔を向けた。


「アイゼン……お前らの大将やばすぎやろ」


 アイゼンも口元を緩めた。


「はは……だろ?」


 そう言って、ポケットからタバコを取り出す。一本抜いて智春に渡した。


「ほらよ」


 智春は受け取りながら、軽く眉を上げる。


「何本も悪いな」


 アイゼンは指に火を灯した。

 その火をタバコの先へ近づける。


 赤く燃えた先端から、細い煙が立ち上った。

 智春は一口吸い、深く息を吐く。


 煙越しに校舎を見上げた。

 渡り廊下では、ヴェレスと凱人が並んでこちらを見ている。


 屋上には、腕を組んだ赤い鬼が笑っていた。

 塔の上にあった気配は、いつの間にか飛び立っていた。


「でも……この学園にはもっとやばい奴らがおるんやな」


 アイゼンも同じ方向を見ながら答える。


「あぁ……」


 智春は煙を吐く。

 口元に、疲労とは別の笑みが浮かんだ。


「ほんま、おもろいとこやな」


 焦げた校庭。

 壊れた地面。


 上から見下ろす怪物たち。


「この学園のてっぺんの景色……どんなんやろな」


 アイゼンは少しだけ目を細める。


「さぁな……」


 少し考えるように息を吐き、続けた。


「わからねぇから見にいくんだろ?」


 智春はにやりと笑った。


「わかっとるやんけ」


 タバコを指で弾き、足元に落とす。

 靴裏で踏み消しながら、前を向いた。


「てっぺん……取りに行くか!」


 その言葉に、パットンが目を細める。


「ふふ、てっぺんへの道……付き合うわよ、智春ちゃん」


「あぁ、一緒にいこか」


 エリックがすかさず口を挟んだ。


「あのー、調査のこと忘れてませんか?」


 智春とパットンが同時にそちらを見る。

 ブレアは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。


「いいんじゃない?」


「えっ?」


 ブレアがさっと二人の腕を引いた。

 智春とエリックの顔を自分の方へ寄せる。


 そして、アイゼンに聞こえないくらいの小さな声で言った。


「原還の盟はこの学園の卒業生を兵力に巻き込もうとしてるらしいから」


 少しだけ智春を見る。


「てっぺん目指して、目立てば向こうから接触してくるでしょ」


 エリックは一瞬考え、それから頷いた。


「確かに……」


 智春は笑う。


「お、ラッキーやな。一石二鳥や」


 その軽さに、ブレアの眉が動く。


「ただし! こんな無茶はもうやめること!」


 智春が露骨に視線を逸らした。

 ブレアは構わず続ける。


「街にもきな臭いところはあるの。その調査もちゃんとやること!」


胸の前で拳を握る。


「わかった?」


「わかったわかった」


 投げやりに返したその瞬間、ブレアの目がさらに細くなる。


「本当にわかったの?」


 ブレアは智春の学ランの裾を掴んだまま、顔を伏せた。


「本当に……心配したのよ……」


 言葉の最後がわずかに震えた。

 次の瞬間、ブレアの瞳から涙が落ちる。


「ブレア……すまんな……」


 さっきまであれだけ啖呵を切っていた男が、明らかに弱っていた。


 パットンがその様子を見て笑う。


「あら、智春ちゃんも女の子の涙には弱いみたいね」


 智春は完全に動揺していた。


「いや……その……」


 言い訳を探している間に、ブレアはそっと涙を拭う。そして智春から見えない角度で、ブレアは片目を閉じ、舌を出した。


 その悪戯っぽい仕草に気づいたのは、パットンだけだった。


「ふふ、悪い子ね♡」


 ブレアは何食わぬ顔で前を向き直る。


 智春はそんなことにまるで気づかず、まだ困ったまま頭を掻いていた。




 しばらくしてから智春は大きく息を吸い込んだ。


 目の前には、壊れた校庭。

 見上げれば、怪物のような連中。


 横には、妙な仲間たち。


 その全てが、智春にはたまらなく魅力的だった。


「ほんまに最高やな、この学園は!」


 顔いっぱいに笑った。


「ワクワクしてまうやんけ」

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