どこまでやるか
トルマンは地面に倒れ、鼻から血を流していた。
その光景に、校庭が静まり返る。
「トルマンさんが……血を……」
誰かの声が、震えながら漏れた。
その声を切り裂くように、パットンが叫んだ。
「畳みかけなさい!」
「わかっとる!」
智春はすでに走り出していた。
距離を詰め、起き上がりかけたトルマンの頬を打ち抜き、巨体が後ろへ揺れた。
さらに踏み込み、拳を連続で叩き込む。
鈍い音が続けざまに鳴る。
トルマンは防ぎきれず、拳を受け続けた。
巨体がわずかに後ろへ押されていく。
だが、トルマンの腕が振り払われ、智春の拳が弾かれる。
衝撃が走り、二人の体がわずかに離れた。
「あぁ?」
低く漏らしたトルマンは、袖で鼻血を拭った。
さっきまで顔に浮いていた苛立ちは、もう消えていた。ただ、目の色だけが変わる。冷たく、狩りをするような目だった。
トルマンが、低く呟く。
「頭に血が上りすぎてたな……」
智春は止まらず、間合いを潰すように踏み込む。
トルマンは左腕を上げ、その拳を受ける。
(このガキには魔法は効かねぇ……まぁ試してみるか)
智春の次の拳を捌きながら、トルマンの拳が腕へ叩き込まれる。
爆発は起きない。
トルマンは一歩退いた。
智春が追いかける。
その踏み込みの瞬間、トルマンは智春の前の地面を拳で叩いた。
地面が爆ぜる。
爆風が智春の体を正面から叩き、宙へ吹き飛ばした。
「っ……!」
智春が地面を転がり、膝をつく。
(あぁ……だいたいわかってきたな)
トルマンは血を拭い、立ったまま智春を見下ろした。
(こいつに魔力が干渉することはない)
目を細める。
(が、魔力を用いた物理現象は作用するみてぇだな)
智春が立ち上がり、再び踏み込む。
それを見たトルマンの口の端が、わずかに歪んだ。
低く、独り言のように言う。
「タネはわからんが……子供騙しだな」
その瞬間、トルマンは地面を殴った。
爆発が土煙を巻き上げる。
智春の視界が一瞬で塗り潰され、足が止まった。
次の瞬間、地面を蹴る音が鳴り、爆発が連続する。一歩ごとに地面が爆ぜ、トルマンの巨体が加速していく。
煙の中を、音だけが移動していく。
智春が振り返った時には、もう遅かった。
背後からトルマンの足が脇腹へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
傷口が裂ける感覚があった。
包帯の下が一気に熱くなる。
智春は前のめりに崩れかけ、歯を食いしばって堪えた。
距離を取り、息を整える。
だが、トルマンは止まらない。
地面を蹴るたびに爆発が起き、その反動で加速する。
右で爆発音が弾けた。
振り向いた瞬間、左から衝撃が叩き込まれる。さらに背後で爆発が鳴る。
拳が頬に叩き込まれ、視界が白く弾けた。
続けざまに、蹴りが脇腹を抉る。
(速い……読めへん)
かわす間もなく、次の爆発が鳴る。
横から衝撃が叩き込まれ、体が揺れた。
続けざまに別の衝撃が背中を打ち抜く。
体勢を立て直す暇もなく、また別の衝撃が突き刺さる。
智春は防ぐこともできず、ただ受け続けるしかなかった。
そして、拳が鳩尾に突き刺さる。
肺の空気が一気に抜け、地面を滑り、吹き飛ばされた。
それでも、智春はふらつきながら立ち上がる。だが、足が震える。
智春はその震えを止めようと、自分のももを何度も殴りつけた。
「くそ……動け……ッ」
皮膚の上からでも、壊れかけた筋肉の悲鳴が伝わってくる。
それを見たトルマンが、肩で荒く息をしながら言う。
「何だよ……もう終わりか?」
それでも口元は歪んでいた。
魔法を使わずにゆっくりと迫ってくる。
巨体が近づくたびに、地面が重く鳴った。
「こんなもんで……終われるかい……」
前へ飛び込み拳を振り上げる。
だが、その一撃には重さがなかった。
ぬるい。
自分でもわかるほど、薄い殴りだった。
トルマンは鼻で笑いながら、その拳を片手で受け止める。
指がめり込むほど強く握られ、智春の拳が止まった。
そして低く呟く。
「……終わりだな」
その直後、トルマンの踵が腹を捉えた。
智春が息を吸うより早かった。
「ぐふっ──!」
喉を裂くような声が漏れる。
智春の体が宙を舞い、校舎へと叩きつけられた。
背中に走る衝撃で、呼吸が止まる。
校舎にひびが走り、砕けた石が肩に降りかかった。
そのまま、トルマンは智春を壁に磔にするように殴り続ける。
腹、顔、胸、横腹。
石片が砕け、智春は血と砂にまみれる。
意識が遠ざかっていく。
視界の端が黒く滲み、音が遠のく。
その中でも、トルマンの声だけは妙に近く聞こえた。
「ほらどうした? さっきまでの威勢はどこいったんだよ」
拳が振り下ろされるたび、鈍い音が広場に響いた。
血が飛び、智春の体が揺れる。
そしてトルマンが、完全な殺意を乗せて叫ぶ。
「死ねっ!!!」
大振りの一撃。
鈍い衝撃が広場に響き、血が地面に落ちる。
「あぁ?」
眉をひそめたトルマンの視線の先で、パットンが片膝をつき、智春の前に立っていた。
口元から血がこぼれ、それでもその大きな背中は退かない。
エリックが喉の震えを押し殺しながら、はっきりと言い放つ。
「そこまでです」
その横でパットンが、血を吐きながらも絞り出すように言う。
「もう……十分でしょ。
この喧嘩、私たちの負けよ」
(なんて一撃なの……
智春ちゃんはこんな拳を何度も……)
トルマンはその言葉を鼻で笑うように吐き捨てた。
「誰に意見してんだてめぇ」
ゆっくりと歩み寄る。
「どこまでやるかは、俺が決めんだよ」
ブレアはパットンの肩を支えながら、トルマンを睨んでいた。
その瞳を見たトルマンはさらに口元を歪める。
「いつまでも兄貴の威を借りていきがりやがって」
そして、冷たく言い放つ。
「お前から殺してやろうか?」
トルマンがブレアへ手を伸ばしたその時。
「トルマンさん!」
かすれた声が飛んだ。
「あ?」
トルマンが振り返ると、そこにはアイゼンが立っていた。
顔は腫れ、全身は傷だらけで、今にも崩れそうな姿だった。
それでも銀灰の瞳だけは、まだ死んでいない。
アイゼンは血を吐きながら、どうにか言葉を押し出す。
「トルマンさん……」
呼吸を詰まらせながらも、目を逸らさず続けた。
「まだ……魔族とやるには数が足らねぇ……
今日はここまででいいでしょう……」
トルマンの目が細くなる。
「どいつもこいつも……」
低く吐き捨てながら、ゆっくり近づく。
「テメェはいつから俺に説教できるようになったんだよ!」
次の瞬間。
拳がアイゼンの顔面に叩き込まれる。
アイゼンの体が何度も揺れる。
それでも意地だけで立ち続けていた。
それを見たパットンが、悲鳴みたいな声を上げる。
「アイゼン様!」
パットンが駆け寄ろうとした瞬間──
肩を掴まれた。
「ええこと言うな自分……」
パットンが振り返る。
そこには──
血まみれのまま、智春が立ち上がっていた。
「どこまでやるか決めるんは……俺らやろ」




