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プロローグ
体が重い、いつもの朝とは少し違う不快な重みで目が覚めると、目の前には見知らぬ顔がまじまじとこちらをのぞき込んでいた。サファイアのようなブルーの瞳に朝日が乱反射して光っている。美しさを体現したかのような透き通るプラチナブロンドの髪はわずかに私の頬に触れるほど近く、そのわずかに触れた髪の毛の感触が、彼の存在が神話や空想ではないということを雄弁に物語っていた。
吐息がかかるほどの距離になぜこれほど美しい男性がいるのか。しばし思考が停止し言葉を失っていると、彼は私が目を覚ますと思っていなかったようで、少し眉をひそめてばつが悪そうにのぞき込んでいた顔を遠ざけた。
「おい、私の前でいつまで寝ているつもりだ。起きて状況を報告するべきなんじゃないのか?」
起き抜けにそんな態度をとられても、彼が誰なのかを知らない私はかなり困惑した。
顔だけなら天使のように美しいのにこの横柄な態度はいったい何なのか。多分偉い人だろうから怒らせないように当たり障りなく自分の状況を説明しないといけないな。
「あの、あなた様がどなたか存じ上げませんが状況の報告とは何ですか?」
プラチナブロンドの天使は思いもよらぬことを言われたようにますます険しい表情になった。
「私を知らないだと? ドラゴン討伐の時にともに戦ったではないか」
美しい人が顔をしかめていると何かこっちが悪いことをしているような気分になる。
「ドラゴン討伐とは? 私が倒したってことですか?」
「ああ、まさかお前が記憶をなくしているとは想定外だったがな。目が覚めたら詳細の報告をしてもらおうと思っていたところだ。貴様の胸に浮き出たその紋章について聞かないといけないからな」
プラチナブロンド様が見ている先を見ると、ゆるくほどけた寝巻の胸元に見覚えのない紋章が浮かび上がっていた。胸のかなりきわどいセクシーな位置に浮かび上がったその紋章には全く見覚えがない。記憶がないので当然なのかもしれないが、心当たりすらなかった。親にもらった体に傷をつけちゃいけないよ、っておばあちゃんがよく言ってたなぁ。私が自分で刺青を入れるわけがないから、これは何かの間違いだろう。シールとか、もしかしたらペンで書いた落書きかもしれない。
「その紋章からドラゴンの魔力と同質の何かを感じる。しっかり説明してもらうまで結婚式は延期だ」
「結婚式? 誰と誰が結婚するんですか?」
「私とお前の結婚式だ、救世の巫女アルナよ」
「え、なぜ私たちが結婚を!?」
「あれほど私と結婚したがっていたのにいまさら何を言う。ドラゴンを討伐した英雄は王族と婚姻を結ぶ。そういう決まりだと何度も言ったではないか」
「ちょっと待ってください。私は今、全く今までの記憶がないんですよ! あなたの名前もわからないですし、ちょっと話が急すぎるのでは!?」
「だから延期だといったんだ。呪いを受けた人間を王族に迎えるわけにはいかないからな。ひとまず目が覚めたことだし、人をよこすから身体を清潔にしろ。話はそれからだ」
王子らしきプラチナブロンド様はそれだけ言い放つとさっさと部屋を出て行ってしまった。彼が出て行ってすぐに入れ替わるように侍女が身体を清めるお湯とタオルを持ってきてくれた。
私がどれだけの間眠っていたのかは覚えていないが、王子と会うには恥ずかしい程度には湯あみが必要な状態だった。
侍女らしき人が手伝ってくれようとするのを丁寧に断って、新しく用意された清潔な服に身を包んだ。清潔にすると気持ちも明るくなる。
記憶喪失になって何もかもが意味不明だったので、私は一度ここまでの状況を整理することにした。
まずは私がドラゴンの呪いを受けているらしいこと。そしてドラゴンを倒したので王子と結婚するらしいこと、しかし呪いのせいで結婚できないかもしれないということ。
この3つは会話の中から分かった。そして記憶を失う前の私は王子と結婚したがっていたということも理解した。ぶっちゃけ今の私はプラチナブロンドの王子とそこまで結婚したいわけではない。名前も知らない相手と結婚したがる奴はいない。常識的に考えればね。
この三つの前提に立って今一番重要なところは、私がドラゴンの呪いを受けているかもしれないというところだ。王子と結婚するにしてもしないにしても、呪いなんて物騒なものは茶々っと取っ払って楽しい生活を送りたい。
なのでこれから最優先の大目標は、呪いをなんとこすることだ。
優先順位が決まればあとは何とかなるだろう。侍女がいうにはこれから事情を聴きに宮廷医師が来るらしい。そのなんかすごい医者に直してもらえばこれからの見通しも立つだろう。
とりあえず私は医者を待つことにした。




