お仕事のその前に
与えられた部屋に荷物を降ろし、再び、
先に訪れた上級大臣のお部屋に戻った。
なにせ、給金以外の肝心の仕事内容の詳細に付いて、詳しく聴いて無かったしね。
ヘンリエッタ上級大臣が、にこやかに迎えてくれた。
再び、お茶を飲むか?と、問いかけられたが、私がやります、今後一切、是非とも私にやらせて頂きたい、
と…、強めのアピールをして、
ようやく?お茶汲みのポジションを確立した。
採用が決まったとは言え、私と言う人間に、望まれる価値が無ければ…
きっと、簡単に捨てられる。そもそも私程度の替りくらい、
いや…私よりもっと優秀な人だって、
この国には、掃いて捨てる程居るだろう。
一歩づつ…少しづつ、少しづつ、この場に、私の重要度を…居場所を、確立していくのだ。
油断するなよ、私。
この部屋は、私が頂いた部屋の更に倍の大きさで、てっきり大臣の執務室…だと思っていた。
が、どうやら違った。
そもそも上級大臣他、この国の中枢を担う方たちは、正面の議事堂と呼ばれる、この国最大の建築物、
外周防護壁の中に、それぞれ立派な執務室が与えられていると言う。
まあ…私如きが、見た事なんて当然無いし、
なんなら、死ぬ迄一切縁の無い場所…なんだろうな。
「ここはね、まだ使い道が決まって無いのよね…」大臣が仰った。
ここは本当に急遽、適当に造った部署だから…って言われ、かなりビビった。
え?…
適当に…造った?それで金貨2400枚?って、なにそれ…怖い…
いやいや、そんな適当な部署って、大丈夫なの?
ひょっとして、明日には消えるかも知れない様な…、
かなり、危ない部署って…ことなのでは?
多分…私の全ての感情が、全部顔に出てしまっていたのだろう…
改めて、大臣から、大丈夫だと念押しされた。
以後…気を、付けようと思う…
「あの…大臣様、勝手なお願いですが、私は田舎から上京した故に、この場所の全てに無知です。ですので…」
ああ…そうだ、それはそうですよね。では…準備期間って事で、1週間程度…で、良いかな。
そう…では、本格的にお仕事のその前に、
貴方の仕事に関係の有る場所を、出来る限り、全て…見て貰いましょうか。多分、あちこち移動しながらのお仕事でしょうからね。
では、案内人が要りますね。直ぐに用意しましょう。
そう言って、大臣は、指輪を天にかざした。
勿論、知ってた。
知ってはいたが、もう心底驚いた。
大きな悲鳴を上げる一歩前だったが…
一匹の蜘蛛が、天井から、スルスルと降りてきた。
かつての、大きな大きな戦争の時に、
英雄王が使役していた大きな蜘蛛の魔獣…
その子供たちが、この国には、今も多く存在しているのだと。
この国では、蜘蛛は幸運を運び、決して逃さないと言われ、全ての国民から愛される存在で有るのだ。
なので、この国の中で、蜘蛛を殺す事は最大の禁忌、とされている。
だがしかし…
流石に突然か弱い乙女のその目の前に…
蜘蛛が…
急にに現れたら、
そりゃ、誰だってびっくりしますよね?
大臣様は…多分、私を驚かせようとした…っぽいな。
じっと私を見て、クスクス笑ってる。
「あんまり、驚か無いのね、ちょっと残念…」
いたずらっぽい笑いで、大臣は蜘蛛に向かって、
「お願いリューさん、メリーを呼んできてくれる?」と言い、
蜘蛛は、脚を1本上げて返事し、再び天井に消えて行った。
驚いた…あの蜘蛛は、人の言葉を聞き取って…ちゃんと理解してる…
そして、返事も出来るの?
凄いでしょ?とってもお利口なのよ、私の守護獣でね、
お名前が、リュウトって言うのよ。宜しくね。
「あ…はい」
そうだ、確か…この国では要職に就くと、
王様から、それぞれに守護獣を頂くのだと、そう聞いたことがある。
大臣の身辺警護に加え、まさか…雑用も出来る…のに、魔獣?
有能過ぎて、最早、笑うレベルのお話ですけど?あと、ちょっと怖いけど…
しばらくして、部屋の扉がノックされ、獣人が入って来た。
男の、羊系の獣人だった。
「お呼びでしょうか、ヘティ様」
例の件…この子に、色々案内をしてくれる適任者…貴方は誰が一番だと思う?
「はい…そうですね…では、そう…エルドン騎士長辺りが、丁度宜しいかと…」
ああ…そうね、確かに。では、すぐに手配をお願いね。後、こちら…
「あ、エトランと申します、以後、どうぞお見知り置きを…」
「私はメリー、上級大臣の第一秘書官です、どうぞ宜しく…それでは早速…」そう言って秘書官さんは部屋を後にした。
メリーの名前はね、偶然だけど…
王が直接、生まれた瞬間にその場で名付けたのよ。
するともう、あっちこっちで、凄い大きな騒ぎになってしまってね…
以後、王が名付けを遠慮する様になったので、
もう、メリーは、王から名を賜った最後の一人だって…
この国では、凄い有名人、人気者なのよ。
そんな話をしていると、扉が再びノックされた。
「入室致します」大きな声が響いた。




