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その悲しみは、計り知れない程に…

 繭に入って向かった先には、大空を覆い尽くさん程の…異質で異様な光景が、私の目に飛び込んで来ました…


 それはドス黒く…まるで大きな大きな、激しく不気味に動く、生き物の様な雲…


 それは恐ろしい程の、大量の虫が…


 私が居るのは、聞いていたあの…蝗の大群の見下ろせる小高い山の上でした。



 圧巻で…怖い…それ以外、他に言葉は一切出ませんでした…



 あんなのが急に街に来たらば、一体どうすれば良いのよ?


 いや…無理だ、きっとどうにも出来やしない。あれは人がどうにか出来る様な、最早そんな規模じゃない…


 ただ一方的に通り過ぎる大きな絶望の嵐…



 まさしく、あれは天災か厄災なんだ…



 私ったら、余りに驚いて…大口を開けて、暫く固まってしまっていた…



 『あれをな…もっと間近で見るとな、無茶苦茶キモいぞ?お前多分…いやきっと今日は寝れなくなるわな?』王様が静かに笑って、そう仰った。


 …いや、もう既に、この光景だけで、充分悪夢に魘されそうですが…



 あのー、ところで王様…質問が有ります。

 あの虫の大群…傭兵さん達を襲った悪い奴のトコに向かっているんでしょうけど…


 そこに居るのは、全部が全部、皆悪人なのでしょうか?


 『ん?』


 えーっと、そこには普通の…何も知らずにただ暮らしているだけの、普通の人達も、きっと居るのでは無いかと思うのですが…

 『そうだな、老若男女、そこそこは居るだろうな…』


 そう言った人達は…どうなるのでしょうか?

 …見捨てるのですか?それとも、お助けになられるのですか?


 『うーん、そこなんだよ、実際な。俺にもな、全ての弱者を救いたいって気持ちは、ちゃんと有るんだがな…だが、現実問題…そりゃ虫の良い理想論をカタチにした、いや…カタチにも出来無いクソみてえな、ただの夢物語なんだよ…』


 …え?


 『つまりな…そもそも、蝗害はなぜ起きたんだって話しでな…それはこの世界の 理 が、それを望んだからだ。俺が起こした訳じゃ無い。何らかの理由が有るんだろう…

 そしてこの世界じゃな、常にどこかで、こんな事が起きてるんだよ…俺やお前が、見てない、知らないだけでな…』


 …?で、でも…


 『ああ…お前の気持ちは分かるよ。俺も嘗ては…同じ葛藤が、寝ても覚めても常に付きまとってたからな…』


 だったら…


 『今回はまあ…この国の連中は今から酷い目に遭うわけだが…じゃあ、既に違う場所で、そんな酷い目に有った奴も大勢居るんだが、それについてはエトラン…お前はどう思う?』


 え?


『もう一度言うが…俺だって助けてやりたい気持ちは有るんだよ…でもな、仮にも救った以上、そいつら全てを、最後まで責任もって見てやらんといけないよな?』


 …は、はい、そう…ですね…


 『それが一体、この地上にどれだけ居るのか知ってるか?

 そもそもな…例えば、こっちの食い物はな、こっちの国民が、自分達の為に汗水流して作った、自分達の為の食い物なんだぜ?…』


 わかってます…でも…


 『それをな…自分達が食えずに、見ず知らずのヤツの為に全部配ってって…その挙句、自分達が飢えて死んでも、お前はそれでも良いと、本当に思うか?』


 え?…


 『この世界の、端から端まで…その全ての困ったやつを、全部キレイに養えるだけの、そんな立派な甲斐性はな、悔しいが俺には無いんだよ…』



 でも…


『だからな…俺は先ず、俺は…王は、俺の国の民の為に在ると思ってる。その為にはどんな努力もするし、どれだけ辛い目にあっても我慢もするが…

 だがな、うちの草民のそれ以外ってのは…偶然たまたまか、何か訳あってって、そんな場合のみにしてるんだよ…辛いんだけどな…』


 …で、でも…


 『良いか?あれは他所の国で、あそこの国民は全てあそこの王の物なんだ。当然、その全ての責を負うのは、その国の王だけなんだよ…』


 ……


 『あの国民達の全ての未来は、全てあそこの王に委ねられたもので、俺達余所者が、勝手に割り込んでいい様な、簡単な話じゃ無いんだよ。

 そして…その王が、例えば俺達に頭を下げ、助けを乞うた訳でもなけりゃ、寧ろ、こっちの国民の財産を、そいつは簒奪しようとしたんだぜ?

 そりゃ最早、それを助ける義理もクソも、そもそも全く無いんだ…』


 ………



 『まあ…今回は若干、俺の意思が含まれてる側面も有るからな…最低限の事はするつもりだし、既にあそこの王族には、ちゃんと警告もしてやったんだ…』


 …え?


 『うちの名は伏せたが、この蝗害の接近は数日前には既に知らせてある。

 あとは…そうだな、あそこの難民は多少、その審査を緩めてやろうとは思うが…俺に出来るのはまあ…それくらいだな…』



 その時…


 ふと自分の顔を上げた時…私は見たのだ…


 王様は両の拳をギュッと握りしめて…悔しそうなお顔で…


 唇を強く噛み締めておられていたのを…



 本当にお悔しいのだ…



 そうだ…例え神様にだって、それこそなんでもかんでも全て出来る訳では無いんだ…


 私よりもずっと…ずっとずっと常に心を痛め、ずっとお一人で苦しまれて来たんだわ…


 そう…ここで、この景色を見て、そう考えられるのは、まさに王様…いえ、神様だけ…


 普通、それが出来無いから…誰も出来やしないからこそ…


 今、とても悔しそうな神様のそのお気持ちを…

 世界中の誰も、知らないんだ…



 そうだわ…昔聞いたお話の…



 深淵の神様は…その身をかけて、自分の命の尽きるその時まで…全ての弱者を助ける神様だった…



 それが可能なら、少なくとも私達の王様は決してあの国の民を…困った弱者を、絶対に簡単には見捨てる筈は無いのだ。


 私の…

 あの国の普通の人達を助けて欲しいって考えは…そもそも他国の内輪の話で有り、それは全く余計なお世話だって話で…


 出来るんならさっさと自分がやれば良いと…


 今日、今…それを強く思い知った…




 そんなものはうわべだけの…薄っぺらな、本当に安っぽい、正義感だけの綺麗事…

 そこには、なんの責任も伴わない…


 弱肉強食…それがこの世界の絶対の理…


 

 寧ろ、本当に心を痛めていた王様には、


 まるで悪質な、ただの偽善の押し売りなのだと、


 本当に強く思い至りました。



 なんだかまた…


 なんだか…凄く凄く悲しくて、



 本当に悲しくて…



 涙が全然、止まりませんでした…

 

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