灰色の亡霊 後編
目標の傭兵団の保護を、そして無事に安全な船迄送り届けたその後で…
その危険地帯に、わざわざ残った我が国の誇る精鋭中の精鋭達は、保護した傭兵団の足跡を綺麗に消し去り、
そして新たなる筋書きを与える作業をひっそりと行なっていた。
彼らの信じる唯一絶対の主が導き出した、その、ただの机上の空論、そんな答えに、
彼らは危険を顧みず現地へと赴き、
その机上の空論に…そこに、その作り話に命を与える…骨を型取り、肉をつけてゆく。
何も無かったその場所に、本来存在し無い筈の真実が、まことしやかにでっち上げられて行く。
盗賊に追われて逃げ続けた傭兵団は、その逃走中に幾つかの盗賊の拠点を襲撃し、物資の補給をしながらも、怪我や魔獣との遭遇で大半は死に、僅かな生き残りが、ようやく街までたどり着き、
そこで身ぐるみ全てを売り払い…そこに残った僅かな数の傭兵達は、そこで全てを捨てて、全員散り散りに、その街から消えていったと云う…
そんな話が。
そして…街の外には、あちこちに、とても小さな小さな傭兵達の逃走の痕跡が、ほんの僅かに残されていた。
ある場所では…夜を明かした焚き火の跡を隠したものや、
またある場所では、魔獣か何かと遭遇し、戦闘を行なった跡…そしてそこには、隠そうとも隠しきれない、多くの血痕が残されていたらしい。
それぞれは全く別な方向へと、それぞれがバラバラに逃げたのだと、そう思わせるだけの、強い根拠となる何か…が、必ず残されていた。
どれだけ高い能力を持った、名うての傭兵らであっても…手負いの上に逃走中である。痕跡を消して逃走するにしても…
そこに僅かに逃走の痕跡が残ったとしても、何も不思議では無かったし、
その僅かな痕跡さえ、余程注意深く探さねば、決して発見する事さえ不可能な僅かなものしか、そこには残されては居なかったらしい。
実は…その僅かな痕跡を辿っていた謎の集団が居た。
彼らが進んでいく先々で、その本隊と枝分かれするように…
いや、そうさせられていくように、やがてそれぞれが少人数となり、
そしてある場所、ある瞬間に…
追跡をしていたそれぞれが、そこで何故か忽然と、その姿を消してしまったと云う…
それから数日が経った。
バラバラに行動していた兵士たちが、その約束の時間、約束の場所へと急ぎ歩を進める。
その約束は、彼らにとっては絶対であった。その約束を厳守する事が、その身を守る為の唯一の保証であって、
その約束を果たせね時は、仲間には自分は死んだと認識され、そこにそのまま放置される。
それが唯一の掟で有り、彼らにとっての絶対の定めであった。
己に与えられし任務を早急に終わらせて、約束のその場所へと急ぎ向かう、
しかし、どれだけ順調に作戦を遂行していてもそれでも、
最後の最後まで、祖国にたどり着くその瞬間迄、彼等は決して気を緩める事など有り得ないのだ…
僅かな油断が命取りとなる…
自分が死ぬなら、自業自得だが、万が一、仲間の身を危険に晒しでもしようモノなら…
そう、仲間を危険に晒す位ならば、喜んで自分が全てを被る…その、命をもって…
彼らにはそんな、決して揺るがぬ強い信念が有った。
そして…約束のその時、全ての兵士たちが再び顔を合わせる。
だが、大きく喜んだり、騒いだりする者はそこには居ない。いつも軽く、それぞれが挨拶を交わす程度だ。
何故なら…約束を果たすと言う事は、それがどれ程に絶望的な状況であったとしても…
それが彼らにとっては日常、至極当然の事だったからだ。
彼等の集うその約束の場所には再び、数頭の水竜がやって来て…
そして彼らをその、海の沖へ沖へと引っ張って行く。
その先の…沖に停まったとある船へと、水竜は彼等を導くのだ。
その船に人影は無く…薄汚れ、あちこちが壊れたままのオンボロの船…どう見ても難破船にしか見えない…
破れた幌には、遥か昔の…この辺りの海を荒らし回ったと言う、大きな海賊団のシンボルが、
すっかり色褪せ、ほんの薄っすらとだけ、残されていた。
蒼海蛇海賊団の…かつてそう呼ばれた、その海賊らのシンボルだったそれは…
今ではすっかりと朽ち果て、
船はただ揺らめきながら、この広い海原を…
宛もなく、ただ彷徨い続けるのだと言う…
その船には、未来永劫決して消えることのない…神によって付けられた強い強い、恐ろしい呪いが掛けられていると言う…
その船に近づくものは残らず全て、今もその場で謎の死を遂げると云う…
実際…どこにでもいる多くの若い奴らが…多くの怖い物知らずらが…
二度と帰らぬ存在となっているのだ。
それ故に、船は正真正銘、本物の呪いを受けた呪われし船、そう呼ばれる…
神に呪われし幽霊船、その名を フージ と、いう…
しかし…その呪いの船こそが、彼等の作戦終了の目安で有り…
彼らに唯一の確証、彼等を無事、祖国への帰路へと導いてくれる…そんな安心感を与えてくれる存在だった…
一体何故か?
危険な任務に赴いた彼らを最後に迎えに来たのは、
まさに絶望という名の、呪われた幽霊船だったが…
しかし…実はそれはあくまでも、世間に対しての表向きの話であり…
実際は、彼らを安全に祖国まで送り届ける為の…その祖国から送られた、
彼等の為の、決して誰にも干渉されない、ある意味無敵の送迎船だったのだ。
その…おどろおどろしい、いかにもといった外見とは違い、
完璧に偽装されたその秘密の扉の内側には、国の最新鋭の技術と装備が、これでもかと詰め込まれていた。
決して誰も近寄る事も無く…必ず避けて通る幽霊船…
海竜をその船に繋ぎ止め、彼等はその幽霊船へと乗り込む。
やがて、深い霧に紛れ、深い闇にのまれ…
呪われし船は進んでゆく…
ゆっくりとゆっくりと…
更に深い夜の闇が…その船を包んで行き…
遂にその姿は消えてしまうと云う…
それはまさに、姿無き亡霊を乗せ、海原を彷徨う幽霊船であった。
そして人々は云う…
声すれどそこにその姿はなく…
それは突然、どこにでも吹く風の如く…
あらゆる場所へと突如現れ、やがて足跡さえも残さず、忽然とその姿は消えうせてしまうと…
それはまるで、夢か幻のような、そんな話が…そんな部隊が、世界の何処かに有るのだと、
きっと、風に乗り…漂う幽霊船に乗って、
哀れな亡霊達がやって来たのだと…
ただ、そう噂する…
彼等は入隊と同時にその名前を…己の持ち得る一切を捨てさり、
以降、既に死んだ者として扱われると云う…
そう…死して屍、拾う者無し…まさにそれを日常として、
彼等はただ唯一の、己の信じる神の為…
そしてただ、その神の創りし己の祖国の為だけに…
その命ある限り、常に危険な作戦へと、
僅かな希望も無い、絶望の死地へと…
迷いもせず、自ら進んで赴いて行くという…
その進み続ける先に、例えどれだけ恐ろしい地獄が待ち受けようとも、彼等は決して恐れない。
何故なら…その場所には、彼等が信じる神の足跡が…
自分が赴くより遥か先に、
既に必ず、そこに残されて居るからだと云う…
例えそこが地獄であろうとも、彼等は恐れず、ただ神の足跡を追いかけるのだ。
それが帝国軍が誇る、史上最強の隠密部隊…
特殊作戦群第一大隊『陽炎』所属、
そしてその部隊最強の『神の剣』…
強襲揚陸偵察部隊【グレイゴースト】…
それが彼等の…その信じる神より与えられし、
誉れ高き、唯一の呼び名である。
そして今日も…人知れずその命を掛け、幾つもの死線を越えていくのだ。




