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灰色の亡霊 前編

 真夜中、夜明けまでにはあともう少しの時間が有る…夜が、まもなくやってくる朝へと、ゆっくりと向かう頃…


 当然…まだまだ辺りは深い闇と静寂に包まれている。


 風も波も穏やかな海岸近く、


 そこには、水竜の一種、シーサーペント数頭の背に乗り…

 数人の人影が海岸近くの岩場に、ゆっくりと近づいて行く。


 やがて人影が水竜から離れ泳ぎ始めた。


 それは音も無く…辺りの静寂に包まれたままで…やがて人影はゆっくりと、水面から次々とその姿を現した。


 音も無く海岸に上陸した人影は、速やかに少し奥の林へと移動し、

 暗闇にその姿を隠すと共に、全ての仲間の上陸を待ちつつ、同時に周囲の偵察を行う。


 全員の上陸が完了するとそこに残る足跡等の全ての痕跡を消しさり、

 人影は速やかに隊列を組み、あっと言う間に海岸からその姿を消した。


 そこにはまるで、最初から何事も無かったかのように…




 人影の隊列の中から数騎の影が更に、隊列に先行するように飛び出して行った。


 その付近では、幾つかの集落や盗賊らの姿が見受けられた。



 やがてその横を…とても小さな一陣の風が、静かに静かに、誰の気にも留まらぬままに通り抜ける…


 静かに、静かに…



 

 やがて、空がゆっくりと白み始めた。


 暗闇に紛れた人影は一向に止まることもなく、かなりの速さで、相当な距離をただひたすら移動し続けていたが、


 周囲の空気がやがて、夜から朝へと入れ替わるそのタイミングで、


 その隊列は先頭の合図と共に、その深い森の中で、それぞれが木々に身を隠す様に止まり、

 そして、各々が静かに息を整えた。


 やがてゆっくりと朝日が昇りはじめ、辺りに光が溢れ始めた。


 森に眠っていた多くの獣が目を覚まし…そして多くの鳥達の、朝を告げる声が一斉に、次々に、この森の中に響き渡る…


 朝が来た。

 暗闇に紛れていた人影は、その身にまとっていた漆黒のマントを脱ぎ、速やかに裏返して再び着用する。


 その漆黒のマントの裏側には、森の草木に紛れると、まるで消えてしまったかのように見える…なんとも不規則な複数の緑色で染められた、まるで草木の様な模様が付いていた。


 長らく移動している筈なのに…時間としては、それはほんの僅かな休憩だった。

 先頭のハンドサインと共に、隊列は再び速い速度で森の中を移動する。

 大勢が移動している筈なのに、それらは別段大した音もさせず、しかも全ての気配を極限まで殺し…

 そこらにいた付近の獣でさえ、一切それを気にしないままに、その隊列は速く、静かに進み続ける。


 やがて丘を越え、川を横切り、高い山の麓へと差し掛かった時に…


 遂に、彼等の目標だった、一際大きな盗賊のアジトにたどり着いた。


 深い山中の、漸くそこにも朝が来た…

 鳥達の声の中、盗賊達がゆっくりと動き始めようかと言う、まさにその意識の緩い時に、


 アジトには突如、強い一陣の風が吹き込んだ。


 一体何が起きたのか…それを理解出来た盗賊は、残念ながらただの一人も居なかった。


 小さな騒ぎさえも無いまま、突如、静まり返ったアジトではその後、徹底的に内部や周囲の状況が調べ上げられた。


 そして…全ての脅威が無くなった事を確認し終わると…


 再び一陣の風が吹き、そこにはまた、目覚めの朝には相応しくない…

 命の気配もまるで無い静寂が訪れた。

 火に掛けられたままの鍋からは、静かに湯気が上がっていた。盗賊らの生活の匂いを残したまま…そこには誰も、居なくなった。



 同様に、付近の三つのアジトが順番に、人知れず静かに、あっと言う間に…

 彼らによって確実に制圧、処理された。



 そして…更に暫く移動をし、大きな河に差し掛かったその手前の林で、先頭のハンドサインと共に、隊列は静かに動きを止めた。



 やがて…隊列より先行していた複数の斥候が本隊に戻り、それぞれの状況報告が行われた。


 その隊列の隊長は地図を広げ、受けた報告の要点をその地図上に書き込み、やがてそれぞれの部隊長に、各々指示を与えた。


 そして隊列は、そこから幾つかの小さな班になって別れた。


 まるで蜘蛛の子を散らすかのように…




 …



 ……



 とある小さな集落には、盗賊に追われ傷ついた傭兵団が羽根を休めていた。

 その傭兵団こそが、人影の隊列が探していた、まさにその目標であった。


 

 この集落にも…静かに朝の訪れを告げる、多くの鳥の声が既に聞こえていた。


 最接近した彼等の中から一人の獣人が、

 その集落へと、ゆっくりと脚を進める。


 漆黒の闇に紛れ、森の草木と同化して姿を隠し続けたその獣人は、

 今度は敢えて、全ての身体をさらけ出し、ゆっくりと村の入り口に近づいて、

 そして、良く通る大きな声で言った。


 「我等の主の命により、迷子のお迎えが到着した。我が神の子供達よ、今すぐ家へ帰るぞっ…」


 集落からは、複数の歓声が上がった。


 「ご苦労さん、こちらは皆健在だ。昨夜、主もここにお越しになった。移動の準備は既に完了している…」


 エルドン騎士長が、やって来た獣人に敬礼を行い声を掛けた。


 獣人は敬礼でそれに答え、その後で静かに言った。

 『そうですか…我等は又も…王の来訪には遅れてしまいましたか…参ったな、これは次回はもっともっと急がねばなりませんね…ふー、これでもかなり急いでここ迄来たんですけどね…やれやれだ…』


 「いやいや、その王様は…君等は昼前頃の到着だろうと、そう予想されておいでだったのだから、つまり…君等は胸を張って良いと思うよ?我等の王様の、その期待以上だったとね」

 「その騎士長のお慰みの…いえ、お褒めのお言葉、ありがたく頂戴致します…では、早速移動しましょう…」



 …


 ……


 

 獣人を先頭に、集落に居た全ての傭兵達が速やかに移動を開始した。


 向かう先にの木々には、彼等だけが判別出来る目印が付けらており、それを回収しながら、一団は森の中を進み続ける。


 途中…一団は幾つかの小さな盗賊のアジトで休憩を挟んだが、そこは既に、全ての脅威が完全に排除されていた。


 そういったアジト事に、そこに待機していた彼等の仲間で有り、我が国の軍人…この作戦に従事している、

 選ばれし精鋭達が次々とその一団に加わっていった。


 再び夜を挟み、大きな盗賊のアジトで夜を明かした。


 そこでは無くなっていた水も食料も充分に補給出来た。

 一団はそのまま、特に大きな危険に晒される事も無いままに、


 案内された道順を、ゆっくりと辿った。



 その時々で、同じような彼等の仲間の兵士たちが集い、その移動の列に加わって行った。



 やがて一団は、大きな岩場の海岸にたどり着いた。


 そこには…船というには余りにも…なんの飾りっ気も無い、ただの箱にしか見えない不思議な船が待機していた。


 そこに到着した傭兵達が、速やかに船に乗り込むが…


 当の、迎えに赴いてくれた兵達は、それには乗らなかった。


 彼らは軽く礼を交わした後、船は沖へと消えていった。


 それをある程度まで見送った兵士達は、救助した傭兵達の装備をその身に纏い、

 そして傭兵団の残した馬に乗って、そこから更に移動を開始した。


 

 いま来た道筋を暫く戻り、とある盗賊のアジトで、遂にその向きを変えた。


 木々に付けられた目印を追って、時折馬を休めては、彼らはひたすら移動を続ける。


 そして…別れた海岸からは、それは随分と離れた小さな街で…

 彼らは敢えてその姿を晒し、持っていた馬や装備を金に変えた後、


 やがて彼らは、再び深い夜の森へとその姿を消した。



 闇に消えゆくその姿はまるで、夜にうごめく亡霊の様だったという…



 そして、ここにも夜の帳が降りた。


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