傭兵団と騎士長 前編
お食事を頂きました…こんな山の中の、木と草しか無い様な場所で?
きちんと…椅子に座って、しかも立派なテーブルで…
私の常識なんて、本当にちっちゃなモンだったわね…
私と同じ世界には、実はこんなに凄い能力の人が…いえ、王様が居たなんて、
いやだ違う、神様だったよ、神様が居たなんて…ホントに今日、初めて心から納得しました。
あれは、ただのおとぎ話じゃ無いんだと。
若干、ほんの若干…理解し難い事も有るんだけど…
神様のお考えなんて…ただの凡人…この田舎娘じゃそりゃ、到底理解出来ないわよね。
『じゃ、飯も食ったし山から降りて、傭兵団と接触するとしますかね…』
はい、では私は繭に入って準備します。なので…繭をくださいませ。
『お、おう』
私はなるべく素早く、王様が取り出した繭に入った。ここでグズグズしてたら、それこそただ飯食らいの、完全な足手まといだわ。
『じゃ、行くぞ?』王様の掛け声のほんの一瞬後で、
『はいもう、出ていいぞ』って、言われて繭から出た。
少し向こうに、小さな小さな村が見えた。
私達はゆっくりと歩いて…村の入り口に近づくと突然、
凄い勢いで、ビュンって矢が飛んできた。
驚いた事に、王様が直ぐ様武器を構えて、振り被って、『フンッ!』
そう言って、矢を綺麗に撃ち落とした…
落ちた矢を拾って、それを掲げながら、王様が叫んだ。
『王様の耳は、ロバの耳って…そう言ったやつは許さん、死刑な!』
へ?…何?え、ど、どういう意味なの?
呆然と立ち尽くす私の前の茂みから、数人の男達が現れて、直ぐ様膝をついた。
「こんな遠いところまで、わざわざご足労頂き申し訳ない、我らが主様よ…」
「見知らぬ者も見えた故、試す様な不敬も、どうかお許しを…」
『ウンウン、構わんよ。で…?エルドンは?…あいつまだ来てないのか?』
「はっ、実はうちの仲間数人と、途中で逸れてしまいまして…騎士長殿はそちらに…」
『あらら、そっか…
じゃあ九郎、サーチアンドデストロイ、お願いね…』
「御意」
『でさあ、もう一昨日の朝方に、アーデの組が出張ったからさ、
多分…明日の朝…いや、多分昼までには、ここに掛けつけて来るだろう。
だから、お前等は取り敢えずもう、安心していて良いよ。仲間もすぐに俺が見つけるし』
…!
…居た。
「主よ、エルドンを見つけた…少し離れては居るが、特に問題は無さそうだ…」
『そうか、じゃ行くか』
「わ、私もすぐに…」
『ああ…今回はエトランはお留守番だ。彼らと一緒に待機して…食事を置いていくから、彼らのお世話を頼むよ』
「は、はい、かしこまりました…」
王様は再びテーブルを出して…更に食事も取り出した。
『じゃあ、エトラン、頼んだぞ?』
「はい、どうかお気を付けて…」
王様は笑顔で手を振って、九郎さんの脚に捕まってここから飛び去った。
…
よし、王様から直々に仕事を任されたのだ、完璧にこなして見せなきゃ…
「ところでお嬢さん、貴方様は主と…いえ、王様と、一体どのようなご関係でしょうか?…」
え、あ、はい、申し遅れすみません、
私の名はエトラン、我等の王様の、お仕事のお手伝いを任命された者で御座います。
「なんと、王の側近のお方でしたか、これは申し訳ない」
「我等は『銀翼丿傭兵団』と申す。そして…我が団長のグルータスで有ります、どうか以後、お見知り置きを…」
は、はい、お願い…致します。
ダメだわ、お顔が渋くてかっこいいんで、思わず緊張してしまった…
急いでお食事の準備をして、何とか必死で照れを誤魔化した。
お食事は、私達が食べた物とは少し違うカレーだった。美味しそうだが、ここは我慢だ。
順番にどんどんとよそっていく。
「助かったよ…飯は丸二日ぶりだからな…」
「ずっと水だけで、遂には水も尽きかけていたんだよな…」
「いやあ、こんな僻地で温かい飯にありつけるなんざ、こりゃもう奇跡だよな…」
「感謝しても感謝しても、どうにも全然足りんわ~我等の主にはよお…」
皆、凄い勢いで食べてる…丸二日…何も食べずに逃げてたのね、そりゃ、こうなるわね。
王様がお出しになった大きな水の入った樽から、皆が交代で水筒に水を入れ始めた。
その後、見張りで表に居た方々と速やかに交代された。
当然、私は急いでお食事の用意を再開した。
交代された皆さんにも、一応挨拶はしておいたが…
「あの王様のお付って…そりゃ、大変でしょうね?」
「世界で一番危険な場所に、わざわざ自分から首を突っ込むからなあ、主は…」
「でも、その危険な場所でさえ、あのお方の横にいりゃ、もう世界一安全な場所だからな…」
「確かに、そりゃ間違い無いわな…」
同じく、皆さんは水を汲み、そしてテーブルから離れた…いや…場所を開けた?
「もうすぐ、残りの団員が帰って来るからだよ。なにせ…この世界最強のお迎えが行ったからね」
ああ…なる程。それにしても王様の信頼が厚いわね…
ところで…さっきの、王様の耳はっ…て、アレ、一体どういう意味なんでしょうか?
「え?ああ…アレか?」
「ご自分の正体を、確実に我等に伝える為…なんだけど…」
「うちの射手って、結構優秀な、達人なんだよ。動き回る獣人の眉間だって撃ち抜ける位の…」
「そう…それをわざわざ撃ち落として、そんな事出来る人間なんか、そもそもそうそうは居ないんだけどね…」
「はっはっは…そうさ、俺の弓が当たらないこの世界唯一の的だよ?…」
「あの言葉、別に何も取り決めは無くってさ…矢を打ち返して、尚且つ、ご自身の存在を、確実に俺達に分かるようにお伝え下さったのさ…」
「おい、皆充分に気を付けろよ?間違ってロバの耳って言えば、即死刑だからな?」
「まあ…あそこの死刑って、実はただの国外追放だけどな…」
ハッハハッハハッハ…
お腹も膨れ緊張が解けたのか、皆さんの表情は明るかった。
死と隣り合わせの逃亡から…
多分今、王様っていう、絶対の安全を確信したのね…
やっぱり、私が思う以上に、ずっとずっと凄いお方なのね…うちの王様って。
ん?
表が少し騒がしいみたい…
きっと王様がお戻りになられたのだわ。
こちらの賑やかなお話の最中、
どうやら、離れ離れのお仲間が無事に合流した様だ…
私は急いで表に向かった。
そこには無精髭を蓄え、随分疲れ切った騎士長さんが居た。




