あの日のおとぎ話
私がまだ幼かった頃に、うちの屋敷で働いていた獣人の女中が居て、
私がイタズラをして叱られた後に、よく慰めてくれた。
何故急に、彼女の事なんか思い出したんだろう…
そうか、そうだ【深淵】だ…
その言葉で、私の記憶が呼び起こされたんだ…
彼女…メイルーデの膝の上で、よく聞いたっけ。
とっても大きくて強い、真っ黒な神様…【漆黒の大巨神】のお話を。
ぼんやりとだけど…色々覚えている。
子供が分かるような言葉で、ゆっくりと、やさしい語り口調で話してくれてたっけ。
人間も動物も…なんなら神様だって、
生きとし生きる者は全て、等しくその身に魂が有って、
それは良い事をすれば輝き、悪い事をすれば、たちまち曇ってしまうのだと…
「じゃあ…いたずらした、わたしのたましーは、くもったの?」そう聞いた私に、彼女は優しく答えた。
「フフフ、そうですねえ~、ちょっと曇ったかも、しれないですね。でも大丈夫だから」
そして、いつもそこから漆黒の大巨神のお話が始まるのよね。
大巨神様は、決して誰にも負けない程、とてもとても強いのだと。
どんなに大きなお山でも、あっと言う間に平らになって、
どんなに大きな岩だって、あっと言う間に小さな石ころに変えちゃうんだよって…
怖い怖い、大きな大きな魔獣でさえ、その神様から見たらちっぽけな小物だって…
悪い事をすれば、人間も動物も魔獣も…
神様だって、みんなみんな、漆黒の神様がやっつけちゃうのよ。
でも、神様は普段はずっとずっと暗〜い、暗闇の、更にずっと奥の方ででお休みになっているのよ、
だから、その神様が起きる前に、今のうちに良いことを、いっぱいいっぱいすれば良いのよって、そう言ってたな…
その【深淵】ってとこは、何よりも深くて、暗くて何も見えない場所でね、
人が死んだあとね…
そこに…神様のところに行くには、人間は身体を捨てて、魂だけにならないと行けないの。
でもね…そこに行ってもね、その魂が曇っていると、結局暗くて何も見えないの。
でも、魂が輝く人はね、どんなに暗くても、全然迷わずに神様のところへ行けるのよ。
だから、一生懸命頑張って、自分の魂がいっぱい輝くようにしないといけないのよって…
「ねえ、神様はそんなくらいばしょで、ひとりぼっちなの?さみしくないの?」
そうね…きっとお寂しいでしょうね。
だけど…【深淵】はね、入り口は大きいけれど、神様のいる出口は狭くて、
だから神様は、そこにお一柱…お一人でいらっしゃるのよ。
「ふーん…」
あの時聞いた、あのお話の…
その神様が…【深淵の破壊神】様が、私のすぐ目の前にいらっしゃるのよ…
メイルーデが聞いたら、見たら、一体どう思うんだろうか?
冗談だと言って笑うかしら…それとも、一緒に凄いですねって、驚いてくれるかしら?
大巨神って言っても…
実際にはそんなに背も大きくないし、見た目はどう見ても普通の人間だし…
いつも大体ふざけてて…
でも今だって、有無を言わさず、あっと言う間に悪党を懲らしめ…いや、始末されちゃった。
昔聞いたあのお話の神様は…
悪い者には罰を与え、正しき者や、魂の穢れ無き者、弱き者には最大の慈愛をお与えになられるのだと…
その…神様が目の前に居て、
【深淵】から取り出したテーブルと椅子に座って、まさかこんな山奥で、突如お食事をされている。
私にも、出されたその椅子に座れと、そうお命じになられ…
突如、「取ってくるわ」とだけ言い残し、お姿が消えた…
そして数分後、再びお姿を現されて、テーブルの上に食事を並べはじめ…慌ててお止めした。
「ちょっとお待ち下さい王よ。それは、その様な雑事は全て私の仕事で御座います…」
「お?おう…」
お出しになられたのは、カレーだった。
一体どういう方法で…とか、そんな話はもう良い。
私は皿を受け取り、テーブルの上に並べていく。
サラダやスープまで出てきて…かなり驚いてはいるが、なるべく顔に出さぬ様に気をつけた。
最後に九郎様の…
何かの…多分内臓の様なものが入った器をテーブルに置いて、どうやらこれで最後の様だった。
私はグラスに水を注ぎ神様にお渡しし、
別の器にも注ぎ、九郎様の前にも置いた。
うむ…では頂こう。その神様の合図に合わせ、頂きます…っと大きな声で唱えた。
カレーって…やっぱり美味しい、ひたすらに美味しい。
一瞬で意識を持っていかれちゃう…危険だけど、美味しいから仕方ない。
空になった器を神様から受け取って、直ぐ様おかわりをご用意した。
勿論、お水の追加だって忘れない。
そして…九郎様はまだお食べなので…
私もすかさずおかわりをよそった。
本当はもっともっと食べたかったんだけど…
一応…貴族の誇りを言い訳に…
いや、仕事で認められるまでは油断しない…
この後で動け無くなったら困るから、ぐっと我慢して、ご飯少ない目で盛った…
でも…美味しい。
食事が終わるとまた…
ごちそうさまでしたって、そう唱えるの。
そして…食器やテーブルを片付けて…
こんなの、普通有り得ない…完全に、御伽噺の世界だ。
でも…
そのおとぎ話の主人公がやってる事なのよ、これって全部…
だから私も今、きっとおとぎ話の中にいるんだわ。
だから…もう、実は何だって良いのよ、きっと。
とにかく、一生懸命やれば、きっと何とかなるんじゃないかな…
そもそも…私に出来る事なんて、たかが知れてるものね。




