軍の基地
荷馬車に揺られて、とても大きな麦の畑を通過していると、
「よお、エルドンじゃないか!」
と、作業中の男が声を掛けてきた。
おお、なんだ、バルタかよ?
荷馬車が急に停まった。
不思議な事に、直ぐ様御者の二人が飛び降りて、
その作業着の男に敬礼を行った。
男もそれに敬礼を返すと、
いや、すまんな、挨拶だけで停めるつもりも無かったんだがな…と笑った。
ああ、エッタさん紹介するよ。
こちらはただの…うす汚れた百姓じゃ無いぞ?
良いか、聞いて驚け、なんと我が国の英雄、第二国軍の将軍、総司令のバルタ将軍閣下様だ。
おい?エルドンよ、汚いってなんだ、汚いって?
アハハハ、いや、まあ…確かに泥だらけだったわ。
「あの、私はサント領マイトカの領主エドモンの娘で、エトラン アズ スガストルネと、申します、将軍閣下に、ご無礼を謝罪します…」
ああ、いやいや、謝罪は結構ですよ、お嬢さん、ホントに大丈夫ですよ、
だってご覧の通り、今はただの百姓ですからね。
で、…この娘さんが例の?
ああ…でも、なんでバルタが知ってんのよ?
バカ言うな、一昨日既に、メリー秘書官から、三軍全部に特号案件が発令されてるぞ?
え?嘘、特号って?
エッタさんの手回しか?仕事が早いな…
お前の行く先全て、お前の指示に従えと、まあそういう通達だな。
つまり今お前、軍で最上の司令官相当だぞ?
良いか、言動には充分注意しておく事だぞ。
冗談ひとつでも、お前が言えば、戦争だって始められるからな…
おいおい…怖い事言わないでよ?こんな根性無し捕まえてさ…
うわ…じゃ、当然、アインゴル将軍は今、
私が来るのを、虎視眈々、待ち構えてる訳かよ?…あ痛…胃が痛い…
やっぱ、行くのは辞めようかな…
おいおい、それは逆に、絶対不味い事になるぞ?
あの男の事だ、この荷馬車の到着が遅れた今、
きっと大規模な捜索隊とか、小隊どころか、中隊規模で出してくるぞ?
ああ…嫌だ、嫌すぎる、もう帰りたいよ。
「その、アインゴル将軍って方、騎士長さんは、苦手なのですか?」
ああ…エッタさんも会えば判ると思うが、それは恐ろしい位の、とんでもない負けず嫌いでな…
どういう訳か、仕事で私と色々有ってね、
以後、妙に張り合って来るんだよね、私に…
サッと行って、将軍に挨拶せずに帰ろうかって思っていたのにな…
クソ、もうヤケだ。罠だと知って、それでも行ってやるとも、
じゃあな、バルタ…私の骨は拾ってくれよ…
アハハハハハ、ああ、安心して死んでこいって。
軍の施設に、予定時刻より数分遅れて、荷馬車が到着した。
驚いた。完全装備の軍の部隊が、出撃の用意を既に完了して、
私達の到着をを待ち構えていたからだ。
ほらな、これだよ。
やあやあ、エルドン騎士長、特号の指令の元、お待ち申し上げておりました。
もう心配で、なんならうちの最強の部隊でお迎えに行こうかと…
ハハ…よして下さいね、私如きに、無駄に大きく軍を動かすのは…
調子に乗り過ぎると…きっと、怒られますよ?
私みたいに…
ん?おや、どうしたね…まさか、「罰」を?
いやいや、本当かね、そりゃ、なんと、
…ああ、大尉、捜索隊は解散だ、
各自、通常編成に戻り給え。
「はっ!」
そうかそうか、「罰」をね…ほうほう、そうかね…痛かったんだろうね…
「随分と、うれしそうですね、将軍?」
おい君、それは人聞きが悪いよ?
そうだ…あとね、
君に別件で話が有るんだよ、すぐにサルー中尉がくるから、
話を聞いといてくれ給え。
それでは、エトラン嬢、当施設はこの私めが、謹んでご案内致しましょうぞ。
「は、はい…」
アヤツに何をどう聞いたかは知りませんが、私は至って普通の人間ですよ?どうぞ、緊張されますぬ様に。
その後、なぜか上機嫌な将軍と一緒に、施設を色々廻った。
途中…かなり深刻な顔をした、騎士長と軍人さんの顔が見えたが、さすがに、その話までは遠くて、全く聞こえなかった。
しばらくして、騎士長が合流し、
皆で、とっても大きな食堂に入った。
ここは、他の食堂と違って全てが軍の運営で有り、
当然、調理も当番制で軍人が行うのだそうだ。
私も一応…女ですけど…
普段料理などしないクセに、
勝手な思い込みだったけど、男の、ましてや軍人さんが作る料理なんて…
そう思っていましたが、実は全く逆でした。
味も量も凄くて、何より、盛り付けがきれいで驚きました。
将軍は、料理に驚いてる私を見て、更に上機嫌な様子だった。
料理は見た事も無い様な、麺料理と言われる物の中でも、
パスタ、と言うジャンルの、ミートソースだと、
笑顔の将軍が教えてくれた。
濃厚なソースの中には細かく切らてた肉が沢山入っていて、
これも美味しすぎて、
私の理性や意識を、簡単に消し飛ばす、かなり危ないヤツだ…
ここに、一般人の女性が入るのは、かなり珍しいらしく、
食事中の、多くの軍人さんが私を見ていた事も有って…そこは、
…女の意地で、かなり必死に堪えた。
そして全ての予定を終了した…その直後、
なぜか…将軍の掛け声によって、
走って集まってきた多くの兵士の、
左右の長い列に挟まれながら、
何故か盛大なお見送りをされているんですけど…
正直…軍隊って、遊んでる?
それで…いいのかな?と、
若干、疑問に思わざるを得なかった。
帰りの馬車に乗り込んで、さっきの料理の感想を騎士長と話してた。
なんでも、食事が軍人さんの一番の楽しみで有り、
その材料も、自分達が昨年、丹精込めて作り続けたって事も有って、
料理のこだわりや、料理を作る作業の熱の入り具合が、
本職の料理人よりも、遥かに強いそうだ。
更にここに有るレシピのほぼ全てに、
内緒で真王様が関わっているのが、
実は一番の理由なんだがな。
なにせ…時々ふらっと、抜き打ちで食事に来られる事も有るからな。
もしかすると、訓練よりも必死で料理やってるかもな?ハハハハ…
そう言えば、騎士長…
何だか、とっても難しいお顔で、何やらお話されてましたね?
あ、見てたの?
そうなんだ。色々有るんだけどね、全部、内緒なんだよ、
国家機密ってヤツ、話せなくて御免ね。
へえ、やっぱり騎士長さんは、偉い方なんですね。
…そうなんだけどね、
どっかの悪い将軍がさ、そんな私を虐めるんだよね…
「あ、そうなんですか?」
将軍さんは、私には親切だったもんで…
そうか…そりゃ、羨ましい限りですね…だよ。




