運命の日
私の名前はエトランです。
ここと比べたら、ビックリするくらい大田舎の、小さい小さい領の領主の娘で御座います。
一応…本当は誰にも言いたくないくらい、弱小貴族の娘です。
余りの田舎っぷりに絶望し、
更には親から、無理矢理押し付けられる望まぬお見合いから逃げたい、
ただ、その一心で今、この街に居ります。
日々、奮闘に奮闘を重ね、粉骨砕身、毎日必死で闘っています。
田舎から上京してはや一年半、
苦労に苦労を重ね、
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…
遂に、遂に、やっとの思いで、最難関にして最上の、
連合国の中央、帝都王城への就職が、遂に決まった。
親から強く言い含められた、最後のお見合いの…いえ、ぶっちゃけ結婚までの最終期限まで、あと半年弱…
強いコネもなく、特に優れた能力も無い…そんな私に出来るのは、
決して諦め無い強い精神と、
そして、努力と根性のみ…
本当に辛かった。資金も心も、とても寒かった…
しかし…遂に七回目の、
若干…いや、本来の希望とは全く別の試験では有るのだが…
なんとか…多分ギリギリで、その栄冠を、名誉を勝ち獲ったのだ。
やっとだ。
これでようやく、
お金の無心以外で、きちんと実家に、この大成功の報告が出来る…
あ、ちょっぴり涙が出た。
よ〜し、今夜は祝杯だね、
でも、一杯だけ、一杯だけね…もう、暮らしが結構カツカツだからね…
なのに…
なのに何故なのよ?
あれからもう10日よ?
合格の知らせは届いたが、それ以降何の音沙汰もないなんて…
ひょっとして、私の事忘れられてるのかしら?
こうしている間にも、宿屋の料金は発生しているのよね。
どうにか早く…
最悪、今のこの逼迫した危機を、
この僅かな、本当に残り僅かな貯金が尽きてしまうその前に…
私はさっさと入城したいのよ、
いや…、しなくてはいけないのに…
一体どうなってんのよ?
気がはやり、居ても立ってもいられない私は…
多少…はしたないかな〜?…
とは、思ったが、
ズバリ、今はジリ貧の背に腹だ…
もう、私の心の安寧を得る為にも、
こっちから城に出向き、事の詳細の確認をする事にした。
そう決めたのだ。
合格の通知だけを強く握りしめ、私は急ぎ足でお城に向かった。
当然だけど、合格通知は入城許可証では無い。
…勿論知ってた。
やはり当然の如く?
しっかりと門番に止められた…
でも、私は負けない、合格通知を衛兵の顔に押し付け、
担当者と話がしたいと、それこそもう、とにかく必死で訴えた。
これでも一応…もの凄〜い大田舎の、超弱小ではあるが、
有るのだけれども…
一応…
立派な貴族の娘なのだ。
城務めの先輩にあたるとは言え、
たかが衛兵などに、貴族の娘が決して引けない、引くものですかと、
とにかく、見苦しいくらいに必死だったらば…
なんと、神様は見ていて下さった。
どうやらその熱意が通じたらしい。
城の入城が許可され、同時にそこに、一人の老紳士がやって来た。
…偶然、この騒ぎを見かけたそうだ…
え?騒ぎ…?
あれ?…私、やっちゃったの?
衛兵の態度から、かなりの大物の様だが、生憎私には、この方が誰だか判らない。
こんにちは、元気なお嬢さん、
君、お名前は?
「はい、サント領マイトカの領主、エドモンの娘で、エトラン ターナス アズ スガストルネと、申します、どうぞ、エトゥー、またはエッタとお呼びください…」
ほお…まさか…エッタさんかい?
へえ、そりゃ奇遇だね。
偶然にも、知り合いと同じ愛称だね。そりゃ良いね、何やら縁を感じるね。
ところで…君の合格通知を拝見出来るかね?
「はい、これです。こちらです」
ああ、これ…確かつい先日の…やつですよね。
あーっと、でも…ちなみにこれは…
料理科か、メイド科の合格通知ですが?間違えていませんか?
貴方は確か…貴族の娘さんなのでは?
「はい、実は…お恥ずかしい位、ホントに弱小の…、もう貴族って威張れる程の、大層なご身分な者では有りませんので…」
なのでもう、皿洗いだろうが、庭掃除だろうが…なんだってやります、いや、むしろやらせて頂きたいのです。
ほう…わざわざ城に出向く程の行動力が有り、しかも貴族には珍しい謙虚さもお持ちだと。なる程なる程…
すいません…この合格通知ですが、一旦破棄させて下さい。
「え?…嘘、それは困ります、それだけは本当に困ります、だって…」
ああ、大丈夫ですよ。
貴方に相応しい仕事を、今、思い出したのです。
これは丁度いい、頭の痛い問題が一つ解決しましたね。
いやはや、良い人材が確保できましたな。
どうです、新しく創設する、とても挑戦的で魅力的な部署ですよ、是非…「やります、絶対やらせていただきます!」
…おお、お早いご返事ですね…結構、結構。
では…
そう言って老紳士は、サラサラと筆を走らせて、
あっという間に書類一枚を書き上げた。
明日、これを持って朝の2番の鐘の時に、正門にお来しなさいな。
ああ、入城以降は、保安と機密漏洩防止の為、
当面城から出れませんから、数日分の着替えと、必要な荷物を持ってきなさい。
ああ、あと少ないですが、随分急な決定でしたので、
どうぞこれを、買い物や準備の足しにして下さい。
そうそう、私の名前は、リースベラと申します。
以後、お見知り置きを。
そう言って老紳士、いや、リースベラ様は、書類と金貨2枚を私に下さった。
後で知ったが、なんと、この国の中枢の中の中枢…
まさかの経済の上級大臣様だった。
ちょっとビビった…
いや…ビビらない。ビビってなどいられない。
もうそれくらいの事で、私はいちいちビビっては居られないのよ、
私は掴み取ったこの幸運を、決して逃しはしない。我が一族の、貴族の誇りに賭けても。
…まあ…ちっぽけなしょーうもない誇り…ですけどね。
とにかく急ぎ、買い物と準備をして、とにかく今日は早く寝よう。
万が一、絶対に遅刻なんて、そりゃもう、絶対に絶対に、許されないのだから。
まあ…実際、緊張して寝れないんだろうけどね。
うん、知ってる。
気が付くと、もう空がうっすらと明るくなりかけていた。
ずっとドキドキして、殆ど寝れなかったが、逆にこれは、
これはこれで、遅刻は絶対に回避できるわと、
強引に、良い方に割り切った。
そして…
早めに軽く朝食を済ませ、
やはり居ても立っても居れず、かなり早い時間には、さっさと宿を出てしまった。
まだ商売人以外には、街には人影もまばらだった。
次にあの上級大臣様に会った時用の、
なるべく素敵な挨拶を考えながら…
私はゆっくりと、城へと歩き出した。
そんな中…
道端の曲がり角で寝ていた酔っ払いの脚に躓き、
私は思わず転びそうになった。
幸いにも、なんとか転びはし無かったが、
へたをすると、汚れた格好で入城する羽目になる所だった。
こっちはご丁寧に支度金まで頂いたのにだ…
考え事をしてて、足元を確認しなかった私にも落ち度は有るんだけど…
ちょっと腹が立ってしまって思わず、
「あんた、一体どこで寝てんのよ、この馬鹿っ!」
つい、勢いで怒鳴ってしまった。
まあ…そりゃ当然、酔っ払いはこっちに絡んでくるわね。
うん、知ってた。
しまったな…勢いで怒鳴ったけど…
今、揉め事は非常に困る…本気で困るよ、
もう、どうすれば良いのよ?
そんな時、偶然?
早足の一人の青年が通り掛かった…
私はもう、藁にも縋る思いで、青年に助けを求めた。
青年に覇気は無く、かなり頼りない見た目で…
あ、ひょっとして、こりゃハズレか?っと思ったが、
どうやら青年と酔っ払いは顔見知りの様だった。
青年は突然、酔っ払いの尻を、凄い勢いで蹴っ飛ばした。
おい?こら、マーカンよ…朝帰りったあ、
テメ、随分良い御身分なんだな?え?
あ?なんだよ痛えな、おいっ、このガ…キ…?え?
あ、な、なんだ…
こ、…こりゃ、どうも、スイヤセン旦那でしたか…いやいや、
いやいや…あの、こ、これは…ですね…
あ、ハハハ、
いや、あ、もう大丈夫です、すいませんね、なんかお騒がせしちゃって…
はい、もう直ちに、とっとと帰ります。
おい、姉ちゃんも、悪かったな、
じゃ…じゃあ、わしはこれで…
そう言うと直ぐ様、酔っ払いは、全速力で駆け出して去っていった。
危機は去ったの…?
あ、お礼を言わなきゃ…
「危ないところをどう…え?…あれ?もう居ない?…」
青年はこちらには一切見向きもせずに、
さっさと前へと歩いていた。
急いで追いかけようと思ったが…
急に恐怖がぶり返してきて、
私は震えながら、しばらくそこから一歩も動けなかった。
少し時間が経って、深呼吸を繰り返し、
ようやく落ち着いた私は気を取り直し、
今度こそ、急いで城へと向かったのだった。




