知らない子②
ある日の昼下がり。かなり少年と打ち解けてきた。
「少年、魚を捌いたことはある?」
「包丁やナイフを使うのが怖くて、まだないんだ」
「おー、これを機に覚えときなよ。この世界じゃ必須級だから」
ここぞとばかりに先輩風を吹かす。少年は意外に知らないことも多く、教えがいがある。
まぁ、私もつい最近教えて貰ったのだけどね。ありがとう初老さん。
「うー、まじかぁ。俺、焼き魚で十分満足してるけどなぁ」
「魚を焼いて食べるだけなら、特に必要なスキルじゃないもんね。でも調理とか保存食作りがいつ重要になるかも分かんないから、これを機に習得しちゃおう」
「はーい」
ちょっと不服そうだが、嫌がっている感じではない。このどっちつかずの素直さが可愛い。
「あ、ちょっと待ってね、自分のナイフ取ってくる」
少年は早足に駆けていき、民家のひとつに入っていった。
少年の住んでいる民家群は崩壊の跡が残りながらも上手い具合に修復がされていて、共同生活もやりやすい。私も一軒選んで使わせてもらっている。
街や村というにはかなり狭いのだが、この世界である程度でも形を保った民家群を見つけるのは相当珍しい。素晴らしい拠点だ。
「これで大丈夫かな?」
少年が戻ってきて、小さなナイフを差し出す。
「お、いいナイフじゃん。じゅうぶんじゅうぶん」
道中落ちてきた魚に手をとりだして、持ち方、刃の角度、力の入れ方を教える。
少年はとても物覚えがいい。正直、私なんかとは比べ物にならない。うん、天地の差がある。
最初はぎこちない手つきだったが、すぐに適応するのはさすがと言ったところ。
魚の血や内臓の臭いに顔をしかめつつも、どこか楽しそうに見える。
「うおっ、生き返った!?」
魚が少し跳ねた。しっかり屠ったと思っていたが、まだトドメをさして間もない個体。反射で動いたようだ。
「大丈夫だよ、ちゃんと死んでるから」
「うん」
少年は黙々と作業を続ける。私の初めてより何倍も上手い。スパダリの才能がある。
捌かれた魚は半々にして、今日食べる用の身と干物用の身に分けておく。
今日食べる用の身は骨を取った上質なサク取り。干物用は骨の多い部分やちょっと切るのに失敗した部位だ。
せっかくサク取りしたので刺身として食べたいところだが、生で食べるのはかなり寂しい選択だったりする。刺身というのは醤油やわさびがないと数段は味の格が落ちるのだ。
ただ、運のいいことに先日フライパンを発見。いつもは串刺して焼くだけで特別感のない焼魚も、身を切り分けフライパンで熱すると絶品に化ける。姿焼きと切り身では別物だ。
「う、美味いよぉ。君が私のために焼いてくれたと思ったらさらに美味い」
「大袈裟だよお姉さん」
「いやほんとに。誰かが手間隙かけたごはんってのは最高だから」
「じゃあ、僕も食べるね」
「どうぞ」
「んー!すごく美味しい! フライパンで焼いてるから焦げも少なくて柔らかいね。骨を取るのは大変だったけど、食べるときに気にしなくていいから味に集中できて最高かも」
「いい食レポするねぇ」
「これだけ変わるなら料理しがいがあるかも」
「私に習ってよかったろ?」
「うん、ありがとうお姉さん」
少年と目が合うが、お互い目をそらす。微妙に照れくさくなった結果だろう。うーん、これはてれてれイチャイチャってやつでは?
私が欲望だらけなのを置いておいても、この極限のサバイバル状態だぞ。世はまさに吊り橋効果。キュンキュン意識し合う土壌は完璧だろうて。
少年が実際に何歳かは知らないが、多分二、三歳の差しかない。互いに恋愛対象内に違いないのだ(確信)。
とはいっても。私は少年にとっての姉であり母でいたいと思っている。
私がいなくても少年一人で生きていけるよう、育て上げてあげなければならない。
夜も深まり、暗さが増す。
料理中は燃え上がっていた焚き火も、それなりに勢いを落とす頃合だ。せっかくなので知恵袋も授けていきたいところ。
「よし少年、次は火を生き返らせていくよ〜」
火バサミもないので、焚き火の薪を太めの新しい薪でいじいじ動かし、少年の前で組み直す。太めの薪を適当に重ねればあとは息を吹き込むだけ。わかりやすく、大げさにやる。「火の根元に息を当てるんだよ」
少年は真剣に私の口元を見つめている。恥ずかしい。
息を吹きかけるタイミングを教えると、少年は真似て頬を膨らませる。
赤い火種がふわっと揺れて、灰が粉雪のように舞った。
火が消えそうになるくらい強くて、たくましい肺だと感心。
「大きく息を出すんじゃなくて、優しくね。火に触るように」
「うん」
今度は小さな炎が踊り始めた。焦げた匂いが心地いい。
焚き火は段々と命を取り戻し、パチパチと心地よい音を立て始めた。
「すごい……生き返った」
少年の声はどこか誇らしげで、私も満足。
小さな成功体験が、少年を自立へと導いてくれるはずだ。
「次は火を育ててみよう。焦らずに薪を足していけば長持ちするよ。あと、灰を使って火力を調節することもできる」
薪を増やして火力を上げる。燃えがる火が、しゃがんでいる私の背を超えてゆらゆら揺れて綺麗だ。
次は灰を指先でつまみ、火の周りに降ってみせる。
燃え盛っていた火も柔らかくなり、火の光に照らされた彼の頬がほんのり赤く染まっていく。
「なんか、魔法みたいだね。ひとりでできるか心配なんだけど」
「できるようになるよ」
「そうかなぁ」
少年はそういいつつも灰をつまんで反復練習をしている。二人で紡ぐ火の交流。ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
食べ終わりを片付け、明日のために火を少し残す。明日は少年にどの知恵を伝えようか。今夜教えたのは序章に過ぎない。もっと教えることがある。傷の手当て、水の確保。私が望むのは、未来。
「明日は絶品スープの作り方を教えてあげるね」
少年はぱあっと目を輝かせる。
そんな彼の笑顔を見て私は確信した。
私は少年の頼れる姉や優しい母になりたいが。
きっと、一人の友人にもなりたいのだ。




