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知らない子①

 砂漠を超えて何日経ったか。

 私はとある枯れた森の中で、井戸の水を汲んでいた。

 井戸の水には当たりハズレがある。大部分は海水が混じってしまっていて、あまり飲料水として役にたたない。これがハズレ。

 たまに、奇跡的に被害のなかった井戸もあるようで、それが当たり。飲むのに申し分ない。

 ちなみに、今回は当たり。

 水を汲んで、水筒に注ぐのを二、三回繰り返す。

 完璧だ。これでしばらくは水には困らないだろう。

「砂漠の油だまりまで引き返すのは面倒だったからな〜。助かった」

 達成感とともに疲労。そろそろ休憩するか。

 そうやって気を弛めているときほど、予想外な展開が起きるもので。

「あの、もしかして、お姉さんも生き残り?」

「ピャ!? はい、そうです!!!」

 いきなり声を掛けられて変な鳴き声が出る。

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんだ」

 申しわけなさそうな声。

 振り返ると中学生くらいの赤毛の少年がいた。小柄だが、私よりは大きい。160cmもないくらいか。半袖短パンにサンダル。

 何より、少年らしい真っ直ぐな目。

「驚いてない、驚いてないから! 全然大丈夫です!」

 多分年下だと思うが、こんなに丁寧に対応されたら敬語が出る。

 というのは2割くらいで、今までの外見年下はみんな内面年上だから予防線を貼った。

「あ、 俺のほうが多分年下だし、気を使われると調子狂うからタメで話して欲しいや」

 なんてできた子だ……。とりあえず、精神年齢は相手が上かもしれない。

「そ、そう? 私あんまり敬語使うの得意じゃないから助かる」

 にこにこ笑っている少年。一応この質問をしておこう。

「ちなみに君の方が年上ってことはない? たとえばさ、人間じゃなかったり……」

 少年はキョトンとした顔で答える。

「え、人間以外になんかあるの」

 ま、普通に生きてたらそれ以外の選択肢ないわな。

 適当にいいわけしていると、不思議そうな顔をしながらも納得してくれた。

 変な話、話していて人外感はない。

 この子が本当に生き残りの人間だとしたら。これを僥倖と言わずしてなんというか。仲良くしたい。

 いろいろと話を聞くところによると、少年は森の奥の民家群を拠点に暮らしているらしい。

 そして、この井戸は生命線だそうだ。

 幸いにも水量は潤沢にあるということで、井戸を使う許可を貰えた。ありがたいことだ。

「ところで少年はどこへ向かってたの?」

 手ぶらで水だけ飲みに来たということはないだろうと質問する。

 少年は少し悩んだようにして言葉を紡ぐ。

「俺さ、今から日課のお参りをしにいくんだ。一緒に来る?」


 もちろん断る理由もない。

 日課というぐらいだし近いだろう。

「うん。行こうかな」

「やったー! ありがとうお姉さん」

 キラキラした顔でお礼を言われる。なんだかいい気分だ。これが母性本能か?

 しばらく慈愛という言葉の意味を感じながら歩いていると、いきなり森が終わり、切り立った崖が現れる。

 視界は、一面が空だった。

「すごいよな。迫力あるっていうか。元々は一面海だったはずだぜ。今はぽっかり穴が空いちゃってるけど。落ちたらひとたまりもないんだろうな」

 少年は話しながらかがみこむ。彼の肩の先には、しゃがんだ少年より、少し大きいくらいの墓石があった。

 ただ、遺品のようなものが供えてあるから墓石だとわかる程度の拙いものではあるが。

「これは、お墓?」

「あぁ、そうだぜ。下手っぴだけどさ、気持ちが大事かなと思って毎日弔ってんだ」

 刻まれている名前は少年が彫ったものだろう。かろうじて読める。

 手を合わせていた少年の肩が震えだす。でも、決壊はしない。

「強いね」

「まぁ、人の前だけだよ。お姉さんが、今日はいるから。1人になってからは毎日泣いてた」

「いつから……1人なの?」

「最近だよ。わかんないけど、1週間も経ってない気がする。いきなり誰とも飯を分けなくてよくなったんだ。これさ、嬉しくないんだよな。不思議だぜ」

「私、ある程度は食料をストックしてるし、今日は一緒に食べよう」

「ほんと? 嬉しい。もうずっと一人かと思ってたからさ」

 不安を滲ませる言葉のひとつひとつに、胸が苦しくなる。

「お姉さんは旅してるんだよね? すぐここを出るの?」

「少年、私は君を一人にするほど薄情じゃない」

 口が先行する。少年を勇気づけねばならないと、脳が勝手に指令を送っていた。

「私が君を守るから」


 かれこれ一時間ほどお墓の前で過ごしたか。

 ぽつりぽつりと弱音を吐き出す少年。

 爆発するのに、そう時間はかからなかった。

「なんで、俺だけ。なんでみんな、うわぁーーっっ」

 少年が一人で抱え込むには、あまりにも大きかったであろう生きることの苦悩。

 私は何回か吐き出す機会を得たが、彼は初めてに違いない。

 いつの間にか、少年は泣きじゃくっていた。当たり前だ。

 私も赤子をあやす様に彼を抱き寄せていた。

「大丈夫。もう一人じゃないぞ」

 私なんかが力になれるなら。

 気の利いた言葉は出てこない。でも、同じ世界を生きるものとしてめいいっぱい励ます。

「よーく頑張った。よーく頑張ったね」

 ふと気づくと、泣き声はいつの間にかスヤスヤ眠る寝息に変わっていた。

 目前に広がる空の光が眩しい。日が暮れる前には少年を起こさなきゃ。

 そんなことを考えながら膝に目を落とす。可愛いお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。

 私の洋服も少し濡れてしまった。

 にしても。

 なんだこの気持ちは。助けてあげたい、守ってあげたい、それ以上の……。

「むにゃむにゃ、お姉さぁん、おいてかないでぇぁ」

 ほう、寝言か。可愛いではないか。

「あーもう、食べちゃうゾ」

 勝手に出てくる言葉。脳が勝手に指令を送っている。

 この日記を見てるやつ、言いたいことがあるなら言えよ。

 ……私は決してショタコンじゃないからな。

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