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砂漠と同じ④

「温まったわよ」

 温かいブイヤベースを囲む。終末世界でこのような贅沢、許されるのだろうか。

「美味しいでふ」

 感動した。頬張る。幸せ。

「そんなに喜んで貰えると嬉しいな、サナ」

「あなたが作ったんだもの当たり前じゃない」

「え、黒髪ちゃんが作ったと思ってた!」

「ふふ。わたくしは料理なんてできないわ」

 なぜドヤ顔なのか。

「2人は仲がいいなぁ」

 初老さんが変なことを言い始める。

「いや、そんなことないです」

「いや、そんなことはないわ」

 ハモった。

「声だって重なるほどじゃないか」

「それと仲がいいことは決して結びつかないわ」

「サナちゃんの言う通り」

「サナちゃんって呼ばないでいただけるかしら」

「断る。私は人の嫌がることをするんだ」

「どんな性格よ……」

 サナちゃんの顔が歪む。

「負けを認めるか」

「呆れてるだけよ」

 すました顔でスープに口をつけるサナちゃん。

 うーむ。負け惜しみを聞きながら啜るスープは格別だぜ。

「これからの行き先は決まっているのかい?」

 ニコニコしていた初老さんがふと口を開く。

「いや、特には決まってないんですよね。でも油だまりの下に真水があることは分かったし、水を確保したら砂漠沿いに移動してみようかなって」

「ほう。ここに残るという選択もあるが」

「ホントですか!?」

 正直ありがたい話だ。ここには水もあるし、小物も揃っていて定住に適している。何より人手があるというのはいい。

「でも、大丈夫です。迷惑かけるのも悪いですし。なんとかなると思います」

 初老さんは目を丸くする。

「僕は大歓迎なんだがね」

「いや、これが私の生き方だと思うので」

 しばしの沈黙。

 え、何だこの空気。しくったか何か。

 少し油汗をかいてきたところで、サナちゃんが小さい声で問うてきた。

「崩壊したこの世界で生きる意味って何かしら」

「え」

「あなたねぇ、もう少し絶望した方がいいわよ。この世界に生きてるんなら」

「いや、そんなこと言われても」

「わたくし、分からないのよ。あなたのこと。普通じゃないわよ、一人なんて。やっとのこと他人に会えて、それを手放そうっていうの? もう二度と人類に出会えないかもしれないのに」

 サナちゃんはポロポロと泣き出す。

「そんなの、一番、こわいわ」

 突然のことにオロオロしていると、初老さんの声が伝う。

「なぁ。サナは優しいだろう」

「優しいというか感情が読めないというか……」

「お嬢さん、崩壊した世界で生きる意味とはなんだと思う」

 サナちゃんと同じ質問。初老さんの表情は読めない。

「この世界には希望もない、美しさもない。これは僕の主観でしかないのかもしれない。でも僕は、繋がりこそ生きる意味だと思うんだ。一日にして繋がりを無くし、死を願って、サナと共にした数日。更に繋がりを意識したよ。私の見つけた生きる意味」

 初老さんの目線の先、小麦色の綺麗な背中はプルプルと震えている。

「なぁ、希望を失わないお嬢さん、君には何が見えているんだい」

 何のために生きるのか。希望なんて実際感じたことはない。

「ただ、空に青い海が広がっているうちは日記を書こうと決めていて。それで……」

 生きる意味なんて難しいこと、せっかく今まで逃げてきたのに。自然と溢れる涙。この世界になって、何度目だっけ。

「わ、私は、たくさん見て、たくさん出会って、たくさん書かなきゃいけないの! この残った足で歩いて、この残った耳できいて、この残った目で見て、この残った左手と残された羽で書かなきゃいけないの!だって、きっとそうで、きっとそうだから……」

 ごにょごにょしている私に対して、老人は目を細めて和やかに。しかしながら、少し羨ましそうにして言った。

「君の見えている世界はきっと、美しい」


 三日後。私は朝食をいただき、昼の出発に向けて準備を進めていた。

 リュックにライター、ランプにマッチ。水筒にサバイバルナイフ。いろいろ譲ってもらえて大助かりだ。

「こんなにあげて良かったの? 親切すぎると思うわ」

 サナちゃんは怪訝な顔。

「良いんだよ。予備もあるじゃないか」

 初老さんもそう言ってるので、無遠慮に詰め込ませていただく。すまんね。

 この三日で仲良くなった、くまさんのくそでかぬいぐるみはどうしても持っていきたい。

 リュックと格闘している私を見下す視線。馴れた。サナちゃんだ。見てないで手伝えってんだ。

「あなた結局は意気地なしだったわよね? お願い何も聞かなかったくせに、強欲すぎるんじゃないの? だいたい比重分離も知らなくて水の入手さえ手間取ってたのにうんぬんかんぬんうんぬんかんぬん」

 あー、くどくどうるさいなぁ。生き急いでるのか?

 そんなサナちゃんを愛おしむ視線。初老さんが声を紡ぐ。

「うん。これでいい。僕は覚悟を決めたよ」

 柔らかくも初老さんにしては強ばった声。大事なことが話されるときの雰囲気って、何回経験してもむず痒い。

「サナ、お嬢さんと旅に出てみないか」

「へ」

 気の抜けた声が響く。

「えっと? 何を言っているのかしら。理解に苦しむのだけれど」

 いきなりのことにサナちゃんも当然の戸惑い。

 ただ、初老さんの決意は固い。

「君は僕のためだけに今まで生きてきただろう」

「それとさっきの提案に関係があるようには思えないわね」

「いや、ある。君は世界を見るべきだ。君が旅についていくことを、お嬢さんも同意してくれた」

 半ば強引な頼み方をされたけど、初老さんのおもいを汲んだら断れなかった。

 冷静に話そうとしている初老さんに対して、サナちゃんはオロオロしている。

「嫌、嫌よそんなの。だってわたくしが存在するのはあなたのことばとおもいのおかげで、あなたがいないと……」

「どっちにしろ消えてしまうだろうね」

「分かっているんじゃない」

「君もわかっているだろう」

 初老さんは朗らかに続ける。

「僕の死期はもう近い」

「え……?」これは私の声。

「僕は弱い人間だ。可哀想な自分に酔っていたんだ。自分のことばかりで、君のことを考えてあげられていなかった」

「あなたの幸せがわたくしの意義よ」

「いや、サナ。君は合理的すぎるんだよ。僕はたとえ君がそばにいなくても君を信奉し続けた。君は好きなように生きることができた」

「それは仮説にすぎないわ。私は」

「サナ!」

 強い口調。顔は赤く、肩も上下に揺れている。

「願いの変更をお願いしたい。君もわかっていたろう。殺してくれなんて願い、元から本心じゃないんだ。独りよがりな僕を許してくれ。よければ、70年も君を縛ってもなお、我儘な僕の願いを聞いてくれ」

 あぁ、彼は今。

「旅をしてくれ。僕の代わりに旅を。僕はもう、旅に出る体力もない。体もいうことをきかない。だから、僕の分まで生きる意味を見つけてほしい。繋がりを手にして欲しいんだ。僕が唯一、サナとだけ感じた『絆』を、もっと……」

「……っ!?」

 眩い光。目を刺すような、でも包み込むような光。それは彼に対するもので。

「願いを、承認するわ」

「サナ……ありが、ゴホッゴホッ」

 倒れ込む初老さん。私が駆け寄るよりも速く、サナちゃんの手が初老さんの肩に回る。

 ゆったりキビキビとした、誰よりも初老さんに寄り添った動き。

「でもね、あなた、わたくしが何でもかんでも言うこと聞くと思ったら大間違いよ」

 キッと上がる目。彼女の覚悟もまた固い。

「旅には出てあげるわ。でもね、あなたの最後を見届けてからよ。あなたの言うとおり好きなように生きさせてもらうわ。良くって?」

「そんな、もしかしたら僕が死ぬとき、君も……」

「あら、本望だわ。それが私の願いだもの。何年後か何十年後か何百年後のことになるのかしらね。でも、万が一わたくしだけ死に損なっときは、あなたの願いも叶えてあげようじゃないの。この――」


「――サナ・ヴェルミラが」


 少年のように泣きじゃくる老人とそれを優しくなだめる幼女。

 そして、くまさんと抱き合って男泣きする私の声が静まり返る砂漠に響いていた。

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