砂漠と同じ③
とりあえず話を変えて、服を貸してもらった。びしょ濡れだったしね。男性もののワイシャツにパンツ。ズボンはブカブカなので遠慮した。ちなみに黒髪ちゃんの服は何一つ入らなかった。
「報酬はそうね、ここらの小物とかいかが? ライターや水筒、サバイバルナイフなんかもあるわよ。おもちゃの類も心の癒しと考えると悪い選択じゃないわ。あ、まぁまぁな金額が引き出しにあったかしら。この世界でお金をもらっても困るだけでしょうけど」
話を変えられた気になっていたのは私だけでした。
「いや、そういう以前の話というか……」
「報酬以前の話? ということは仕事内容についてということかしら」
「そ、そう。流石に突拍子もなさすぎるというか、殺人はちょと」
「あら、ごめんなさい。この砂漠まで行き着いたということは、こういう頼まれごとも経験していると思い込んでいたわ」
え、えぇ、どうゆう感性してるんだ、このロリは。
私の困惑に気付いてか、穏やかな男声が響く。
「まぁまぁ、サナ。無理強いするもんじゃない。僕はこれでも幸せを取り戻しつつあるんだ」
「でも、あなた死にたいって言ってたじゃない。それが望みなのでしょう?」
「確かに言ったね。今でもそうだ。でも、君の優しさに触れていると傷の疼きも薄くなるんだ」
「それは望みとは何ら関係のない別事象じゃないの」
「そうだが、そうじゃないんだ。君の優しさは、いつも合理的すぎる」
あなたを殺すと言って聞かない黒髪ちゃんとそれを諭す初老さん。ここだけ切り取ると素晴らしい修羅場。
私が殺人犯にされるかさなかの話を2人で盛り上がりやがって。サナちゃーん落ち着こうか。
「落ち着いているのだけど」
「あ、すいません」
「ただ、わたくしばかり先走っていたのも事実ね。あなたも思ったより意気地なしみたいだし」
「倫理観があるの間違いでは……」
「この世界では邪魔な感性ね」
なるほど、こいつは合理的だ。そしてかなりズレているときたか。
「ごめんね。見苦しいところをお見せした。サナは僕に対して責任を感じてるんだ。本当はいつも助けてもらってばかりなのに、僕が我儘なものでね。サナには甘えてばかりだ」
初老さんは弱々しく微笑む。五体満足に見えるが、特別痩せた肢体。少し体が上気しているように見える。
「私なんかに気を使われなくていいですから。座られて大丈夫ですよ」
「すまないね。生まれつき体は弱いほうだったんだがね。最近特にひどいんだ」
初老さんは腰掛けをこちら側に回して、ゆっくりと息をつく。それが老いからくるものか、はたまた病気かはわからないが、まさに満身創痍。
初老さんと黒髪ちゃんが砂漠に残る理由だろう。
「ほら、水を飲みなさいな」
「すまないね、サナ」
私にはあれだけツンツンしてるくせに、初老さんには優しい気遣い。
こうしたやり取りからも2人の情を感じ取れる。
ああ、私も水が飲みたい。
……水!?
「水!?」
水だぁ!
「水が欲しいならあげるわよ」
「やったぁ!!」
ガラスのコップに並々と注がれたお水。
おお、本物のオアシスはここにあったか。
「美味しい!!」
冗談抜きで世界一美味い。こんな巡り合わせがあるなんて。
「ここに住んでるのは別に彼の体が弱いからじゃないわよ。単に、この土地には水があるから」
「え、水があるの!?」
「これまた理屈はよく分からないのだけれどね。油だまりの下には真水が溜まっているのよ。地下水が湧き出ているのか、海が降ってきたことがなにか関係するのか、油だまりの仕組みに関係があるのか、そんなことは分からないのだけれど。油だまりが砂漠に多い。そして、水が確保できる。それに尽きるわ」
「なんと。よーく気づいたもんだ。にしても水と油なんていうけど、油だまりの下で互いに溶け合わず、綺麗に分離していたとは」
「あら、あなた。なにか勘違いしているわね。水と油なんてことわざがあるからって、『油』が『水』にならないとは言えないわ」
「あー、難しい話は勘弁」
「油が水になってる可能性もあるってことよ」
「さすがにありえないでしょ」
「そうしたら、この世界自体がありえないわ」
「ありえないのは物理法則を無視したクソ海だけでいいの!」
「世界観に合わせた方が生きやすいわよ?」
くどくどうるさいヤツだぜ。私は私らしく生きるんだ。
「ほっほっほ。楽しそうなサナは久々だ」
初老さんが和やかに笑う。
「いや、私はあんまり楽しくないです」
「まぁまぁ、付き合ってくれないか。サナと話せる人間なんてなかなか現れないものでな。ついテンションが上がってるんだろう」
「あら、わたくしは常にテンション高めよ?」
「ほっほ、確かにそうだったね」
黒髪ちゃん、初老さんにも噛みつき始めたぞ。
「ところでお嬢さん、ブイヤベースって知ってるかな?」
「あー、聞いた事あります。スープですよね。それくらいしか分かんないけど」
「僕の国では特に有名なスープでね。かなり美味しいんだ。野菜と魚で作るんだが、大元の作り方を辿ると魚さえあればどうにか作れてね。この世界に合う嬉しいご馳走なんだ」
「小魚は定期的に落ちてきますもんね」
「ここらはさらに甲殻類もよく歩いていてね。深みのある味になる。せっかくだから食べていきなさい」
「ふおおお、いいんですか!ありがてぇ」
水を飲んだら少しお腹が減ってきたところだった。水に対する欲求が満たされたからかな。
「あんたたちは座ってなさい。あたしが温めてあげるから」
黒髪ちゃんが炊事場らしきところに引っ込んで行くや、ちょっと大きめサイズの鉄の入れ物を抱えてやってくる。
そして暖炉からいくつか燃え盛る薪を選び取り、炊事場へと戻って行った。
穏やかな炎。
初老の男性は暖炉から目線ををこちらに向ける。
「僕はね、サナに救われたんだ」
ぽつりと呟く。
「僕は小さいころから病弱でね。物心つくころには、自分があわれな存在だということに気づいた。皆の視線が優しくてね。それが一番苦しかった」
老人の表情は対して緩やかだ。
「サナもそんな一人だったよ。優しいんだ。ただね、『哀れみ』と『憐れみ』の違いかな。僕を本気で心配してくれてね。もう七十年以上の付き合いだ」
カチャカチャという食器の音。グツグツと煮込まれたブイヤベースからだろう。海の恵みを思わせる香りが部屋中に充満する。
「ただ、同じ音の言葉というのは、なるほど近しい意味であってね。僕は自分があわれだと感じずにはいられなかった。それにあの天変地異ときた。生きてられるだけで感謝すべき僕が、彼女の『憐れみ』で居残り。彼女はね、己がボロボロになってでも、僕を守るためだけに世の理に抗うんだ。なんと僕は幸せなことか。耐えられなかったんだよ」
――――守りきったわ。
「世界が崩壊して誰も生きてない。僕はなぜか生きていて、彼女の笑顔を向けられた。なんてことだろうね。僕は最低だ。僕はね、その少女に殺してくれと願ったんだ」
老人は深く腰をかける。
「後悔しているさ」




