砂漠と同じ①
教会を出る日、私はすっかりアジアンテイストの虜になっていました。別に教会をアジア風にした訳じゃないよ。ごはんのことね。
近くに落ちてた露店がアジアンフードの露天だったのだ。
なんかスパイシーな鳥うめぇ!ライスペーパーうめぇ!貝の料理うめぇ!でも腐ってそうで怖ぇ!
ってことで。一週間はもちそうな食料だったが、一日で完食した。私が海から落ちてきてから何日たったのかは分かんないけど、多分ギリ腐ってない大丈夫なラインだと信じたい……。どう思いますか皆さん。
次こそは命を守るために缶詰かなにかを見つけたいところ。とりあえずは日持ちするものを見つけたい。
食材もないこの世界では、定住は不可能。各地に移り住んで、野良のメシを探さなければならない。
でも、いつか限界がくるだろうなぁ。賞味期限はとりあえず置いといて、消費期限はどうにもならないし。
だいたい、雨がどうなるのかも分かっていない。もし海水が降り注ぐならば、植物も育たない。あれ、そしたら動物も育たなくて。もしかして、詰んでる?
てか動物って私以外生きてんの?
あぁ、こんなの砂漠と変わんないじゃん。私もいつかミイラになっちゃうのかなぁ。泣いた。
「まぁ、泣く水もないけどな。がはは」
最近ヤバいことに気づいた。生活の根幹。水。水がない。
私が小説の中の主人公なら永遠に描写されないかもしれないけど、現実では無理無理。海水に汚染された世界で、真水の話題に触れない方がおかしいって。
結論から言うと、私は今、脱水症状で死にそうです。
死ぬで。まじで。
教会には備蓄倉庫があった。とはいっても崩壊済み。ろくな食料はなかったし、水分も入れ物がやられてぐちょぐちょのベチャベチャ。
奇跡的に無事だったのは500mLと1Lのペットボトル一本ずつだけ。ラベルの文字は読めなかった。どこの国の水かも分からないけど綺麗な水だと信じたい。
一週間はこれで生き延びるしかないと、私は覚悟したよ。
うん。それを先程飲み干しました。バカだなぁ。私は際限を知らない。3日で飲み干すなよ強欲ちゃんめ。
ちなみに、今の季節は多分夏だと思う。屈折光しか届かないから日差しが痛くなくて、たいがいは涼しい。乱反射が眩しすぎて、上を向けない日が多いのはご愛嬌ってところかな。
ただ、道は崩壊しきっているし、世界はさながら異国情緒。疲れもあるけど、世界がこうなる前に1回だけ熱中症を発症したことがあるのもあって、こまめに水を摂りすぎてしまった。
急いで水を手に入れたいことろなんだけども。
「どっちの方向に行くべきなんだ……」
スマホの地図アプリがないとかそんな次元じゃない。それ以前に地図という概念が機能しないだろう。赤子の描いた絵のような地形が広がっている。
んげー。無理か。
近くにあった骨董品屋に年代物のコンパスがあった。ずっとぐるぐる回っている。こいつが壊れてるのか、地球の磁場ごとやられてるのかは分からない。ここは南半球か北半球か、はたまた地球平面説なのか。それさえ分からないのだけれど。
いやー。不安だ……。方角の重要性は私でも分かる。
なんてったって、私は方向音痴なのだ。それもド級の。
同じところぐるぐるなんかしたくないよぉ。何を目印に進めばいいんだよぉ。
水探知機の開発はまだか? 水のある場所を転々とする渡り鳥になりたい。
方角を知る方法は海のせいでことごとく消されてる。正午の太陽と北斗七星が恋しいぜ……。
「なんでこうも海かねぇ」
海を見る。青く澄んだ海の果て。綺麗なところは魚が見える。だからといって、目印になるようなものなんて、これっぽっちも見当たらない。
ギラギラと光を反射する小魚の群れも一気に散って、視界が少し暗くなってしまった。
ん?
暗くなる?
「あれは、くじ……ら?」
フォォォンギリギリギリギリピィィィィン……
揺蕩う大きなお腹。天高くからの振動と地響。もしかしたら私が震えているだけなのかもしれない。
「は、初めて見た」
クジラの鳴き声は哀しい声だと言うが、本当か?かなり、なんというか、恐れ多い。距離的にはこんなに離れているのに、こんなに響くものなのか。
「うお、やばいやばいやばいやばい!」
翻るクジラ。頭をこっちに、地上へ突進してくる。
「落ちてくる落ちてくる落ちてくるって!洒落ならんって!」
声も出ないとかいう表現があるけど、よう出る。足は動かない。
落ちてくる水。水。水。そして、潮。
ほへ、潮?
結論から言うと、クジラさんは息継ぎをしてただけだった。いや、この世界の重力さんはどうなってますの?あんな勢い、落ちるでしょ普通。
ついでに潮吹きもしてくれたので瞬間降水量がとんでもないことに。
「びしょ濡れだぁ……」
プシュンプシュンと音を立てながら上の方に泳いでいくクジラさん。悪気はないみたい。許さんけどね。
せっかくなのでクジラさんからの恵みを舐めてみる。普通にしょっぱい。「真水でしたやったぜ」というご都合展開は、やはりない。でも、海水はこうでなくっちゃ。広がる塩味に、一気に喉の乾きが深まった。
「でも、ここで立ち止まっているわけにはいかないわね……」
もう一度、骨董品屋で見つけたコンパスを取り出し、ぐるぐる回る針を見つめる。
持ってないよりはマシだ。どっか指せ。と念じながら。
少しでも水が手に入る可能性があるなら、どこへでも行くしかない。あのクジラさんも、私を応援してくれていたのだ。そんな気がする。
いや、ないか。冷静に考えて。
どうしようかなぁとぐだぐだしていると、コンパスが動きを止める。
「うお、とうとう私の行くべき方向が決まったのか」
覗き込んだコンパスが示す方角。それは、上だった。
バグ。バクだなぁ。北はともかく上は無理よ。さすがに。
コンパスを傾けると出てくるたくさんの海水。あぁ、こりゃダメだ。クジラさんに壊された。
上、ねぇ。
いまだに揺蕩うクジラさん。動きはのっそりとしていて、警戒心なんか微塵も感じない。まさに海の王者って感じ。
悪く言ったら平和ボケだな。こちとら人間は、現在進行形で死活問題だよ。
「ん。でもまぁ、ついて行くのも存外悪くないかもか」
この地面にあるものは、鯨影とでもいうべきなのか。私は、クジラさんの後をのんびり追いかけることにした。




