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神論

「なるほど……。じゃあこのタコは私が食べます」

「なんでそうなる!?」

「私の住んでた国では激うま食材だったから」

 むくれる少女。なぜむくれているのか。

 金髪は肩まで伸び、碧眼。とってもちっこい。多分小学生。

「小学生などではない」

 小学生ではありませんでした。なんか、心を読まれている。よく言われてんのかな。

「じゃあ、迷子でもないの」

「この世界ではみなが迷子みたいなものだろう」

 確かに……。賢い幼女だ。こういう生意気な子嫌いかも。

 まぁ、それはいいとして。最大の謎が残ったままだった。

「ところで、なぜタコに襲われてたの」

「知らんのか」

 にやり。ドヤ顔をかまされる。

「タコは悪魔の使いなのだぞ」

「ほぉ」

 おおう、なんと返せばいいやら……。まぁ聞き返すのが一番か。

「そんで?」

「そんで? そんでとはなんだ」

「いや、だから、タコが悪魔の使いだとして、それがどう関係が?」

「きゅ、旧約聖書を読め、旧約聖書を!」

「なんだっけそれ……。あ、あぁ、ユダヤ教の」

「いや、正確には一神教での話だ。ウロコとヒレのない水中の生き物を食ってはならぬのだ」

 ほへぇ。勉強になる。

 つまり私には関係ないと。

「じゃあ、私が食べます」

「だから、なぜそうなる!」

「それは、私が宗教とは無縁の日本人だからだよ」

「む」

 考え込む少女。よく見ると目鼻立ちがはっきりして、美しい顔をしている。服も小綺麗だ。話し方も子供っぽくない。

 よく考えたらこいつ、ほんとにただの幼女か?

「なるほど、そういうことか。おもしろい。ならば我もタコを食べる」

 えぇ……。勝手な結論で私の食いぶちを減らされたんだけど。

 となりでタコがうねうねダンスを踊っている。タコさんも早く私に食べて欲しいねぇ。

 いち早くタコさんを葬らなければ。 

「ところで、タコのしめ方とか知ってたりする?」

「分かるわけないだろう」

「ですよね……」

 そういや私、タコの調理をしたことないや。

 こんな時にスマホでもあればいいのだが。調べ物もできやしない。電気さえあれば、この空間も「夕日が水面に反射した光がステンドグラスに当たったことによる屈折光」なんかにたよらなくても明るいのに。

 うむ。とりあえず脳天を刺すか。

 捕食される側だと気づいたタコが暴れるが、構うことなく目と目の間をグサリと刺す。ちょきんとすると、体が白くなっていく。ばいばい悪タコ魔さん。

 して、タコって生で食べれるのだろうか……。

「あの、火とか持ってないよね?」

「出せる」

「出せるのか……。何者なんだ」

「何者……になるんだろうな」

 ノータイム。金髪少女が右手を広げると小さな火が生まれ、燃え上がる。さすがにこれはタネも仕掛けもないだろばりの芸当。ほんのり青い。

 火力は十分。しかも、タコに引火して、こんがり焼けたら鎮火した。どういうギミックだ。

 「美味しそ〜!!」

 そう。美味しそうなのに、この金髪少女ときたら、めっちゃ嫌そうにタコを見つめている。どうだ、食え。タコの美味しさに驚愕しろ。

 金髪少女の目の色が変わる。

「まぁまぁだな」

 まぁまぁでした。なら喜んだふうにするなよ。紛らわしい。

 はぐはぐはぐはぐ。

 たこがそれなりにでかかったのもあるし、食事中は静かにするものだとお父さんが言っていたので黙食。

「ごちそうさまでした」

 けぷっ。美味いなぁ。タコ。

 金髪少女も見よう見まねで合掌している。真似しなくていいのに。

「おー。綺麗じゃん」

 月明かり(の反射)が照らす教会内は、思っていたより広い。大聖堂というやつなのだろうか。週末とか観光客が多かったんだろうな。

 あー、腹も膨れて眠くなってきた。当たり前だが、ベッドも布団もない。床に寝るのもあれだし、長椅子にでも寝ようか。

 寝ているといえば……。

 と、綺麗に整列された死体に目を移す。人種、性別様々で、人それぞれどこかしら欠損していた。跡形もない人もいる。でも、外で見た死体の何倍も綺麗に保存されている。腐敗も進んでいない。確実に、誰かの手が施されている。

「あの、ここに集まってるご遺体って、」

「ああ。我が集めた」

 質問するより早く答えが返ってくる。

「そっか」

 しばしの沈黙。

「なんで?」

「それは……。そうしなければと思ったからだ」

 さらなる沈黙。

 幾分ほどたって、金髪少女は口を開く「我は、天使だった」

「お前にはどう見えている」

 衝撃の内容ではあるが、彼女が人ではないことは薄々気づいていたので、不思議と受け入れられる。

 地球外生命体かバケモノの類かと思っていたんだけどね……。

「金髪ロリの愛らしい少女に見えてるよ」

「ふふっ、おもしろいものだな。私は概念的には男の天使だったはずだ」

 今日一の笑顔が出た。

 ロリは続ける。

「その国、その人の思想によって、我の見え方は変わるらしい。少なくとも、願いと信仰に創られた我々に、見た目はさほど重要じゃないのかもしれないな」

「というと?」

「太陽の神を例にしよう。太陽は天体であり唯一ひとつのものだ。なのに人の子のあいだでは、西では男だったり、東では女だったり。そんなこと日常茶飯事だろう? その地域で創り上げられた勝手なイメージでありながら、それが我らの型となる。それでもって、同じ神でも地域によって見え方は変わる。どの見え方でも同一の太陽神であり、ただの太陽なのは変わらないのに」

「つまり、あなたたちは、人のイメージに合わせて出てくると」

「まぁ、そういうことだ」

 私の天使のイメージが、可愛い金髪ロリなのは確かに納得。ヨーロッパではもっと男性ホルモンを感じる天使だったんだろうな。

「お前にこの世界はどう見えている? 空は、どう見えている?」

「空……」

 ピンポイント。世界が終わったときのことを思い出す。リアル天変地異。一瞬のできごと。空の定義なんてぐちゃぐちゃにされたあの日。

「それが空といえるかは考えたくもないけど」

 ただ、天を青く染めているだけのあれが、空というのか分からないけど。

「海、海に見える」

「そうか、あれが海……か」

 我とは見え方が違うみたいだな。そう、ぼやいたように聞こえたのは聞き間違いか。

「我も天変地異が起きたことは分かっていた。多くのものが死に、強大な存在が生まれ、新たな秩序が始まったことも。我は、きちんとこの世界を見てこなかったのだろう。天へと続くはずの空は、今や地中に繋がっているのかさえ分からない」

 難しいことは分からない。私には見えない何かが動いていて、この幼女には、私に見えない何かが見えるのだろう。

「元気だしなよ天使様。ご尊顔が崩れてるよ」

 いつの間にか、教会を照らすのは月の屈折光にかわっていた。

 頬をつたう儚いなにか。人知を超えた存在が、なにに悲しみを覚えるのかは想像できない。

「我からは、お前が見えている世界もまた、正しい世界の一つとしか言えないな」

「こんな世界のなにが正しいんだよ、滅んじゃえ」

 私の頬にもつたうなにか。右手で拭えないなにか。あぁ、そうか。今までが空元気。真実に触れてくるほど感じるぐちゃぐちゃ感。

 これは悲しいときだけのものではないんだ。


 どれくらい泣いていたか。知らない歌が聴こえてくる。

 眩しい。朝焼けというやつか。ステンドグラスに乱反射して現実を照らす。

 私は幼女の膝で眠っていんだ。そして、幼女は透けている。

「え、天使もドラキュラ系なの」

「あぁ、そろそろ消えるだけさ」

「それって……。いなくなっちゃうってこと? 私また一人になっちゃうってこと?」 

「我も人のイメージの集合体。我を意識するものがこの世界にはもうほとんど残っていないのだろう。もう地上に顕現し続けるのは難しいのだ」

「私のせい?」

「いいや、お前が悪いわけではない。ただ数が足りないんだよ。いくら質が良くても量がなけりゃ力も湧かんし、腹もふくれぬものだろう」

 私、泣いてばっかだな。

「我は死ぬわけではない。お前らが我のことを見えようと見えまいと、我はいつもお前らのそばにいたのさ。イメージによってはな」

「そんな……。私一人置いて帰らないでよ」

「はは。我も、人の子なら天に何回も送ったが、自分から戻るのは初めてだよ。ただ、いるべき場所に戻るんだけさ。我を呼んでくれたこの教会の人々とね」

 天使様が淡い光に包まれて数秒、教会に並んだ信徒達も天使様と一つになっていく。幼女のくせして強い光。こんなに至近距離なのに私を包んでくれることは、ない。

「共に悪魔の使いを火炙りにした友として、お前をこの世界に一人残すことがどうしても心残りでならないよ。あぁ、そなたに神の愛が届かんことを」

「神様がほんとにいるなら私は……」

 いや、これは今は飲み込むべきか。

「また、会おうね」

 消失。残ったのは一片の白い羽。あの幼女天使を思い出すのには充分な大きさの羽だった。


 ある日インクを見つけた。異様に耐久性のあるこの羽で、旅のおもいを綴っている。

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