ちいさなすいそう②
数日後、さすがの私も異変に気づいた。
別に蟹さんや貝が乱獲され殻が散らばっていることや、マングローブの森に開いた魚が干されすぎて干物の森と化してきていることや、私のボディが食べすぎでダイナマイト化していることではない。
全部に心当たりがある。私がやった。
異変というのは夜のことだ。
波音だと思っていた毎夜の子守唄が、たしかに大きくなっている。近づいてきているような、そんな感じ。
あの歌を聞くと不思議と安心して眠気が襲ってくる。だからこそ、夢かなにかだと最近まで適当に流していた。
でもこうも連日印象に残っているのだ、さすがに夢ではなかろう。
ホラーな展開ではあるものの、マイナスな感情はない。人だろうが人外だろうが、そこに会話のできる生命体がいれば、関わりたい。
ぶっ壊れた世界に残ったものはみな、大小あれど心に穴が空いているものだ。少しでも埋めてあげたい。
これはもちろん、埋めて欲しいことの裏返しでもある。
とはいってもだ。どうやって接触するかが難しい。
何より、眠らないようにするのがこれまた難題だ。
気合いで起きれるタイプの何かならいいが、今までは寝落ちで全敗中。まぁ、夜になるとすごく暗いし、することもない。起きていようと試したことすらないのだが。
視線を前に向けると、広大な湖。
もし声の主が湖の中の住人だとしたら……。
私ってば泳げないし、出会うのは至難の業な気がしてきた。
いや、発想の転換だ。釣りでアプローチできる。
あちらが湖周辺の陸で生活しているなら、既に邂逅していないとおかしい程度には居座らせてもらっている。
ならば、湖の中だけに絞ってアプローチすべきだろう。
釣竿は釣りにだけしか使ってはいけないという法もない。なにか仕掛けてみよう。
メッセージ性のあるものを釣り糸で垂らすだけでも効果的だと思う。
「んー、何がいいかなぁ」
釣り糸に垂らせるものを探してみる。
魚やカニ、貝はただの釣り餌だから、魚にすぐ食べられてなくなる。
干物も魚に食われてしまいそうだなぁ。
かといって、持ち物はどれも釣り針に刺さりそうにないものばかり。
うーん、悩むなぁ、このままじゃ夜が更けてしまう。とりあえず干物を垂らしてみるか。
竿をしならせてすぐ、糸が反応する。釣れた。かなり大きい魚、当たりだ。
「まぁ、食うよなぁ」
どうしたものかと湖面を覗く。映るのは私の困り顔。可愛い。
そして近づいてくるもう1つの可愛いお顔。
……顔?
「あーっ!! あんただったのね、やっと見つけたのよ!」
野生の人魚が飛び出してきた。
高らかな水しぶきをあげ、私目掛けて飛んできたかと思えば、顔面すれすれで反転。宙をくるくる回りながら、しなやかな動きで湖に戻って行った。
そして、ひょっこり顔を出す。
「まさかこの悲劇の正体が陸の生物だなんて思ってなかったのよ。陸にはもう、ほとんど生き残りはいないと思っていたのに……」
ブツブツとなにか独り言を言う人魚さん。聞き返す間もなく、恐ろしい表情でこちらを睨まれた。
「乱獲者さんの顔、しっかり覚えたのよ」
敵対されたようだ。
水面から出た彼女の上半身は人間そのものの彼女。でも耳や髪色から同じ種ではないことを薄々感じとる。
何より、下半身が思い浮かべる通りの人魚。湖に立つ波で見え隠れする鱗が、なんとも美しい。
極めつけに、なぜか胸にはホタテのような貝殻が付いている。ここまで想像のままで出てくるものなのか、人魚って。
「あんた、なにボーッとあたしのこと見つめてるのよ。あなたどう見てもこの星の出身の見た目だし、言葉は通じてるはずなのよ」
おー、おっかない。とりあえずキレ気味な応対をどうにか解いてもらわないと。
「あ、はい、なんか、すみません。でも、そんなにキレられるようなことをした覚えがないといいますか……」
「いや、普通にブチギレ案件なのよ。ココ最近お魚さん達が凄い勢いで居なくなってて、どうしたことかと思ってたのよ。そしたらこの始末なのよ。あなたが乱獲してたってわけ。しかもなんなのよ、あの糸に垂らした魚……。むごい、むごいのよ!」
ふるふる震えだす人魚ちゃん。あぁ、人魚だもんな、魚は友達みたいなものか。生きるためとはいえ、馬鹿みたいに釣ってたのは事実だ、申し訳なかった。特に干物なんて見るに耐えなかっただろう。
そんなことを思い、謝ろうとしたときだった。予想外の答えが返ってきた。
「めちゃくちゃいい匂いがしたから秒で来ちゃったのよ!!」
ん、なんか雰囲気変わったぞ。
「じゃ、じゃなくて、あたしの許可なくこんなことするのは許さないのよ! あたしのお友達がたくさんあなたに食われてしまったのよ!」
「ん、んん? めちゃくちゃいい匂いがなんだって?」
「そそそ、そんなこと言ってないのよ! 魚は友達であって、ご飯ではないのよ」
「実際は?」
ぐ、ぐぬぅと引き下がる人魚さん。そして数秒葛藤したあと、観念したように肩を落とす。
「あ、あたしもお魚さんは食べちゃってるのよ……。実際は食べなくても生きていける。でも、干物は美味しそうだからぜひ食べてみたかったって訳なのよ。遅かったけれど……」
正直者の人魚さんだ。しょんぼりしてて可愛い。後で干物をあげよう。
「にしても、魚さんたちが異常に減少してて、原因を究明してたのは本当なのよ。まさか水中外で事件が起きてるなんて、日中のパトロールだけじゃ見つけられないわけなのよ」
「魚の減少は……ごめん」
ちょっとプンプンモードになってきた人魚さんだったが、ふとしたときに私の背後に視線が移る。
そして、固まってしまった。
その理由は語るまでもない。
ちょっと距離があっても十分に感じる狂気。
たくさんの甲殻類の死骸が散らばり、たくさんの干物が吊るされている。
死骸の山とも言えよう。
目を丸くしていた彼女だったが、呆れた声音の短いため息を散らし、可哀想なものを見るような目を私に刺す。
「あんた……限度ってもんがあるのよ」
その通り過ぎて言葉も出ない。私の心はグサッとやられた。
「まぁ、良かったっちゃ良かったのよ。湖で共に生き延び、生死を見守ってきたお魚さんたちまで絶滅するとなれば、この世界には何が残ってくれるんだろうって、とうとう一人になるのかもって、不安になっていたのだけれど」
人魚さんはニヤッと笑って続ける。
「あたし、あなたは長居する気がするのよ、この世界に。この湖どころか、はるか天上の海を喰らってでも。ねぇ、貪欲お人間さん」




