ちいさなすいそう①
「おお、でっかいなぁ、こりゃ新記録だ」
湖。定義は知らないけれど、池というにはあまりに広大な水たまり。
道中数km離れたところからも確認できるほどだったもんなぁ。近くで見るとさらに迫力がある。
しゃがんで覗き込んで見たら、水面がふんわりと揺れた。かなり澄んでいる。綺麗だ。
人差し指を突っ込んで、テイスティングしてみる。
さすがに淡水ではないかぁ。結構しょっぱい。
ビシャ
湖の中央あたりか、水柱が立つ。
ちょうど顔を上げていたので、しっかり見たぞ。あれは鯛だ。
「おおー、これはめでたい。なんつって」
最近の楽しみは駄洒落。文化的なひとり遊びだ。
お、おお?
寒くなってきた。あまりに高度なギャグに死人が出てはいけない。誰も聞いていないことを祈る。
そういえば。あることを思い出し、バックをまさぐって探し物。
「確か、ここら辺に……よっ、あったあった」
サナちゃんから貰った折りたたみの釣竿。
サナちゃんといえば砂漠の住人だが、釣りの名人でもあった。何を隠そう、砂漠に点在する油だまりは、絶好の釣り場でもあったのだから。
油だまりの奥深く、最深部にはほとんどの場合、真水がたまっているのだが、まれに海水や海産物が混じって生態系が生まれる。レアな油だまりだ。
真水さえ手に入らないが、絶好の飯釣り場は手に入るということ。
そんなとき用に貰った釣竿が、今日ここで火を噴くってわけ。
ふんす。釣りは好きな方だ。鼻息が漏れる。
こういうのは気合いが肝心。釣れると熱意を持って信じ続ければ釣れるのだ。
「せっかく釣るなら大物釣りたいよなぁ。ちょっと歩くか」
最高の釣りスポットを探すために、しばらく湖の周囲をまわってみる。
いや、『まわってみようとした』が正確。
「うーん、なんか思ってたより進まない……」
かれこれ1時間近く歩いたか、
この湖デカすぎる。一周しようとしたら、数日はかかるんじゃないか、これ。
さながら海岸線を歩いているよう。もう海岸線なんてものないのだけれど。
それにしても、先が見えないというのはここまで心にくるのか。気合いもさほど長くは続かなかったな。
気分が落ちてのろのろ歩いていると、二、三十本の群生した木が目に入る。青々と茂った、木。
「うぇ、木だ……。夢か……?」
もちろん木は見た事がある。
だが、世界が崩壊してこの方、元気な木を見た覚えはない。
根がむき出しになったような特徴的な構造。湖の浅瀬に浸かっている。なるほど、これはマングローブというやつか。
熱帯や亜熱帯の汽水域で育つって聞いたことがある。海水と淡水が混じるとこ。
ふと、マングローブの木や石の隙間を覗いてみる。貝や蟹がいた。最高やんけ。食うに困らないぞこれは。
熱帯のイメージがあるマングローブ。どういう経緯の植生かは分からないけど、ここが人間も含めた生物にとって、ある種の住み良い環境であることに変わりない。
海産物ばかりだけど、ここまで生命の息吹を感じるのは初めて。気分が高揚してくる。
釣りもできるし、採集だけじゃない。折れた木や流木も多くて、焚き火にも困らない最適な環境。真水は当分大丈夫だし、二、三日滞在しようか。
最近の私はサバイバルスキルが上がっているので、野宿もお手の物。家? テント? なんだねそれは。必要ない。そんなマインド。
「ふんふんふふーん」
ちょうどいい岩場を見つけたので座って釣竿を垂らす。
気分が良いときは運もまわってくるもので。
釣れる釣れるは入れ食い状態。
この世の神になった気分だぜ。釣り無双。
貝とかが簡単に取れるため、釣り餌があるのがいい。
餌につられた魚が集まって、次々に針にかかってくれる。
後で貝の干物を製作しとこうかな。釣り餌のストックになるし、最悪自分でも食える。
十五、六匹釣っただろうか。鯛はかからなかったけれど、知らん魚とかカレイかヒラメか分からないのとかが釣れた。
生態系の多様さを感じる。
刺身で食えそうな魚と、干物にする魚は捌いて、残りは焼こうか。
そんなルンルン気分の私を横目に現れた、小さな赤い影。
「って、おい、それは私の魚だぞ!」
〆ていた魚を一匹、蟹さんに盗られる。窃盗だ。
なんか、夜になるにつれて蟹さんが活発になってきた気がする。夜行性なのかな。
マングローブから少し距離をとって、湖のほとりに場所を移す。寝てるときに蟹さんに挟まれたらかなわない。
座るのに適した石を見つけて腰を下ろす。ここを本拠地としよう。
夜風が湖面を撫でて、ちらちらしている。
平和そのもの。
この世界でも風って吹くんだ。
「よし、完璧」
火を起こして魚を焼くにはちょうどいい場所だった。マングローブから距離を取ったのも正解。
元気だった蟹さんたちも、ここまでは来ないらしい。
ぱちぱちと小枝が燃えては爆ぜる。じゅう、と魚の皮が音を立てて食べごろだ。耳が楽しい。
「うめぇ……」
思わず声が漏れる。さっき釣ったばかりの魚は超新鮮。味も濃い。
カレイかヒラメか分からないやつは格別だった。骨が凄いけど。
上を見あげるといつもの海。あーあ、星空さえあれば本当に文句ないんだけど。
ぱくぱく魚を平らげて、残った骨を火にくべる。焚き火がぼんやり明るくて、心もあったかい。
「ま、今日は勝ちだな」
よし、明日も釣りに勤しむか。いや、蟹さんを食べてみるのもいいかもしれない。
決めた。ここの生態系を食い尽くしてやる。
ゴロンとその場に寝転がる。湖の波音だろうか、子守唄に聞こえる。あっという間にまぶたが重くなって、夢の世界に誘われそう。
ウトウトする間もなく、微睡みはすぐに寝息へと変わった。




