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知らない子③

 時は少年と一週間くらい過ごしたころ。夕食どき。

 ここは本当に暮らしやすい。井戸が近いからとか、崩壊が少なく住みやすい家があるからとか、そういうのももちろんあるが、それだけじゃない。

 ここは海から魚が落ちてきやすいホットスポットらしく、食料に困らない。

 しかも、海水の溜まった小さな池があるから、生簀代わりになる。

 そればかりか、捌いた魚をそこの海水を利用して綺麗に洗って干せば干物ができる。

 海水の池、思った以上に使える。

 加えて、少年は「なるほど!」、「すごい!」、「さすが!」等々、私がなにかするごとに多彩な語彙を駆使して褒めてくれる。

 気持ちがいいったらありゃしない。

 調子に乗っていろいろ教えてしまう。

 この子にもしもが訪れたときのために。

 役立つことを詰め込んであげなきゃ。

 これは多分、親心ってやつだな。

 私はルンルンなのだが、対して少年はどこか虚ろだ。

 私と話すときも頑張ってる感があるし、一人でぼーっとする時間も増えている気がする。

 何より日課のお墓参りへ、ここ数日は誘ってくれていない。

 今日も知らぬ間に出かけていた。反抗期か?

 私は火を起こして干物をいい具合に仕上げ、少年の帰りを待つ。

 しかしながら日が沈むころになっても少年は帰って来ない。

「様子を見に行くか」

 火を消して森を抜け、崖へと向かう。

「おーい、ご飯食べよ」

 崖際に立って空を眺めていた少年はビクッと反応をして、振り返る。

「あ、あぁ、そうだよな。そんな時間だよな」

 彼の目は赤く腫れ、決壊していた。

「え、どうしたの大丈夫!?」

「お姉さんは悪くないよ。この一週間が楽しすぎてさ。俺が自分の幸せを許せなくなっただけ」

 いきなりのことに思考が停止する。それは、何を意味する?

「俺さぁ、救えると思ってたんだ。俺が目を覚ましたとき、まだ周りの人は息がある人も多くて。10人くらいかな。みんな重体だったけど」

 その間も、少年は思いがこみ上げる。

 もちろん、初めて聞く話。

「俺、五体満足で元気もあってさ。こんな言い方あれだけど、ヒーローになった気分だったよ。こんな幸運なやつ他にいない! みんなを助けられるのは俺しかいない! って」

 少年は少しテンションを上げて語る。

「いろんな人に声掛けにいってさ、欲しいもの聞いてさ、帰ってきたらその人死んでてさ、魚取ってきてさ、井戸見つけてさ、水汲んできてさ、そのうちに1人、また1人死んでいってさ、自分のことも完璧にできずに重傷のおばさんに手伝ってもらってさ」

 私は、彼の顔を見ることができなかった。

 

「俺がヒーローだなんて、思い過ごしだった。すぐに気づいちゃった」


 重すぎる自責の業。

「みんな、いなくなっちまった。救えなかったんだ、1人も。救世主だなんて持ち上げられたり、みんなのお兄ちゃんだ、みんなの一人息子だなんて大事にされたりしてさ。なんにもできないくせに気分だけ大きくなって、変な正義感が空回りしてたんだ」

「そんなこと……」

「いや、そんなことあるんだ。全部じゃないけど、助けられる命は確かにあったんだ。多分さ、どこか見下してたんだと思う。俺しかお前らにはいないだろって、お前らの命は俺にかかってるんだぞって。相手からしたらさ、分かるよなそういうのって」

 こんなときに限って、私は声をかけてあげられない。

「しかもさ、俺、知識がなかったんだ。プライドだけの木偶の坊って最悪だよな。お姉さんがしてたみたいな食料の保存方法とか、怪我の治療法とか、そういうの知ってたら違ったのかな。それとも、俺が知ろうとしなかっただけなのかな」

「それ以上、自分を卑下しないで!」

 つい大きな声で制止してしまった。このままでは、取り返しがつかないようなことが起きるような気がして。

 いや、もしかしたら、自分が責められてるような気がしたのかもしれない。

「本当はみんな、少年に感謝してると思うな」

「え?」

「私は目的なく生きてるような人間だからさ、受売りで申しわけないんだけど」

 崩壊した顔面で、諭すように優しく、思いとどまるように語りかける。

「とある人がさ、言ってたの。生きる意味は繋がりだって。それでいうとさ、あとは死ぬだけだったかもしれない人達に、繋がりをつくってあげられたんじゃないのかな? 君のつくった繋がりはみんなの生きる意味だったんじゃないのかな? もし、君の頑張りで笑顔になった人がいたなら、それは君と繋がった証なんじゃないのかな?」

 少年は豆鉄砲を食らったような顔をする。

「うーん、うん。たしかに、お姉さんが言うならそうなのかもね」

「ありがとうってたくさん言われたんじゃない?」

「言われた」

「その繋がりの分までさ、生きていかないといけないんじゃない?」

「そうかもしれない」

 やっぱり素直な子。

「でもさ、」

 しかし、この子には芯がある。あまりに根深い芯が。

「俺、お姉さんと過ごせて、さらに思うようになったんだよな。みんなとの繋がりなんて見えないものよりもさ、『みんなの存在』自体が俺の生きる意味だったのかもって」

 今思い返すと、少年は少し寂しそうな顔をしていた。

 

 

 明くる日、珍しく天気が悪い。地に降りた空でも雲はできるのだろうか。

 屈折光が少なく、とても薄暗い。これじゃ、時間の感覚も掴めないな。

「あれ?」

 私の荷物が妙に散らかっている。

 こんなことするのは少年しかいない(というか、人がいない)。

 あいつやりやがったなぁ?

 周りを探すが見つからず。私の荷物を奪って、どこかへ逃げ出したのかとも考えたが、この世界でそんなことしても得なんてないし、あったとしても、散らかさずにバックごと持っていけばいいはず。

 まぁ、朝からお参りとは珍しいけど。

 あの崖だろうきっと。

 森を抜けると強い光に目が眩んだ。

 朝特有の暖かな日の光を、雄大に広がる海が拡散している。

 眩しさになれてきて目を開ける。

 案の定、人影があった。

「おい少年、なにしてくれてん。だ、よ?」

 少年はピクリとも動かない。

「……」

 消えていた。この世から。

「え、なんで……」

 血に染ったナイフで突き刺された手紙。

 私から奪ったのは、一枚の紙とペンだったらしい。

 

 ――ごめん、やっぱりみんなに謝りに行く。


 「へぇ、意外と綺麗な字を書くんだ……」

 滲んでよく見えないくせに、こんなことを呟いてしまう。

 ただ、これだけは分かる。丸みのある、優しい字。

 もっと弱音を吐いてくれたら良かったのに、もっと頼ってくれたら良かったのに、もっと依存してくれたら良かったのに。

 いろいろ教えてあげたのがダメだったのか?

 与えた知識が、反省と自責を生んでしまったか?

 いや、私が、私から。

 少年の生きる意味になれていたら。


 私は。

 違う、私も。同じなのか。

 ヒーローにだなんて、

 

 次の日、出発前に手紙を燃やした。後悔している。

 でも、そこまで大人にはなれなかった。

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