表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

15, エピローグ

「香澄さん、料理ずいぶん上手になったね。この酢の物も、香澄さんが作ったんでしょ?」

「材料を切っただけだけどね」

「でも、きゅうりが繋がってない! 前は切れてなかったもんね。やっぱり上達したよ」

「やだ、茜ちゃん。その話はもう忘れてってば」


 厨房の片隅、姉妹のように笑い合う香澄と茜の姿を、百合子はカウンター越しに目を細めて見つめていた。


 香澄が「花衣」で働き始めてから、もうすぐ一年になる。 かつてのトラブルが嘘のように、今では常連たちにもすっかり馴染み、彼女の明るさと丁寧な接客は多くの客を惹きつけていた。


 百合子と茜にとっても、香澄はもう“家族”のような存在だった。

 

「香澄ちゃん、そういえば……栗田システム、倒産したらしいわよ」

「え? 栗田システムって……私が一年前、クビになった会社……ですよね?」

「そう。そして、あなたの元彼の父親が経営していた会社よ」

「うそ……本当なんですか?」

「本当よ。昨日、香澄ちゃんが休みのときに大野さんが話してたの。ニュースでも出てたらしいわ。やっぱり“因果応報”ってあるのね。人を貶めた報いは、ちゃんと自分に返ってくるのよ。怖い世の中よねぇ」


 大野というのは、「花衣」の常連客で、現在は引退生活を送っている初老の男性。 百合子の料理を目当てに、月に二~三度は店に顔を出している。

 

「…………」

 香澄は静かに箸を置き、少し俯いた。

「あ、ごめんね。余計なこと言っちゃったわね。せっかく忘れかけてたかもしれないのに……」

「ううん、気にしないでください。百合子さんが言わなくても、きっとどこかで耳にしていたと思うし……。ただ、あの人、大丈夫かなって……ちょっと思って」

「香澄ちゃん、優しすぎるわよ。自分を裏切った人の心配なんて、普通はしないもの。“ざまあみろ”って思ってもいいくらいよ?」


「うん……確かに、嫌なこともいっぱいあった。でも、全部が全部そうだったわけじゃなくて……。楽しかったことも、思い出も、あったから……」

「香澄ちゃん、ほんっとにいい子!」

 百合子は感極まったように、カウンター越しに香澄へ抱きついた。

 

「お母さん、ちょっと酔いすぎ!」

 茜が百合子をたしなめる。


「香澄ちゃんが迷惑してるでしょ」

「迷惑なんて……でも、ちょっと飲みすぎかもしれませんね」

「香澄ちゃんまでそんなことを……ううっ」

 百合子が、涙ぐんだふりをして香澄の方をじっと見つめる。


「泣き落としも効かないよ。お母さん、今日はもうおしまい」

「茜ちゃん、冷たい~!」


 百合子が“ちゃん”付けで茜を呼んだ時点で、茜は確信した。

(ああ、これは完全に酔ってるな)


 茜は静かに日本酒の瓶を片付けた。

 

『にゃあー』

 そのとき、百合子の膝にチチが飛び乗り、一声鳴いた。


「あら、徹さんまで……飲みすぎだって?」

『にゃあー』

 チチがもう一度、短く鳴く。


 そのやり取りを横で見ていた茜は、ふと首を傾げる。


(……もしかして、最近のお母さん、チチの言ってること……本当に分かってるんじゃ……?)

 だって、本当にチチは「飲みすぎ」と言っていたのだから。


 笑い声が小料理屋に広がる。 いつの間にか、そこには温かな“日常”が戻っていた。



    ーーーー 完 ーーーー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ