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11, 解呪

 空が茜色に染まり、街を抱くように流れる川には夕陽が映って金色に輝いていた。けやき並木はそよ風に揺れ、木漏れ日のように柔らかな影を地面に落とす。やがて、街のあちこちに一つ、また一つと灯りがともり始める。


 そんな一日の終わり、小料理屋「花衣」では、店主・百合子のもとで働き始めたばかりの香澄が、カウンターの奥で突然声を上げた。


「百合子さん! 見て、茜ちゃんにもらった石が……赤くなってる!」


 香澄が店で働き始めて、今日で三日目。この日は両親が百合子に挨拶に来る予定があったため、少し早めに出勤していた。

 ポケットに入れていた例の緑色の石──緑瑪瑙が、ふと熱を帯びた気がして取り出してみると、茜が言っていた通り、石の色が緑から赤に変化していた。 


「あら、本当ね」

 百合子は目を細めて石を確認すると、落ち着いた声で茜に連絡を入れた。少しも驚いた様子を見せないその態度に、逆に香澄は胸の奥がざわついた。


 五分も経たぬうちに、茜がチチを連れて店に現れた。

 茜は静かに香澄の背後に立ち、目を閉じる。そして、意識を集中させる。生き霊とその本体は、魂の尾のようなもので繋がっている。茜はその“尾”を辿り、発信源となる存在を探った。 


 数秒の沈黙の後、茜ははっと目を開いた。

「近くにいる」

『にゃあ』

チチも短く鳴き、茜の言葉に同意する。


「近くって……どういうこと?」

 香澄は思わず声を震わせながら尋ねた。


「この生き霊の“主”が、今、店のすぐ近くにいる。チチも同じことを感じてる」

(近くに……? どうして? 私を監視してるってこと……?)

 香澄の脳裏に、以前念写で見たあの女の顔が蘇る。だが、何度思い返しても心当たりはなかった。


(元彼と関係のあった誰か? でももう終わった関係なのに……じゃあ、誰?)


 焦りと恐怖が胸の奥をじわじわと侵食していく。

 その時、茜がポツリとつぶやいた。

「この生き霊……主に黒いモヤが漂ってる。これは……」

「え?」

 聞き返す香澄に構わず、チチと茜は淡々と会話を交わしていく。

『呪を纏っているな』

「呪?」

『茜、霊力を集中させて感じるんだ』

「陰の気が濃すぎる。恨みの思念が強い。普通の方法じゃ祓えないかもしれない」

『僕の力で祓っても、また戻ってきかねないな。執着が強すぎる』


 チチの声は、香澄にも百合子にも「にゃあ」としか聞こえない。だが、茜とチチの間で交わされる重い言葉の気配に、香澄はじっと耳を傾けていた。


 百合子は茶を啜りながら、そのやりとりを黙って見守っている。その落ち着きに、香澄も不思議と少しだけ安心感を覚えた。


「大丈夫よ、香澄ちゃん。茜と徹さんがちゃんとなんとかしてくれるから」

「そうだよ。私とチチがいる。とりあえず今憑いている生き霊は、私が吹き飛ばす」

「茜ちゃん……ありがとう。でも、その“呪”って、どういうこと? 生き霊の主が何かの呪いに取り憑かれてるの?」

「ううん。自分の強すぎる恨みが、自分自身を呪いで縛ってる状態。“呪縛”って言うの。だから余計に執着が強くなるの」

「呪縛……」


 香澄が息を呑んでいると、茜は細長い札を指の間に挟み、胸の前で静かに印を結んだ。


「オン・アビラケンソワカ」


 その声と同時に、風もないのに茜の髪がふわりと揺れた。空気が震えたような気がして、香澄は背中に鳥肌が立った。


「……これで一旦、生き霊は返した。でも、このままじゃまた来る。恨みの源が消えない限りはね」

『直接、主と対面して解呪する必要があるだろう。それほどの執着だ』

「チチが言うには直接会って解呪する必要があるみたい」


「えっ……直接会うの?」

 香澄の疑問に、茜が頷く。


「うん。その女の人と、きちんと向き合うしかない」

 香澄はしばらく黙って考えた。


 そして、ふと顔を上げる。

「茜ちゃん、その人……この辺にいるって言ってたよね? だったら……私、ちょっと外に出てみる。店の前を掃除してるふりをすれば、こっちの様子を見にくるかもしれない」

「危なくない?」

「大丈夫よ。私が外にいれば、両親も店を見つけやすいし。人通りもあるから、下手なことはしてこないと思う」

 茜は迷いながらも頷いた。


「……分かった。でも、何かあったらすぐ戻ってきて」

「うん、ありがとう」

 そう言って、香澄はほうきとちりとりを手に取り、店の暖簾をくぐった。

 夕暮れの街に、少しだけ緊張した面持ちで香澄の姿が溶けていく。


 彼女の視線の先には、まだ見ぬ“何か”が潜んでいた。


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