蜂起
“寓話の婦人”を背負い、僕は反教会のデモ集団が抗議するリブレー教会堂の前まで来た。昨夜の『カカシ』襲撃の難を逃れたのか、その場所は、まだ目立った損傷は見られない。
プラカードをを持っ民衆が、救世主、未句麗の演説に続いて、大声を上げている。
「我々人類は、フラミンゴス教会の考えに強く抗議する! 何故『カカシ』と戦わぬのか! 何故『終わりの日』を回避する手段を講じぬのか! 我々人類こそ、恒久的に世界平和を実現し得る、唯一の知的生命体である!」
「『カカシ』に死を! 我々に安眠を!」
「フラミンゴス教会は考えを改めよ!」
「『神』は我々に滅びの道を示された! 『神』は我々を裏切った! この世界に『神』はもういない!」
「人類に信仰の自由を! “世界信仰化”反対!」
何百人と集まった民衆の主張は、教会のあり方にまで言及していた。
その時、教会堂のバルコニーから一人の男が出てきた。
「見ろ、リュンセル司教だ! リュンセルが出てきたぞ!」
一斉に、民衆の怒号が鳴り響いた。
「教会の狗は引っ込めっ!」
「俺達の安眠を返せっ!」
「『カカシ』と戦うことを恐れた腰抜けがっ!」
民衆が次から次へと抗議し、遥か上の階にいるリュンセル司教に、空き缶や石を投げつけた。
「先生……」
リュンセル司教はリブレー教会堂の最高責任者であり、僕とウォーズが通う、神学校の教宣でもあった。
「見ろ、もう一人出てきたぞ! 少年だ! 少年が出てきたぞ!」
「え……?」
民衆の言葉に、僕は息を呑んだ。
「ウォーズ……?」
リュンセル司教の隣に、ウォーズが立った。
「ヴァン坊ちゃん!」
民衆を押し退けて、ダビソンが僕の下まで駆け寄ってきた。
「坊ちゃんもいらしてたんですか!」
「ああ」
「ウォーズ坊ちゃんも、ご無事だったようでぇ!」
「そうだな。けどアイツ、何であんな所にいるんだ?」
その時、背中の“寓話の婦人”がずれ落ちそうになり、よっと背負い直した。
「ヴァン坊ちゃん、その娘は……?」
「あ、ああ……昨夜の襲撃でな。色々あって……」
「そうですかぃ。なんなら俺が背負いやしょうか?」
「いや! ……僕が背負うから大丈夫だ」
正直言って、背中のマダム(と言うよりレディ)は重い。
だがレックスマン家の人間として、他の誰かにこのレディを預けることなんて出来やしない。
「教会は即刻、『カカシ』と戦う手段を講じろ! 我々人類は、神の啓示になど屈しぬっ!」
未句麗の抗議で、次々と民衆達は、教会堂の正門に押し寄せた。
「教会は人類を滅ぼす!」
「教会は人類を裏切った!」
「教会は人類の敵だ!」
正門を押し破ろうと、民衆は武器を片手に蜂起した。
「ヴァン坊ちゃん、このままじゃあ、ウォーズ坊ちゃんが……!」
反教会を掲げるダビソンも、ウォーズの危機には、苦悶の表情を浮かべた。
「ウォーズ……」
見上げる先の弟は、ぐっと口を噤んで、民衆達を見下ろしている。
リュンセル司教が一歩前に出た。
「我らが家族よ! 『神』は我々人類に、新たなる世界をご用意なされた! 我々はもう、この世界の住民ではない! 我々は『神』の御許に昇ることを赦されたのだ! さあ、共に昇ろう! 私の隣にいるこのウォーズ・レックスマン司教が、3体目のフラミンゴス教会の神獣となり、我々人類を『神』の御許へと運ぶのだ!」
「ウォーズが神獣……?」
僕は困惑した。
「ヴァン坊ちゃん、ウォーズ坊ちゃんが神獣ってなんなんです!? 司教って、ウォーズ坊ちゃんは、司祭になるんじゃねえんですか!?」
「分からない! 僕にも訳が分からないんだ! けど、フラミンゴス教会にはアウレアとアーテルという神獣がいて、その神獣が亡き魂を『神』の御許へと運ぶとされているんだ。その神獣がウォーズ? アイツ、そんなこと一言も……」
俄かに辺りが暗くなった。
暗雲が太陽を隠し、雨が降り始めた。