第3話
「ありがとうございました」
レジで対応した涼子が明るい声で挨拶すると、軽く頭を下げてから、今日も無言で『沈黙』が店を出ていく。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなってから、先輩バイトが涼子に話しかけてきた。
「やっぱり今日も、最後まで沈黙を貫いたね。『沈黙』だけに」
先ほどよりも少し大きな声だ。当の本人がいなくなり、聞こえてしまう心配がなくなったから、それほど声を潜める必要はないと考えているのだろうか。
でも、まだ店内に他の客はいるから、彼らに聞かれたらまずいはず。たとえ自分のことでなくても「店員が客の悪口を言っている」と思われるのは、店にとってはマイナスだろう。
そう、先輩バイト達は良い意味でなく悪い意味で『沈黙』と呼んでいるのだ。注文の際も無口だし、注文確認にも「はい」すら言わないのは変人だ、みたいに思っているらしい。
涼子個人としては、男性が寡黙なのはむしろ悪いことではないと感じていた。
おしゃべりは男性よりも女性の領分。「男は黙って」みたいな言い回しは不言実行に繋がるポジティブなイメージだし、強くてかっこいい男性を主人公にした『沈黙の〇〇』みたいな映画シリーズもあったはず……。
しかしフォローの意味でそれを口にすれば、先輩バイト達からは「えっ? 涼子ちゃん、ああいうのが好みなの?」と揶揄われるに違いない。
そうも思うので、涼子は何も言えないのだった。