第2話
喫茶店の店員達から『沈黙』という渾名で呼ばれている常連客。
彼が初めて来店した日のことは、涼子も覚えている。その日は彼女にとって、ちょっと特別な日だったからだ。
大学生の涼子がこの喫茶店でバイトとして働くのは、水曜と金曜の週2日。バイトが終われば真っすぐアパートへ帰り、一人で夕飯を作って食べる。
それがいつもの行動パターンなのだが、その日は違っていた。バイトの後、友達と会う予定があったのだ。
小学校時代の友人である真美だ。一年生の時のクラスメートなのだが……。涼子は父親の仕事の都合で、二年生の夏休みに転校しているので、最初の小学校の友達で今でも連絡を取り合っているのは真美一人。貴重な幼馴染だった。
最近できた彼氏と一緒の旅行で、涼子の大学がある京都を訪れるという。
「えっ? だったら彼氏さんとの貴重な時間、私のために割いてもらうのは悪いよ……」
「大丈夫、大丈夫。太一の方でもね、京都の大学に進学した地元の友達がいて、京都へ行くついでに、そいつと久しぶりに会うんだって。男同士で遊びたいらしいから、私は邪魔みたい」
と真美が説明するので「それならば私が気を遣う必要もないのか」と涼子は納得。涼子のバイトが終わったら二人で遊ぶ、という約束になっていた。
そんな日に来た客の一人が、後に『沈黙』と呼ばれるようになった常連客だ。
その日も涼子の接客で、シャツやズボンは違っていたが、確か同じ青いジャケットだったと思う。
自分と同じくらいの年頃だから大学生だろう。どこかで会ったような気もするけれど、おそらく気のせい。あるいは、もしかしたら同じ大学で、構内ですれ違ったことがあるのかもしれない。
それが涼子の第一印象だった。
続いて、男が店の隅に座ってチーズケーキセットを注文したところで、ふと子供の頃に読んだ探偵小説を思い出す。確か、喫茶店の隅でチーズケーキを食べながら事件を解決する探偵のシリーズがあったはず。でもあれは老人だったし、それにケーキと一緒に飲むのは牛乳だったから、目の前の客には当てはまらないなあ……。
涼子の意識はそちらに向いていたので、最後まで男が一言も口をきかないことには気づいていなかった。
また、その日は友達と会う予定のためにバイトが終わり次第――他のバイト達と雑談をする暇もなく――急いで帰ったから、彼らがその客に『沈黙』という渾名をつけて盛り上がっていたことも、次のバイトの日まで知らないままだった。




